泥と発電菌と過ごした1年 ~前編:清明から処暑まで~

突然ですが皆さんに質問です。

昨日一日に食べたものを思い出してみてください。

パン派の人は、パンやチーズ、ヨーグルトとか食べていませんか?ご飯派の人は、味噌汁や納豆、漬物、そしてちょっとした味付けにお醤油なんて使っていませんでしたか?20歳以上の大人の皆さんは、ビールや日本酒、ウイスキーにワインなんかも口にされているかも???

今、ここに並べた食べ物たちには共通点があります。それは、目に見えないほど小さな生き物である「微生物」の働きを活用している、ということです。食べ物だけではなく、洗濯洗剤に含まれる汚れを分解する酵素や、病原菌に感染したときに処方される抗生物質なんかも、微生物の働きを活用しているものなんですよ。

人間の生活の中で、もはや「なくてはならない」存在になっている微生物たち。そんな微生物の働きを更に広範囲に活用して、持続可能な社会の構築に役立てよう、という研究プロジェクトが、20214月に未来館の研究エリアに仲間入りしました。渡邉一哉先生(東京薬科大学教授)率いる「サステイナブルバイオテクノロジー」プロジェクトです。

サステイナブルバイオテクノロジープロジェクトと歩んだ1年を、振り返ってみました。

春:サステイナブルバイオテクノロジーってなんだろう?発電菌ってなんだろう?

Q. サステイナブルバイオテクノロジーって何?

これは、20214月、晴れてサステイナブルバイオテクノロジープロジェクトの担当になった際、真っ先に考えたことです。「サステイナブル」と「バイオテクノロジー」、それぞれの単語は聞いたことがあっても、ひとまとまりになった表現は初耳でした。

サステイナブルバイオテクノロジーとは、微生物を含めた生物の力を人類の持続的発展に役立てるための技術のことです。代表的なものとしては、サトウキビのしぼりかすやいらなくなった木材等を材料に、酵母という微生物を使ってエタノールを作るバイオエタノール燃料や、生ゴミや家畜の排泄物を材料に、メタン生成菌という微生物を使ってメタンガスを作るバイオガスがあります。バイオエタノールは自動車の燃料や発電に、バイオガスはそのままガスや発電に、それぞれ利用されてきています。

現代の便利な社会を生きている私達現代人にとっては、電気や自動車は身近なもの、あるいはなくてはならないものになってきています。生活必需品とも言えるこれらのエネルギーを、枯渇が心配されている化石燃料にばかり頼るのではなく、現代を生きる生物の力を借りてつくられたものに置き換えていく、というのも、サステイナブルバイオテクノロジーに含まれます。知名度自体はまだまだ低いかも知れませんが、考え方自体は「あ~~分かる!」となる方も多いかもしれませんね。

サステイナブルバイオテクノロジーを冠するプロジェクトの研究代表者である渡邉先生の研究の一つが、「微生物の働きを活用して、電気をつくる」というもの。

現在私達人類が直面している課題の一つ、地球温暖化への対策として、日本政府も「脱炭素」を掲げ、2050年までに「ネットゼロ(温室効果ガスの排出を実質0にする)」を達成することを目標としています。目標達成のために重要視されているのが、エネルギー生産の過程で温室効果ガスを排出しない、または、吸収する分と足し引きしてゼロになるエネルギー源です。

渡邉先生は、このサステイナブルなエネルギー源の新しい選択肢として、「発電する微生物」に注目しています。まさに、生物の力を、サステイナブルな社会の実現のために活用する、「サステイナブルバイオテクノロジー」ですね!

夏:発電する微生物「発電菌」の贈りもの

そうはいっても、「微生物が発電するってどういうこと……?」となりますよね。

かくいう筆者もそう思いましたし、きっと皆さんもそう思うはず……。

ならば、直接渡邉先生に説明してもらっちゃいましょう!

ということで、2021822日、YouTube Live配信イベント「微生物で電気をつくる?バイオテクノロジーがひらくサステイナブルな社会」を行いました。イベントの最中、視聴者の皆様や筆者からの素朴な疑問に答えて頂きながら、発電する微生物「発電菌」のことや、研究開発中の装置などを教えて頂きました。

最初に教えていただいたのは、「発電菌とはどんな生き物なのか」ということ。渡邉先生の回答は、「有機物を酸化して電子を放出することで成育する微生物」でした。詳しく見ていきましょう。

そもそも、発電菌は「電気をつくろう」としているわけではなく、生きているうちに、電気のもとを出していた、というのが実情のようです。どういうことでしょう?

