臨海青海特別支援学校特別授業2024

数ってなんだっけ?

「私が話していることは皆に伝わっているだろうか?」「私が言いたかったことはちゃんと理解されているだろうか?」。誰かと話しているときや、仕事でプレゼンや授業をしているときに、みなさんはこんな悩みを持ったことはありませんか?

私はあります。今回は、この悩みをより意識するきっかけとなった出来事を紹介します。

未来館は2020年から、近くにある東京都立臨海青海特別支援学校で毎年特別授業を行っています。この学校は発達障害や知的障害、自閉スペクトラム症などの小中学生が通う学校です。未来館内の「研究エリア」に在籍している「身体性メディアプロジェクト」の研究者と共同で授業を行っています。このプロジェクトは、人の可能性を広げることを目指して技術を開発しています。

まずは、今年担当することになった中学3年の生徒たちのことを知るために、学校の先生にお話をうかがいました。先生によると、生徒たちは数字を理解することに難しさを感じているとのことでした。その難しさとはいったいなんでしょう? まずは以下の写真を見てください。

数字を理解することの難しさをお金で考えてみましょう!

あなたは、1000円札一枚と500円玉2枚は同じものだと思いますか? 価値の視点で考えると、どちらも同じ1000円です。でも、それでいいでしょうか? 別の視点からも考えてみましょう。数を数えてみると、左側の紙幣は1枚で、右側のコインは2枚です。違います。次に、紙幣とコインの上に書かれている数字を見てみましょう。紙幣には「1000」、コインには「500」と書かれています。どう見ても違います。さらに、これらの数字を声に出して読むと、「せん」と「ごひゃく」になりますが、これもやはり違いますね。

 ここまでくると、数字の難しさがイメージできてきたのではないでしょうか。写真に写っているものは、お金の価値、物の数(数量)、文字(数字)、数を表すことば(数詞)という4つの物差しで解釈できます。ですから、最初の質問「1000円札一枚と500円玉2枚は同じものですか?」の答えは、価値についてはイエス、数量についてはノーということになります。

 生徒たちは、1000円札一枚と500円玉2枚を価値として比べて同じだと解釈することや、「1,2,3」という文字(数字)と「いち、に、さん」という言葉、それから数量の概念をつなげることに難しさを感じているということに、先生の話を聞いたことで私たちは気づくことができました。

 生徒にとってバラバラになっていた情報をつなげるために、私たちは「何かを数えている」ということを生徒一人一人が実感できる授業を考える必要がありました。

どうしたら数を数えることの実感を得られるのでしょうか? そのヒントは、過去にありました。そろばんです。それは、人類が何千年も前から使っている道具で、様々な文明で使用されて様々な形を得てきました。もともと数えたり計算したりするために主に職人に使われてきましたが、そのうち教育の場面でも計算を習うために使用されるように進化してきました。

 そんなそろばんが、今回さらなる進化を遂げました。「身体性メディアプロジェクト」の研究者とともに、生徒たちにあわせてデジタルそろばんを開発したのです。生徒たちに親しんでもらえるようにと、私たちはこのそろばんを「そろばんばん」と名づけました。「生徒たちのために」と開発し始めたこの道具は、「生徒たちによって」も開発されたといえます。これが一体どういうことなのかは続きを読みながら明らかになると思います。

「そろばんばん」って何?

写真のとおり、「そろばんばん」は一般的なそろばんと違い、珠の数は5個です。珠は上下でなく左右に動きます。珠は一般的なそろばんより大きいので、動かしやすいです。白くてつややかで、私ははじめて見たとき、「夢のチョコレート工場」という映画に登場するアメを思い出しました。「そろばんばん」では1個の珠は1を表しています。珠1個が必ずしも1を表しているわけではない一般的なそろばんに比べて、わかりやすいです。しかし、もっともユニークなところはこれらではなく、動かすと珠が光るということです。光っている珠の数は端の小さな画面で確認できます。

そろばんばん

これらの特徴にはちゃんと意味があります。珠が移動したときに光ることで、数える際にどの珠に注目すればよいかがはっきりわかります。光った珠の数量で数字の大きさがわかるようにもなっています。最後に自分が数えたものを改めて画面に映る数字で確認できます。数字を見て、数えて、数えたものは一体なんなのかを改めて数字として確認できます。こうして、数字、数唱(いち、に、さん、と声に出して数えること)と数量を分けたうえで、ひとつの道具でこれらすべての概念をつなぎ整理できるようにすることがそろばんばんのミッションでした。

