皆さんこんにちは。科学コミュニケーターの安藤です。
前回はイグサの産地を見に行くブログ(https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20240919post-525.html) を書いていたのですが、気付けばそれから一年半も経ってしまいました。年々一年の感覚が短くなっていくような気がします。
その間に私が何をしていたかといえば、新しい展示をつくったり、大阪・関西万博に出張してアウトリーチ活動をしたりしていました。
今回のブログでは、それらの話を同時にしたいと思います。決してこまめにブログを書いていなかったせいでネタが渋滞しているわけではありませんよ。思わぬところに繋がりがあったのです。
皆さんは万博、見に行かれたでしょうか。
すっかり閉幕から時がたち、それどころか私が万博に行ったのは去年の五月のことなのでもうそろそろ一年前の記憶になりますが、それでもワクワクとした気持ちは新鮮に思い出すことができます。
見たこともない建築、知らない国の文化、開発中の技術……パビリオンによっても力を入れている分野は違いますが、新しい発見ばかりで情報量に圧倒されてしまいました。特に各国のパビリオンでは、読めないメニューの料理を食べたり、その場でマッサージを受けてみたり、生演奏の音楽を聴いてみたり……と五感を目一杯使ってその国を感じることができたのが楽しかったです。遠く離れた土地の文化を少しずつ沢山体験できるというのは、万博ならではの特徴かもしれません。
旅行が好きな人は各国のパビリオンを訪ねて思い出がよみがえり、懐かしい気持ちになったりしたのでしょうか。私はこの一年半の間に、未来館の展示物であるGeo-Scope(https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/tsunagari/geo-scope/)の改修に関わり、そのなかで世界中の国の名前と地図上の表示位置が一致しているか手作業で確認するという業務もしていたので、どの国を見ても名前と位置がわかることに感動していました。(科学コミュニケーターの仕事はこのように多岐に渡ります。)
どんな仕事がどこで役に立つかわかりませんね。緯度と経度だけがすべてだった国の認識が、パビリオンの展示によって実感をともなった知識に変わっていきます。
さて、いきなりGeo-Scope(ジオ・スコープ)という単語を出してしまいましたが、これを読まれている皆さんはGeo-Scopeをご存じでしょうか。
「知らない」という方にはこれから説明しますが、もしかしたら「知っている」という方の中にも想像しているものが違う可能性があるかもしれません。
まずはこちら。
こちらは以前未来館で設置されていたGeo-Scopeです。
そして現在のGeo-Scopeはというと……。
こんな見た目になりました!
Geo-Scopeは2011年に制作された未来館の常設展示ですが、2025年の4月に新たにリニューアルしました。前の二つの写真は以前のGeo-Scopeになるので、この二つを知っている方は未来館のリピーターさんかもしれません。
2025年に行った改修では、見た目を新しくするだけでなく、より直観的な操作ができるUI(ユーザーインターフェース)に変更し、さらにコンテンツの選び直し、データの更新、そしてオンラインコンテンツ化などを行いました。
生まれ変わったGeo-Scopeには、全部で20のコンテンツが入っています。
折角なのでここでご紹介しておきましょう。
・世界の人口
・平均寿命と健康寿命
・新生児の死亡率
・ビッグマックの価格変動
・世界の電力消費量
・二酸化炭素の濃度
・エアロゾルの濃度
・140年間の気温変化
・2100年までの気温予測
・2100年までのオゾン層の変化
・宇宙から見た雲の動き
・人類のひろがり
・クロマグロの回遊ルート
・渡り鳥の移動ルート
・生物の保全優先度
・世界の地震
・東日本大震災 前後の揺れ
・東日本大震災 津波のゆくえ
・夜の地球
・土地の使われ方
いかがでしょうか。どれか気になったコンテンツはありますか?
例えば地球の夜の明るさを表したデータをビジュアライズしたコンテンツとか……。
夜の地球 Earth at Night
はい。ということで、前置きが長くなりましたが今回の本題は「夜の地球」です。
万博に行ったよ!という方は、このタイトルでピンときたかもしれません。そう、実は万博にも同じタイトルの「夜の地球」という施設があったんです!(ちなみに万博の「夜の地球」と未来館の「夜の地球」に関係性はありません)
それがこちらの、「夜の地球 Earth at Night」です。
こちらは、夜の地球の様子を輪島塗によって表現した地球儀が展示されている施設です。
輪島塗とは、石川県輪島市の伝統産業で、輪島市でしか採れない輪島特産の地の粉(珪藻土の一種)を使い、輪島の職人の手によって生産される漆器です。時に100工程を超える丁寧な手作業でつくられ、でき上がった漆器は非常に強固で、また壊れたとしても修復が可能です。
せっかくなので、万博で見た「夜の地球 Earth at Night」を振り返ってみましょう。
まず、建物の周りには31枚の大漁旗がはためいていました。こちらは能登半島地震が発生する前まで輪島市で使用されていた実物だそうです。
そして入ろうとすると、やけに馴染みのある声が聞こえてきました。この声は……サザンオールスターズ!
