アメリカの病院で6月6日に、パデュー大学名誉教授の根岸英一先生が85歳でお亡くなりなりました。パデュー大学が6月10日付で発表しました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
根岸先生は「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」に大きく貢献し、同じくパラジウム触媒を使った反応の研究をされていたリチャード・ヘック先生、鈴木章先生とともに2010年にノーベル化学賞を受賞されました。炭素同士をつなぐ有機合成化学の世界で、パラジウムという金属(触媒)を使うことで、それまでは難しかった化学反応を可能にし、パラジウム触媒クロスカップリングが大きく注目されるきっかけとなりました。
クロスカップリング反応の詳しいお話は、2年前に同僚の科学コミュニケーターの竹腰がブログで書いておりますので、そちらをご覧ください。
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/201910032019.html
根岸先生の大きな功績として、クロスカップリング反応を「改良して使いやすい形にした」というものです。実は、クロスカップリング反応は、その反応の先駆けとなる熊田-玉尾-コリューカップリングが1972年に報告1),2)されていました。この反応は画期的だったのですが、「反応する相手を選ぶ」という課題がありました。根岸先生はその課題をクリアする方法を見つけ、反応する相手が大きく拡がりました。クロスカップリング反応のおかげで、不可能と言われたことが可能になったということは非常に大きな成果です。
現在、私たちの身の回りには、主に炭素を組み合わせて作られる有機化合物でできた医薬品や製品が多くあります。20世紀後半は、「炭素同士をどうやって繋げるか?」という有機合成化学が大きく躍進した年代です。この年代では、”触媒”を使った反応も多く研究され、有機合成化学でできることの幅がとても拡がりました。特に根岸先生やヘック先生、鈴木先生が見つけた反応は、生き物が作る有機化合物(抗がん剤になるタキソールや一部の魚がもつ天然の毒で、とても複雑な形をもつパリトキシンなど)を人工的に合成できるようになったり、テレビやスマートフォンに使われている液晶の材料を作ったりすることができる3)といった活躍をしています。
根岸先生が未来館のノーベルQに寄せられたメッセージには「”触媒”って何のこと?どういう役に立つの?」とあります。
根岸先生たちがパラジウムという”触媒”で有機合成化学の未来をつくられたように、筆者も未来をつくる"触媒"の一人になれればと思っています。
根岸先生が未来館で講演を行われたときの映像がありますので、そちらもぜひご覧ください。
参考文献
1) 廣田 襄 (2013) 「現代化学史―原子・分子の科学の発展」 P511, 512
2) 中野 幸司 (2019) 「クロスカップリング反応―その発見と展開―」 化学と教育 67巻 4号 P180-183
3) 根本 哲宏 (2011) 「クロスカップリング反応が切り開いた現代」 化学と教育 59巻 2号 P96-99