電気はエネルギーの一種ですが、その実態は「電子」の流れです。この微生物は電気のもとである電子を出しているので、その電子を集めて人間が使いやすいようにすることで、「発電している」と捉えることができるのです。

では、どうして電子を出しているのでしょうか?その理由を知るために、生き物のエネルギーについてみてみましょう。

生き物が生きるためには、体を動かしたり成長したりするためのエネルギーが必要になりますよね。植物などは太陽から地球に届く光エネルギーを使って、水と二酸化炭素から糖を合成する「光合成」を行います。これは、光エネルギーという昼間しか得られないエネルギーを、糖という形に変えることで、いつでも使える化学エネルギーとして蓄えている、と言えます。一方で、人間をはじめとする動物など、光合成ができない生き物は、光合成をして育った植物などほかの生き物を食べてエネルギー源にしています。私たちが食べたご飯を体の中で小さく分解していくとき、化学エネルギーと電子を得ることができます。この「ただ分解しただけ」で化学エネルギーを得る過程を、生物学の用語では「解糖系」と表現しています。解糖系だけでもエネルギーを得られるのですが、たっぷりご飯を食べないといけません。エンゲル係数が上がっちゃってお財布に優しくないのです。そこで、食事量を増やさずにより効率よくエネルギーを確保するために活躍するのが「電子伝達系」です。この電子伝達系、ざっくり言ってしまうと、解糖系で出てきた「電子」と、息を吸って体に取り入れた「酸素」をくっつけることで、追加のエネルギーを得ています(詳しく説明すると長くなってしまうので、今回は割愛します)。

発電菌は、この「電子伝達系」を持っていない生き物なので、電子を使わずに体の外にぽいっと放出しているのだそう。

代表的な発電菌として、イベントの中で紹介されたのがこちらの2種類です。

「シュワネラ菌」と呼ばれていたShewanella oneidensis
「ジオバクター」と呼ばれていたGeobacter sulfurreducens

シュワネラ菌は、アメリカ・ニューヨーク近くのオネイダ湖で見つかったため、「オネイダ湖産の」という意味のoneidensisが種小名としてついています。シュワネラ菌は海水でも淡水でも増えることができて、さらに酸素があってもなくても生きていくことができる、とても器用な細菌です。

ジオバクター菌も、アメリカのマサチューセッツ州で見つかった菌ですが、シュワネラ菌とは異なり田んぼの泥や畑などに多く存在しているようです。ジオバクター菌は酸素がない環境でないと生きていけないようです。

「発電する微生物はまだまだたくさんあるのでは?」と渡邉先生は考えていらっしゃる様子。「こんな環境で発電するのか!」というように、あっと驚かされる発見も期待できそうです。

次に紹介頂いたのが、発電菌を私たちの生活に活用することを目標として研究開発を行っているという3つの装置です。それぞれ、「発電菌を使っていること」と「装置を使って私たちの生活を便利にするためのものを作ること」という共通点はありますが、異なった性格をしているので、簡単に紹介しますね。

サステイナブルバイオテクノロジープロジェクトで研究開発中の3つの装置

どれも、発電菌や他の微生物の働きを利用して、私たち人間の生活に役に立つものを、環境に優しくサステイナブルにつくり出すことを目標とした装置なんです。発電菌をはじめとする微生物たちからの贈り物をつくり出す装置、とも言い換えられそうですね。

これらの装置も、発電菌そのもののことも、まだまだ研究開発が行われている最中です。もっと効率よく発電することができる「スーパー発電菌」や、私たち人間の役に立つものをつくり出す装置を見つけたりつくったりするために、世界中の研究者達が日々研究を進めています。実用化がとても楽しみですね!


発電菌と出会ってからの季節2つ分だけでも、既におなかいっぱい!な方もいらっしゃることでしょう。でも、筆者と発電菌との思い出話はまだまだ続きます。秋以降の思い出話も、後編にて徒然なるままに記させて頂きましたので、もう少々お付き合いください。

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