2025年ノーベル生理学・医学賞関連ブログ

免疫のブレーキに腸内細菌が関係する?

みなさん、こんにちは。科学コミュニケーターの河内です。

2025年もいよいよ終わりに近づいてきましたが、年末を前に科学の世界では大きなイベントがあります。それはノーベル賞の授賞式です。授賞式は、毎年1210日にスウェーデンのストックホルムで行われます。

日本科学未来館では、今年の106日~8日に、ニコニコ生放送とYouTubeでノーベル賞に関する生配信を行いました。私は6日の「ノーベル生理学・医学賞」の回を担当し、前半では腸内細菌についての最近の研究を紹介し、後半は視聴者のみなさんと一緒に受賞者の発表を見守りました。

今年のノーベル生理学・医学賞は、メアリー・E・ブランコウさん、フレッド・ラムズデルさん、坂口志文さんの3人の制御性T細胞という免疫のブレーキに関係する研究に贈られました。残念ながら番組で紹介した腸内細菌の受賞ではなかったのですが、実は免疫のブレーキの働きにも腸内細菌が関わっていることがわかってきているのです。今回のブログでは、ノーベル賞で注目された免疫のブレーキと腸内細菌の関係を見ていきます。

腸内細菌ってなに?

私たちのお腹の中には、約100兆個、約1000種類もの細菌がすみついているといわれています。質量にすると約12kgほど。これらの腸内細菌は、食べ物の中の食物繊維などをエサにして生きており、その過程でさまざまな物質をつくり出します。その中には、乳酸・酢酸・酪酸といった、私たちのからだによい働きをする物質も含まれています。

最近の研究から、腸内細菌がさまざまな健康や病気などと関係している可能性がわかってきました。番組では、腸内細菌と肥満や長寿との関係を調べた最新の研究もご紹介しました(興味のある方はぜひアーカイブもご覧ください!)。

しかし、ここでひとつ疑問がわいてきます。

腸内細菌は、私たちのからだや細胞から生まれたものではありません。つまり、「異物」です。それなのに、なぜ私たちのからだは腸内細菌を攻撃しないのでしょうか?

腸内細菌の例と、それらがつくる代謝産物。ヨーグルトに含まれている乳酸菌やビフィズス菌は、乳酸や酢酸といった代謝産物をつくります。酪酸産生菌は、ぬかづけなどに含まれており、酪酸をつくります。
(配信で使用したスライドから抜粋・一部改変)

異物なのに、なぜ攻撃されないの?

私たちのからだを守る免疫は、ウイルスや細菌などの異物を見つけると、攻撃して排除するしくみです。その中心で働くのが、T細胞やB細胞などの免疫細胞です。

ところが、免疫が間違って自分の細胞を攻撃してしまうことがあります。これが、関節リウマチや1型糖尿病などの自己免疫疾患につながります。また、腸内細菌のように、私たちのからだにとって有益な異物もいます。もし免疫がそれらまで攻撃してしまったら、健康を保つことはできません。

そのため、免疫には「敵を攻撃するアクセル」と「攻撃しすぎないためのブレーキ」の2つの働きがあります。

このブレーキのしくみを「免疫寛容」といいます。免疫は、戦うだけでなく、攻撃しないという選択もしているのです。そして、今年のノーベル生理学・医学賞は、「末梢性免疫寛容をコントロールする細胞の発見」という免疫のブレーキに関わる研究に贈られました。

さまざまな免疫細胞とその働き
免疫は、アクセルとブレーキのバランスが大事です。

免疫寛容ってなに?

免疫寛容とは、自分のからだやからだにとって有益なものをむやみに攻撃しないようにするしくみのことです。

免疫の主役であるT細胞はウイルスに感染した細胞などを攻撃しますが、最初から攻撃能力をもっているのではなく、胸腺という臓器で訓練を受けながら成熟します。その過程で異物を認識する能力があるかどうかを試し、その後に自分の細胞を異物と認識しないかどうかをチェックします。この最初のチェックが「中枢性免疫寛容」です。

それでも、チェックをすり抜けてしまうT細胞が出てくることがあります。そこで働くのが「制御性T細胞」です。この細胞は、免疫の動きが強くなりすぎるとブレーキをかけ、「それ以上攻撃しなくていい」と免疫を落ち着かせてくれます。この全身での調整のしくみを「末梢性免疫寛容」といいます。