【プレ授業】

本番の授業を行う前準備として、プレ授業を行いました。

まず、生徒たちが数唱、数量、数字をどれくらい、そしてどうやって理解しているのかを私たちが知るために、紙芝居で数字を見せて、学生に「これは何?」と聞いたり、その数字に合わせて声で数えながらボールを取ってもらったりしました。これらの活動から、生徒たちからいろいろな反応がありました。たとえば、紙芝居上で見ている数字だけでなく次に続く数字を声に出して言ったり、5の次に8を見せた場合(数唱の順番から外れる順番で見せた場合)8個のボールを数えなかったり、ボールを数えるより動かすという動作の方に興味を持ったり、見ている数字に合わせてボールを取って戻すときに、声に出して数えなかったり……。こうした様々な行動から、生徒たちは数字の順番(数唱)だけを覚えているのか、あるいは数字や数量まで理解しているのかなどが少しずつ見えてきました。

紙芝居で数字を見せる活動の様子
8の字に合わせてボールを取っている生徒の様子。

次に、「そろばんばん」を実際に触って、なじんでもらうことにしました。それを通じて、大事な気づきがありました。珠を動かす方向を「左から右」のような方向の言葉で表すよりも、「赤いほうから青いほう」のように色で表したほうがわかりやすいという生徒もいました。数字を表示する画面の場所は、珠と同じ高さにあったほうが数えやすい生徒もいることがわかりました。このような生徒は、光った珠を数えた後に視線を変えずに画面上の数字を確認できるため、正解を確認しやすくなるとのことでした。

生徒がそろばんばんと初めて触れてみたときの様子。

これらのプレ授業で得た学びをもとに、本番の授業に向けて「そろばんばん」を改良しました。写真の通り、両端に色がついて、左の赤の側に小型画面がつきました。この改良版「そろばんばん」を使って、生徒によって数の理解度がちがうクラス全員が楽しめる本番の授業を考えることにしました。

改良版そろばんばん

【本番の授業】パート1

本番の授業では、紙芝居上の数字を見て、その数字を「そろばんばん」でつくるゲームをしました。そろばんばんは全員で共用し、クラスの前に出して一人ずつ交代で使うことにしました。そして全員で声を出して数えました。数えられた数字は全員が確認できるように、大型画面に数字を映すことにしました。こうして、そろばんばんに触れているときもそうでないときも全員が参加できるようになりました。

 授業を通して、生徒たちについて様々な発見がありました。生徒によって珠を動かす速さが違いました。周りの生徒たちが数えているのをお構いなしに、一瞬で目標の数字をつくった生徒もいれば、皆と一緒に数えながら数字をつくった生徒もいました。また、紙芝居で示された数字よりも多くの珠を光らせた結果、目標の数字にたどり着くまで時間がかかった生徒もいました。そろばんばんの動作の速さや目標の数字をつくるまでの時間などから、生徒の理解度について様々なことが見えてきました。具体的には、数唱に頼っている生徒と、足し算がすでにできている生徒がいることが見えてきました。数字と数量の関係性が伝わっていないということもわかってきました。

そろばんばん1台で5まで数える活動の様子。

生徒が目標の数字にどうたどり着くかに、生徒一人ひとりの個性が出ました。例えば5より大きい数字をつくるクイズでは、そろばんばん1台で5までつくってから2台目のそろばんばんを使う子もいれば、同時に両方を操作する子もいました。その生徒にとってある数字、例えば「6」は、6より少ない数字同士(4と2,3と3,5と1)の足し算なのか、1の積み重ねなのかが見えてきました。ある生徒は、珠を1から順に声に出して数えながら9個の珠を光らせることができたものの、2台のそろばんばんの異なる画面上に5と4が表示されていることの意味がわからなかったようでした。その生徒は、合わせて9になる2つの数字ではなく、5と4が横に並んでいたので「54」と理解したようでした。ちなみに、このとき先生役の科学コミュニケーターが声に出して「5と4を足したら?」と聞いたところ、返ってきたのが「54」という答えでした。このことから、数えることはできても、足し算が難しい場合があるということを発見しました。