まさか大阪の万博でサザンの音楽を聴くことになるとは。サザンビーチの近くで生まれ、サザン通り商店街で買い物をし、「希望の轍」が発車メロディの駅を使っていた茅ヶ崎市出身としてはなんだか嬉しくなります。
ここで流れていた曲は「桜、ひらり」。能登をはじめ、全国の被災地に思いを馳せてつくられ、能登半島地震からちょうど一年後の2025年1月1日にリリースされた楽曲です。
なぜこの施設に能登半島地震と関連した大漁旗や楽曲が使われているのか。それは、ここで展示されている地球儀が2024年1月1日に発生した能登半島地震でも無傷であったことから、復興シンボルの一つとされているからです。
入口をくぐると、最初のエリアでは地球儀がつくられた経緯や製作過程についてのパネルを見ることができました。
奥の部屋に入ると、いよいよ「夜の地球 Earth at night」の登場です。
照明が落とされた部屋の中央に大きなガラスケースの部屋があり、そこに大きな地球儀が展示されていました。
周囲には輪島塗で製作された都市の夜景図が展示されています。
地球儀と夜景図は、漆の黒で夜の暗さを、金の発色で夜でも明るい場所を表しています。
私が見学に行った時には、たくさんの来館者がじっくりと鑑賞していました。
無言でずっと眺めている人もいれば、自分たちの住んでいる国を探したり、明るい国と暗い国があることに気付いて驚いている人もいます。
そもそも、なぜ輪島塗の大型地球儀がつくられたのでしょうか。
万博の展示場でも解説は書かれていましたが、折角なので詳しく知りたいと思い『石川県輪島漆芸美術館紀要』を読んでみました。紀要によると、大型地球儀がつくられた経緯について以下のように書かれています。
輪島塗に限らず、日本の伝統工芸全般に共通している課題として、取り巻く環境の変化と産業としての衰退が挙げられます。そしてこの課題を加速させている理由の一つが、販売業者や行政の工芸技術への無理解だそうです。
いくら技術自体に価値があっても、それを一般消費者に向けてアピールしていく側がその価値を正しく理解していなければ、いずれ社会での価値が低くなり、産業として成り立たなくなってしまいます。産業として成り立たなくなれば、その技術もいずれ衰退してしまうでしょう。
輪島塗は室町時代にルーツをもち、江戸時代の初期には産地が確立していたと考えられています。長く歴史が続いている一方で、生まれた時から周りに輪島塗が存在してきた人々にとっては、その技術が希少かつ高度であるという認識が薄いという問題がありました。
そこで、今から遡ること約10年。2015年秋に、輪島市から輪島塗技術保存会に一つの提案がなされました。
その提案とは、輪島の技術力を結集させた共同製作品をつくり、輪島塗ブランドを今一度強化しよう、というものです。
言葉でいってしまえば簡単ですが、これは非常に難しいプロジェクトでした。
まず、保存会を構成している職人は仕事のやり方や立場もバラバラです。それぞれに作家性やこれまで受け継いできた系譜、市場での評価などがあるなかで、協力して一つの作品をつくらなくてはいけません。さらに、今回の目的はただ作品をつくることではなく、世の中に向けた発信です。技術上は伝統的な輪島塗の製法にのっとりつつ、これまでにつくったことのない新しいものづくりに挑戦する必要がありました。
そして製作するモチーフを決めるうえで、日本だけにとどまらずあらゆる文化圏の人が理解できる形状に、誰もが共感できる平和へのメッセージを込めたいという指針が示されました。
こうして決められたのが、輪島塗による総高1.5mの大型地球儀の製作です。
地球儀は世界を俯瞰でとらえる視点をうながすものです。地球儀を製作した保存会は、対立や分断を超えて他者に思いを巡らすというグローバルなメッセージを、ローカルに徹した輪島塗によって発信することに大きな意義を見出しました。
さらにエネルギー問題や経済格差、紛争の有無などの各地域の事情を読み取ることができ、そして漆芸が最も魅力を発揮できる金と黒によって表現できるということから、昼間の地球ではなく「夜の地球」のデータを使って製作することにしました
それから約5年間の製作期間を経て、「夜の地球 Earth at night」は完成しました。
製作のさなかに新型コロナウイルスが蔓延し、また完成とほぼ同時期にロシアによるウクライナ侵攻が起こるなどして、製作に携わった方々にとっても、世界を俯瞰で見ることの意味を改めて認識することになったそうです。
完成した「夜の地球 Earth at night」は2022年3月に石川県輪島漆芸美術館に設置され、その後伝統工芸の美しさが世界各地へ伝わることや、対立や分断を超えて他者に思いを巡らすことの意味を世界に向け伝えていきたいという願いも込めて、2025年の万博にて展示されることになりました。
