このブログは、疲労と休息がテーマの特別企画「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」(2025年7月16日~9月15日)の様子をお届けするブログシリーズです。これまでのブログはこちら。
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vol.5ハムッ! モフッ! かわいくて癒される子たち大集合!
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「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」では、「やすめる、たべる、つくる、ふれあう、はなれる、たのしむ、きりかえる」という7種類の休み方に沿って、展示をご紹介しました(7種類の休み方については詳しく知りたい方はこちらをご覧ください)。
今回は8月7日に行われた、新しいカタチの「ふれあう」休み方に注目したイベントをご紹介します。
直接話す、電話、チャット、ビデオ通話……。 どれが好き?
さて、「ふれあう」ってどんな休み方でしょうか? 友達や家族と会話したりペットと遊ぶことによって気分を安定させたり、安らぎを得たりする休み方です。
友だちとおしゃべりしているうちにモヤモヤしていた気分がすっきりしたり、愛犬や愛猫をなでていると癒されたりすることってありますよね。さまざまなかたちで他者や動物と触れ合うことに関する休み方を「ふれあう」としています。

でも、人と話すことが好きではない人もいますし、ふだんはおしゃべりでも一人になりたい日だってあります。面と向かって話すのは苦手だけど、SNSやチャットではしゃべりやすい! という人もいますよね。一口に「ふれあう」といっても、自分に合う方法や得られる効果は違うのはないでしょうか。
私たちには今、コミュニケーションに関して多くの選択肢が与えられています。昔は対面だけだった会話も、手紙や電話、そして携帯電話、さらにはSNSやビデオ通話、VR(バーチャルリアリティー)の世界でも「ふれあう」ことができるようになりました。
このイベントでは、未来の新しい「ふれあう」方法である、VRに着目しました。お呼びしたのはVR空間上でアバターを使って交流できるプラットフォーム(ソーシャルVR)の研究をされている市野順子先生です。
「はじめまして! 実はわたし……」
イベントのスタートとして、その日が初対面の参加者のみなさんに5分ずつ、将来の夢や最近の悩み事について話してもらいました。ただし、その場で体験で話すだけではなく、VR空間でも話すという二つの状況で実施しました。


右:参加者の方から見える世界のイメージ(Credit VRChat)
なぜこんなことをしたかというと、ある論文の簡単な実験の再現のためです!

市野先生が過去に行った実験では、ビデオ通話(図左)、本人に似ているアバター(図中央)、似ていないアバター(図右)の3つの条件で、初対面の被験者同士で会話を行ってもらい、会話の内容や生理的指標などが変わったかを調べました。結果、【本人に似ていないアバター>似ているアバター>ビデオ通話】の順で「自己開示」が起きやすいことがわかりました。
「自己開示」とは自分自身の事柄を言葉によって他者に明らかにすること。研究では、どの程度自分の想いを話していたかによって、3つのレベルに分けて分析されています。具体的に自己開示のレベルとして設定されたのは以下のような発話です。

みなさんは3つの条件のうち、どの姿なら自分のことを素直に話せそうですか? 現在普及しているゴーグルの機能では、リアルやビデオ通話とは違ってユーザーの表情やアイコンタクトまでトラッキングできるものは少ないですが、相手の顔や体からの情報量が少なくなるからこそ、緊張や相手の顔を気にせずに自分のことを話せる人もいるかもしれませんね。

では、「休み方」という視点ではどうでしょう? 自己開示ができる、つまり自分の内面をきちんと伝えることで相手に受け入れてもらえれば、安心したり前向きになれたりしますよね。あるいはまとまらない考えを言葉にすることで気持ちの整理がつくかもしれません。また、話すだけでなくアバター同士のハグやハイタッチには違う効果があるかも? VRでの「ふれあう」にはそんな新しい休み方のヒントがあるのではないでしょうか?
ご協力いただいた参加者の皆さん、ありがとうございました!
私たちはデジタルツールをどう使う?
今回ご登壇いただいた市野先生の専門分野である「HCI(Human-Computer Interraction)」は人間がパソコンやロボットなどのコンピュータをどのように使ったり、どのような技術開発をしたりすれば人の支援ができるかなどを考える学問です。情報学・工学だけでなく心理学や教育学、医学など、複数の学問分野にまたがって研究が行われます。

VRのほかにも、SNSやビデオ通話など、私たちは日ごろからさまざまな企業が提供する情報サービスを活用しています。しかし、それらが私たちや社会にどんな影響をもたらすのかを正確に予測することはとても難しく、問題や効果を十分に検討できないまま世の中で使われることもあります。
例えば、SNSやショート動画は通勤中など短時間でも情報を得やすい反面、おすすめされる動画に偏りがでることで、異なる意見が見えなくなる「フィルターバブル現象」が指摘されていたりしますね。逆によい効果でいえば、コミュニケーションに絵文字を使うことで、オンライン上でも感情を強調して共感を促進するという研究結果があります。
このように私たちがふだん当たり前に使っているツールも、研究者や企業が「そこで行われる人同士のコミュニケーションや社会におよぼす影響」を研究することで、新たなルールや規制をつくったり、また、良いものはどんどんブラッシュアップしたりしていきます。では、VRは将来どんな使われ方をしていくのでしょうか?

イベントのなかで市野先生は、今回ご紹介いただいた「自己開示が起きやすい」というVR対話の特徴を、心の症状を持つ患者とのカウンセリングや上司と部下の1on1ミーティング、婚活パーティなどのマッチングサービスなどに活用できる可能性があるとお話されていました。
上司との1on1の面談がVR上で行われる……。なんだか不思議ですが、確かに悩み相談はしやすそうです(笑)!
まだまだ普及率が低いVRだからこそ、今の段階から使い方を検討することで、未来のコミュニケーションのスタンダードになるかもしれませんね。
5年後のあなたの「おやすみブレンド」は?
疲労と休息がテーマの特別企画「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」では、来場者の方に「ふれあう」を含む7タイプの休み方を自分なりに組み合わせて、じぶんに最もぴったりくる「おやすみブレンド」を考えてもらいました。



今回のブログでは、VRをつかった休み方についてご紹介してきましたが、もしかしたら5年後は、今のゲーム機のような感覚でVRゴーグルが普及している世の中になっているかもしれませんし、まったく別のデバイスでコミュニケーションをとれるようになっているかもしれません。あるいはリアルで会うことが再評価されて外出が増えているかも?
同様に、5年後の私やみなさんにぴったりな「ふれあう」休み方は、今と変わらないかもしれませんし、環境や気持ちの変化でロボットペットを溺愛していたり、自分でも思ってもみない最先端のツールにハマったりと大きく変化しているかもしれません。
本企画は9月15日で終了しましたが、ときどき自分の好きなことや落ち着くことを振り返り、自分の「おやすみブレンド」の更新をしてみてはいかがでしょうか?
参考文献:
Ichino, J. et. al. (2022). "I've talked without intending to": Self-disclosure and Reciprocity via Embodied Avatars. In PACM on Human-Computer Interaction, ACM, Vol.6, No.CSCW2, Article 482.