ノーベル賞受賞者・大隅良典先生が語るオリジナリティ ~酵母で解き明かすオートファジー

「研究の苦しさは、発見の歓びで乗り越えられる」

研究についてこう話すのは、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生(現・東京工業大学)です。その対象となった業績は「細胞が自らのタンパク質を分解する『オートファジー』の仕組みの解明」でした。

未来館は大隅先生へ敬意を表すとともに顕彰し、2020年から名誉館員に加わって頂いています。その際、先生にお話を伺う機会を頂きました。

「人と違うことをやる」「やりたいことをやる」が大隅先生のモットー。どちらも通せばそれはオリジナリティを貫くことになりますが、冒頭の言葉を読むと、やはり人生においてそうした道を歩むには困難を伴うようにも思えます。では先生はどのように独自のテーマを見つけ、取り組み続けてきたのでしょうか。

大隅良典先生

液胞の中で踊る粒が人生を決めた!

「私が(ノーベル賞の対象研究となった)オートファジー研究を始めた当初、タンパク質を作るしくみを調べる研究者はものすごくたくさんいました。その一方、(タンパク質の)分解は壊れるという非常にネガティブなイメージだったのです。けれど私は、生命は合成と分解が平衡した(つり合った)関係で成り立っているという考えから、分解は大事なものと思っていました」

先生が分野を切り開いたオートファジーとは、一言でいうと細胞の中でのリサイクルのしくみ。1日に人間の体内で作られるタンパク質は約200gですが、なんとその60%以上は、不要になった自分自身のタンパク質のリサイクルによって作られるといわれます。今でこそリサイクルが注目されていますが、皆さんも、暮らしを豊かにするために大事なのは製造か廃棄後のことか、と問われたら、ものを作る方に目が向くのではないでしょうか。生命科学にもそんな時代がありました。そうした中、そもそもタンパク質をリサイクルできるように材料のアミノ酸にまで分解するしくみに着目したこと自体、とてもユニークだったのです。

先生は独立して自分の研究室を持ったのを機に、単細胞生物である酵母を用いて分解メカニズムを調べ始めます。酵母を選んだのは、それまでずっと酵母の細胞内にある液胞がアミノ酸などを出し入れするしくみを研究していたからだといいます。液胞とは、酵母や植物が細胞内に持つ大きな袋です。

「(当時)液胞は誰も注目しないものでした。でも、植物の細胞は(体積の)9割くらいが液胞なのだから、きっと何かいろんな役割を果たしているはずだという考えが私にはありました」

液胞内でタンパク質が分解されるという予想もその一つです。

「最初はどこから手を付けたらいいか分かりませんでした。大した実験装置は持っていなかったので、手持ちの(光学)顕微鏡で見えるかもしれないと思って実験を始めました」

先生のアイデアは、「酵母を、タンパク質の材料が外から得られない栄養不足状態にすれば、液胞による分解メカニズムが活発になるだろう。そうしたら、液胞の中に何か運ばれるところが見えるかもしれない」というもの。

「つまり、見えなかったらおしまいということでもあるのですが、結果的にものすごくおもしろい構造として見えました」

いざ先生が酵母を光学顕微鏡で見てみると、液胞の中で小さい粒が激しく動き回っているのが見えました。あとで分かったことですが、この粒は細胞内のタンパク質が袋に包まれ、袋ごと液胞に取り込まれたものだったのです。このとき先生は、後にご自身が解明することになる、不要になったタンパク質が膜に包まれて、別の大きな袋(液胞)に取り込まれるプロセスを見ていたのです。これは、オートファジーの過程そのもの。取り込まれたタンパク質は液胞の中で分解されてリサイクルされます。

オートファジーを光学顕微鏡で観察できれば、それまで必須だった電子顕微鏡を使う労力が省け、たくさんの酵母を調べることができるようになりました。大隅先生は、化学薬品を使ってわざとDNAに傷をつけた酵母を用意し、栄養不足状態にすることでオートファジーを誘発し(注1)、観察します。そして、オートファジーをうまく起こせない酵母を見つけ出し、そうした酵母でDNAのどの部分が傷ついているかを探りました。こうして、オートファジーに不可欠な18個の遺伝子の特定につながったのです。

「この発見には数ある幸運が重なりました。液胞内の現象がたまたま手持ちの光学顕微鏡で見える大きさだったのもその一つです。

自分の人生で一番興奮した瞬間でした。それがその後の人生を決めてしまった、とも言えます」

温め続けたテーマを結実させたのは、ずっと先生のそばにあった酵母と、その時持っていた顕微鏡だったのです。

顕微鏡をのぞく大隅先生

オートファジーの根幹はブラックボックス!?