そろばんばん2台を使って5より大きい数字を数える活動の様子。

【本番の授業】パート2

次に、数の概念を日常生活とつなげることにチャレンジしました。生活の中ではたとえば、お金を計算するときに数が登場します。10円玉が10個あれば100円玉になりますが、上記の通り、数量などが異なる両者が価値として同じであるという理解が、生徒によっては難しいです。この授業では、「1が5個」と「5が1個」が同じであること、「5が2個」と「10が1個」が同じであること、そして「10が10個」と「100が1個」が同じであることを伝えることにしました。

まずは「そろばんばん」で生徒一人一人に5をつくってもらい、そのお返しに5の数字が描いてある紙(「5カード」)を生徒に渡しました。

5をつくることに成功した生徒と、もらった「5カード」を見せ合う生徒たちの様子。

今度は生徒二人組に、「そろばんばん」2台を使って10をつくってもらい、できたペアに「10カード」を渡しました。

ペアで、助け合いながらそろばんばんで10を作っている途中

授業の締めくくりとして、みんなの力を合わせてすごく大きな数をつくることにしました。クラスには、全部で10組のペアがいて、それぞれが「10カード」を持っています。とすると、みんなの「10カード」を集めたら、なんと100になります。その100を「そろばんばん」でつくることにしました。具体的には、1つの珠が10を意味することにすると、珠を10個光らせたら100になります。みんなで大きな声で一緒にひとつずつ光る珠を数えながら、100をつくることに成功しました。「おめでとう!」の証として、クラスみんなに1枚の大きな「100カード」をプレゼントしました。その瞬間の盛り上がりは、それまでの授業で生徒たちがお互いに応援し合いながら一緒に数えること自体を楽しんできたことの結晶でした。

プレゼントされた「100カード」!おめでとう!

このワークを始める前、私たちは、1が5つ集まると5になり、その5が2つ集まると今度は10になり、そして10が10個集まったら100になるというふうに、生徒たちが各活動を自然と関連づけながら理解するのではないかと想像していました。でも実際には、各活動に独立して取り組んでいる生徒もいたようでした。しかしそれでも、「100がなんかすごい数字だ!」というのは多くの生徒たちが共通して感じていたようで、彼らの盛り上がっている様子が印象的でした。

最後のワークでは、そろばんばん2台で10をつくると、珠が虹色に光る設定にしました。写真では見えづらいですが、生徒が虹色の光に感動したことを先生役の科学コミュニケーターに伝えようとしている様子。

最後に

この授業に携わった人たちそれぞれの視点から、授業全体を振り返ります。最初は生徒。「そろばんばん」の珠が動かすと光るということで、「やってみたい!」という気持ちが湧いたし、先生役の科学コミュニケーターに話しかけるきっかけにもなりました。光っている珠の数をそばの画面で確認できるということも生徒たちの学びやすさにつながったのではないでしょうか。

次に、学校の先生。珠の動かし方の違いから、それぞれの生徒の数の理解が先生に見えやすくなりました。最後に科学コミュニケーターと研究者。「そろばんばん」の開発と授業の実施を通して、生徒によって数の理解が多様であることを発見しました。それによって、授業を行う前に私たちが持っていた「自分たちが言っていることが、生徒全員に同じように理解されるだろう」という前提が、壊されました。

自分たちがかつて学校で数を学んできた経験をもとにデザインした授業内容が、生徒たちに実際どのように受け取られるのかは、本番までわかりませんでした。これは当たり前のことではありますが、私たちが臨海青海特別支援学校の生徒たちの前で授業をしたからこそ実感できたことでした。だからこそ、生徒の反応に合わせてデバイスを開発することと授業を柔軟にカスタマイズすることが重要なのだと感じました。

最後にもうひとつ。授業で何を感じ受け取るかは人それぞれですが、生徒がそこでなにかを学び持ち帰るには、授業に全力で参加することが大事です。個性豊かな生徒たちが、それぞれのやり方で授業に全力で参加することで、一人ひとりにとっての「学び」が始まるのではないでしょうか。

最後の授業後の集合写真。ほろ苦い瞬間でした。授業は楽しかったですがいつの間にか
お別れの時間が来てしまった。

編集者:大久保 明

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