「万博に関連して、いま気になっている科学トピックやニュースはありますか? 未来館に取材してほしいことはありますか?」
日本科学未来館では2025年3月末から約2か月間、大阪・関西万博の開幕に合わせて気になるニュースや万博に関する疑問を3階の常設展示フロアで募集しました。
その結果、たくさんの声が集まりました!
そのなかでも多かったのが、「空飛ぶクルマ」に関する声です。同時に、空を飛びたい! という願いもたくさん届きました。
万博はすでに閉幕しましたが――
今回は、万博で注目を集めた「空飛ぶクルマ」について、小学生のころ、メリー・ポピンズにあこがれていた科学コミュニケータの齋藤が、改めて紹介していきます!
「空飛ぶクルマ」とは?
「空飛ぶクルマ」は、経済産業省の公式文書などでは「電動垂直離着陸型無操縦者航空機」と表現されています。少し、難しそうな名前ですね。このとても長い名前は「電動」「垂直離着陸型」「無操縦者航空機」3つの要素にわけられます。
実はこの3つの要素こそが、従来の航空機との大きな違いです!
まず、電動であること。
空飛ぶクルマはバッテリーによるモーター駆動です。そのため、化石燃料で飛行する従来の航空機に比べ、環境に悪影響を及ぼす排出ガスや騒音の低減が期待されています。
そして、垂直離着陸が可能なこと。
滑走路を必要とせず、 その場で離陸・着陸が可能です。そのため、ビルの屋上や小さな広場など限られた場所でも運航可能というメリットがあります。
3つ目は、無操縦者でも利用できること。
空飛ぶクルマは、GPSやセンサー、ソフトウェア制御により、自動飛行や安定した操縦が可能です。操縦を自動化することで、高度な技術を持つパイロットが必ずしも必要なくなり、運航の効率化が見込まれています。
空飛ぶクルマは、都市の渋滞を回避、また離島や災害時の移動手段として注目されています。
このような特徴を持つ、新しい空の移動手段が「自動車のように日常生活に溶け込む空の乗り物になってほしい」という願いから、「空飛ぶクルマ」という愛称が付けられたそうです。
いざ、対面!
調査に訪れたのは5月中頃。
大阪・関西万博の西ゲート側、大屋根リングとは反対方向へしばらく歩くと、空飛ぶクルマの離着陸場である「モビリティエクスペリエンス」にたどり着きます。この日は「HEXA(ヘクサ)」が地上展示されていました。
発着場は高さ2メートルほどのフェンスで囲われており、その周囲には立ち止まって写真を撮る大勢の来場者の姿がいらっしゃいました。
展示されていたHEXAは1人乗りの空飛ぶクルマで、自身の操縦で空を飛ぶという体験アクティビティとして、また将来的には観光地での遊覧、またシェアサイクルのように1人で短距離移動するモビリティとしての活用が想定されています。
(因みに、アメリカでは既に、パイロットライセンスを持たない一般のお客様が操縦し空を飛ぶことができる、HEXAの商用運航が開始されています!)
上から18基のプロペラと操縦室、そして6つの足のようなフロート(浮き)から成る非常にシンプルな構造をしていました。
素材にはカーボンファイバーが使われており、とても軽量です。私がちょうど現地に到着したとき、機体が格納庫に戻されるところでしたが、移動させていたのは男性1人だけ。もちろん台車に乗っていましたが、人力で押して運べるほどの軽さに思わず驚きました。
また、シンプルながら、安全対策がいろいろ施されているようです。
まずは、飛行中のトラブルへの対策について。
HEXAには18基のプロペラがついていますが、そのうち最大3分の1(6基)が停止しても安全に飛行着陸できる設計になっています。
そして、通常は搭乗しているパイロットが操縦していますが、非常時には地上で機体を常時モニタリングして監視している地上局からの遠隔操縦へ即時切り替え可能です。
また、6個のフロートは、水面に着水しても沈まないためのものです。
さらに、機体以外にも安全対策がありました。
万博会場内の発着場には、目に見えるフェンスのほかに、目に見えないフェンス(ジオフェンス)が施されています。このフェンスは、GPSで設定されたエリア外に機体が出ないようにする仕組みです。
「空飛ぶクルマ」、その課題は?