大隅先生が研究を始めた1990年ごろ、オートファジーに関する論文は年間1020本程度だったのが、30年あまりたった今では年間1万本ほどにもなっているそうです。その中には、オートファジーの不調がアルツハイマー病などの疾患や老化にかかわっている可能性を報告しているものもあります。

大隅先生は今もオートファジー研究を続けています。「当初からの今なお解けていない問い」を解き明かしていきたい、といいます。

「オートファジーにおいては液胞内でタンパク質がアミノ酸へと分解され、液胞の外で再利用されると考えられています。しかし、液胞から本当に(タンパク質ではなく)アミノ酸だけが出てくるのか。どのように出てくるのか。こうしたことはまだ証明されていません。

これらのオートファジーの根幹に関わる問題は、アルツハイマー病とオートファジーの関係というような(たくさんの細胞からなる生き物での個体レベルの)大きな生理現象における問いとは少し異なっています。根幹にかかわる問題が詳しく分かっていない点では、オートファジー研究の世界はちょっと危うい部分があるのです」

ここ数年、大隅先生のグループは、こうした「ブラックボックス」を一つ一つ開けるような研究を積み重ねているといいます。今なお、大隅先生は当初からの手法を武器に、オートファジー研究の第一線を走り続けているのです。

オートファジーが起こるしくみ。細胞の中でタンパク質が包まれ、液胞へと運ばれて分解される。

オートファジーの核心に迫るからこそ、酵母!

オートファジーと疾患の関係を調べるような研究では、ヒトなどの細胞や実験用マウスが用いられています。ですが、大隅先生は今も酵母を使い続けています。なぜでしょうか。

「オートファジーのすべてが酵母で解き明かせるわけではありませんが、その基本的なメカニズムは酵母にも備わっているからです。動物細胞、特に神経細胞などではオートファジーがはたらかない細胞では機能不全に陥りがちです。しかし酵母はそうした変異体であっても問題なく育ち、栄養不足にしたときにだけオートファジーに関わる大事な現象を見ることができます」

つまり、酵母なら一度オートファジーがはたらかない細胞が手に入れば、すぐには死なないため続けて観察することができるのです。そのため、「今なお解けていない」基本的な分子メカニズムを調べるには優れた生物なのだと、先生はいいます。

こうして現在まで続く、酵母でのオートファジー研究。その、流行を追わない姿勢。自分なりのスタイルを貫こうとすれば、長年の間には大変なこともあったのではないでしょうか。実際、オートファジーの細胞への影響が現れにくいという酵母のメリットが、逆にそれを調べるための苦労を生むこともある、といいます。それが冒頭で先生の仰った「苦しさ」にもなるそうです。

「しかし、人が寄ってたかってやっていることよりは、人と違うものをやりたかったからこそ、そうした苦しさに耐えられたのかもしれません」

オリジナリティを活かすために

「人と違うことをやる」「やりたいことをやる」。それを困難と感じる方もいるかもしれません。では、私たちがオリジナリティを保つにはどうすればよいのでしょうか。先生は2つ挙げます。

一つ目はシンプルに、人とは違うものに取り組むのを恐れないこと。「今始めるのだったら、私は(すでに多くの人が取り組んでいる)オートファジーの研究はやっていません」と笑います。

「(新たな発見が成果となる)科学の世界では他人と同じことをやっても仕方ありません。誰もやっていないことは全て新しい。人がやらないことをやろうよ、と思います。そちらの方が魅力的で楽しい!ということを若い人たちにもわかってほしい。実はオリジナリティとはそう難しいものではないんです。

それに、私が顕微鏡で液胞を見たのは43歳のときです。新たな挑戦は何歳になってもできる。それがサイエンスの楽しみです」

もう一つは、これと決めたら続けること。

「とはいえ継続も大事です。今の人にはオートファジーは過去のものという捉えられ方をしているかもしれません。でも、実際にはまだ解けていない問いがある。それを解き明かすのが歴史的使命である、そういう信念を持ってやっています」

冒頭の言葉と合わせて読むと、30年以上も同じテーマに取り組み続けてきた人ならではの迫力が感じられます。大隅先生はあくまでも科学者としての立場から話しますが、その言葉は科学研究に直接携わっていない私たちの背中をも押してくれるようにも思えます。

そして未来館はこのたび、先生に「来館者にいつまでも考え続けてもらいたい問い」として、皆さんへのメッセージをお願いしました。先生からのメッセージは…

「人と違うことを恐れず夢中になれることを見つけよう 未来は君たちの手に」

でした。

未来館では、2/10よりこちらのメッセージを常設展示3階の「ノーベルQ」にて展示しています。

(注1)実際には、先生は酵母を栄養不足にするだけでなく、液胞内の分解酵素(他のタンパク質を分解するタンパク質)が作れない酵母を使いました。タンパク質が液胞に運び込まれてもすぐには分解されず長持ちして、観察しやすくなるための工夫です。


大隅先生が膨大な数の酵母を調べてオートファジーに不可欠な遺伝子を発見した実験について、科学コミュニケーター・志水正敏が解説しています。

2016年ノーベル生理学・医学賞発表!「細胞の中のお掃除係」の解明で大隅良典先生が受賞!!

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/201610032016-5.html

参考文献
東京工業大学 大隅研究室 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センター
http://www.ohsumilab.aro.iri.titech.ac.jp/
東京工業大学ホームページ
https://www.titech.ac.jp/news/pdf/tokyotech_yoshinori_ohsumi_1503.pdf
水島昇『細胞が自分を食べる オートファジーの謎』
国立研究開発法人 科学技術振興機構「液-液相分離がオートファジーを制御する仕組みを発見」
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20200206/index.html

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