坂口志文さんは、この制御性T細胞の存在を世界で初めて明らかにしました。さらに、ブランコウさんとラムズデルさんは、制御性T細胞を育てるスイッチとなるFoxp3という遺伝子を発見しました。この発見によって、免疫寛容は中枢の胸腺だけで決まるものではなく、全身でも調整されていることがわかり、免疫寛容の考え方が大きく変わったのです。

腸の中で働く「制御性T細胞」

腸内細菌がすんでいる腸は、からだの中にありながら外の世界とつながっている通り道のような場所です。食べ物だけでなく細菌やウイルスなどさまざまな異物が、毎日この腸を通ってからだの中へ入ってきます。そのため腸の壁の内側にある腸粘膜には、多くの免疫細胞が集まっていて、異物が入ってきたときに必要に応じて反応し、私たちのからだを守ってくれます。

しかし、もし免疫が働きすぎてしまうとどうなるでしょうか?免疫が腸内細菌まで攻撃してしまうと、腸内細菌から得られる利益をうまく取り入れられなくなってしまいます。そうならないように、腸の免疫は厳しくコントロールされています。

腸粘膜では、胸腺で育った制御性T細胞だけでなく、胸腺を出たあとに腸の中で新しくできる制御性T細胞も働いています。このおかげで、胸腺での訓練だけでは対応しきれない異物にも、免疫がうまくブレーキをかけられるようになっています。そして、この「腸での制御性T細胞の増殖」に腸内細菌が関わっていることが研究でわかっています。

腸内細菌が「免疫のブレーキ」を育てていた

研究者たちは、クロストリジウム菌と呼ばれる腸内細菌に注目しました。この腸内細菌は、腸の制御性T細胞に関係することがわかっており*1、研究*2)ではまず、細菌がいない「無菌マウス」にクロストリジウム菌だけを棲ませた「ノトバイオートマウス」をつくりました。このようなマウスは、特定の細菌がからだにどんな影響を与えているかを調べるのにとても役立ちます。

無菌マウスは、生まれたときから腸の中に一切の細菌が存在しない状態で育てられたマウスです。ノトバイオートマウスは、無菌マウスに特定の細菌だけを移植して育てたマウスです。この研究では、無菌マウスにクロストリジウム菌だけを入れて育てたマウスを用いました。(配信で使用したスライドから抜粋・一部改変)

このノトバイオートマウスに菌のエサとなる食物繊維の量を変えて与えると、食物繊維の多いエサを食べたマウスでは制御性T細胞が増えたのです。

つまり、クロストリジウム菌が食物繊維をエサにしてつくる物質が、制御性T細胞を増やすカギになっていることがわかりました。

カギをにぎる物質は「酪酸」

クロストリジウム菌は、食物繊維をエサにして酢酸・プロピオン酸・酪酸といった代謝物質をつくり出します。では、その中のどれが制御性T細胞を増やしているのでしょうか?

研究者たちは、未熟なT細胞をシャーレの中で育て、それぞれの物質を加える実験を行いました。その結果、酪酸を加えたときに最も多くの制御性T細胞ができたのです。さらに、酪酸は制御性T細胞にとって大切なスイッチ遺伝子であるFoxp3の働きも高めることがわかりました。

この研究から、食物繊維を多くとることでクロストリジウム菌が活発になり酪酸がたくさん作られ、その酪酸が未熟なT細胞を制御性T細胞へと成熟させるというメカニズムが明らかになりました。このしくみは、将来、クローン病や潰瘍性大腸炎など腸の病気の治療にも応用できるのではないかと期待されています。

研究の大まかな流れ

ノーベル賞が示した「免疫のブレーキ」は、腸内細菌との共生のカギ

今年のノーベル生理学・医学賞で注目された「制御性T細胞」。
この細胞が免疫にブレーキをかけてくれるおかげで、私たちは腸内細菌と共生することができているのです。

そして、そのブレーキのしくみそのものにも、腸内細菌が関わっているとは驚きです。

今年の夏からリサーチをしてきた腸内細菌ですが、知れば知るほど自分のからだが別の生き物の影響を受けて生きていることがわかり、なんだか不思議な感じがしました。今年のノーベル賞の授賞式は、そんな生命の不思議なしくみに思いをはせながら見てみたいと思います!


参考文献*

1.Atarashi K., Tanoue T. et al. Induction of colonic regulatory T cells by indigenous clostridium species. Science 331, 337–341 (2011)

2.Furusawa Y., Obata Y., Fukuda, S. et al. Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells. Nature 504, 446-450 (2013)

3.坂口志文、塚﨑朝子 「免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか」 講談社(2020).

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