では、HEXAをはじめ、その他の空飛ぶクルマは、いつごろ実際に利用できるようになるのでしょうか。
結論から言えば、まだはっきりとはしておらず、社会受容性の向上の為の飛行見学体験や実証実験を行う段階にあり、実現のための課題はいくつもあります*1
まず必要なのは「信頼と安心」です。
搭乗者にとっての安全性はもちろんですが、地上で生活する人々にとっても安心できる存在でなければなりません。従来の航空機よりもずっと身近な空を飛ぶことになるため、静粛性を高める工夫や、プライバシーや景観への配慮が欠かせません。
次に求められるのは「仕組みとルール」です。
機体の安全基準を整えることはもちろん、遠隔操縦や自律飛行を見据えた免許制度、国際的な整合性を持つ運航ルール、さらには空の渋滞を防ぐための空域管理など、制度的な整備が必要になります。
さらに「インフラ」の整備も欠かせません。
離着陸場となるバーティポートや充電・燃料供給、駐機スペースなど、地上の基盤づくりも必要です。
そして最後に「持続可能性と統合性」が問われます。
都市景観や地域の暮らしと調和できるか、地下鉄やバスといった既存の交通手段とシームレスにつながるか、誰もが使えるような運賃をどう設定するかとど、社会に実装され、そして長期的に社会に根づくための工夫も不可欠です。
空飛ぶクルマは、都市の渋滞解消、離島や災害時の移動手段など今の社会課題を解決しうる乗り物であると同時に、解決すべき現実的な課題を多く抱えています。
過去、今、そして未来
1970年の大阪万博では、日本館で上映された「21世紀の1日」という映像の中に、空飛ぶ乗り物のような姿が描かれていたそうです*2。当時は新幹線開業から6年、高速道路も東京と大阪を結んだばかりで、自家用車やジャンボジェットが普及し始めた時期でした。
今では当たり前の交通機関も、当時はまだ新しく、夢のような存在だったのです。そう考えると、半世紀を経て絵空事のように思われていた空飛ぶ乗り物が、まだ発展途上とはいえ現実の姿を見せ始めていることに感慨を覚えます。次にまた日本で万博が開かれたときには、空飛ぶクルマや全く別の新しい乗り物で万博へ……なんていう未来がきているかもしれませんね。
暮らしの変化で必要な交通手段が変わり、その交通手段によってまた新たな暮らしが生まれていくのかもしれません。空飛ぶクルマはこれからどんな姿で、どんなルールのもとで私たちの生活に入ってくるのでしょうか。そして、それを想像したとき、私たちはどんな期待を抱き、どんな不安を感じるのでしょうか。その答えは、住んでいる場所やよく使う交通手段、日常生活のなかで困っていることなど、それぞれの立場や環境によって違うはずです。
例えば私は青森の出身で、車が主な交通手段ですが、冬は雪が深く、轍にタイヤがとられたり、スリップにおびえたり、なんてことも……。そんなとき、空飛ぶクルマがあれば助かります。と、同時に空飛ぶクルマが渋滞するようになったら、きれいな星空や青空を見られなくなりそうな不安もあります。
皆さんは「空飛ぶクルマ」に、どんな未来を思い描きますか?
それとも、まったく新しい交通のかたちを想像するでしょうか?
未来館で、期待も不安も、ぜひ一緒に語り合ってみませんか。
取材協力:丸紅エアロスペース株式会社
【参考文献】
*1「空飛ぶクルマの運用概念 本文(案)」 空の移動革命に向けた官民協議会
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/air_mobility/pdf/009_04_00.pdf
*2「70年万博に夢見た未来 日本館上映のアニメ発見「平和な世願う」 11月に京都で上映」産経新聞 2018年10月18日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36624030Y8A011C1AC1000/