輪島塗で製作された地球儀は見るだけで迫力があり、そして改めて自分たちが暮らす地球について考えさせられる展示でした。
データはそれだけではただの事実ですが、見せ方を工夫することでさまざまな見方をすることができます。
きっとほとんどの人は、「夜の地球の各地における明るさ」を数値で見たところですぐに理解することは難しいでしょう。私も勿論できません。
それを地球儀の上にわかりやすく表現し、さらに輪島塗という工芸品の美しさによって視線を惹き付け、迫力を与えることで、見ている人が世界について考えるきっかけになったと思います。
万博は終わり、「夜の地球 Earth at Night」は石川県輪島漆芸美術館に戻されました。
あの美しい夜の地球をまた見るためには、石川県に行く必要があります。
もう一度夜の地球を眺めてみたい……
できれば手近に、他の人に邪魔されずに見ることができたら……
欲を言えば、自分で見たい地域を拡大したりできたら……
そうです。迫力や美しさは到底太刀打ちできませんが、「夜の地球」を視覚的にとらえることはGeo-Scopeでも可能です。
ここで、「夜の地球 Earth at Night」とGeo-Scopeの「夜の地球」の違いをお話しておきましょう。もちろん一つは漆芸品、もう一つはデジタル展示、という大きな違いはありますが、表現方法だけでない違いもあります。
まず、使用しているデータの年代が異なります。「夜の地球 Earth at Night」では製作当時である2017年頃の、「夜の地球」では2023年のデータが使われています。
また、「夜の地球 Earth at Night」では国境線が描かれておらず、「夜の地球」では国境線が描かれている点が挙げられます。
元々のデータは地球を太陽と反対側にある衛星から撮影し、そのデータを組み合わせたものなので国境線は含まれていません。Geo-Scopeではあえて国境線のデータと重ねてあります。
これはGeo-Scopeが学校での学習でも活用されることを前提としており、国境線と一緒に見ることで新たな発見があると考えたからです。
そして、Geo-Scopeでは自分の見たい地域を拡大することができます。
先ほど少し触れましたが、「夜の地球 Earth at night」のプロジェクトでは、地球儀だけでなく東京・北京・ロンドン・ニューヨークを拡大した夜景図も製作されました。これは地球儀ではあまりの視点の高さにそのスケールを測りかねる鑑賞者がいることを想定し、大都市の様子が判別できる高度まで視点を下げることを目的としています。
確かに、拡大された都市を見ると発達した交通網や河川の様子、開発された湾岸部なども観察することができます。
Geo-Scopeでは、この夜景図と比べると高度は高いですが、世界中好きな地域を拡大して見て回ることができます。
これは膨大なデータを保持できるデジタル展示の強みといってもいいでしょう。
自由に地図を拡大して見られるようにしよう、というのは、今回の改修の目標の一つでした。
これは「夜の地球」に限りません。今回の改修では、全体で眺めて欲しい一部のデータを除き、ほとんどのコンテンツで拡大ができるようになっています。
「夜の地球 Earth at night」では、製作する上で「グローバルなメッセージをローカルに徹した輪島塗によって発信する」ということに大きな意義を見出していました。
このグローバルとローカルを繋ぐという考え方は、実はGeo-Scopeの製作中も常にプロジェクトメンバーが考えていることでした。
世界で起きている問題は、決して自分と無関係ではありません。逆にいえば、ローカルに課題を解決していくことが、グローバルな解決につながることもあります。
私たちの身近な生活は、地球全体が抱える課題と地続きなのです。
さて、今回は二つの「夜の地球」をテーマに記事を書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。つい目の前のことばかりに集中してしまいがちな日常ですが、時には立ち止まって世界全体を眺めてみることも大切ですね。
Geo-Scopeはオンライン版もあるため、自宅のPCやタブレットからでも見ることができます。ぜひこの機会にのぞいてみてください。
おまけ
現在、未来館では「みゃくみゃくとつなぐ展~万博とひらく未来~」を開催中です。
「夜の地球」に関する展示はありませんが、万博に展示されていた最先端科学技術や、会場全体をひとつの世界観でつないだデザインシステムについて詳しく知ることができます。こちらもぜひお越しください!
「みゃくみゃくとつなぐ展~万博とひらく未来~」開催概要
会期
2026年2月18日(水)~4月13日(月)
休館日:毎週火曜日 ※3月31日(火)は春休み期間のため開館
会場 日本科学未来館1階 シンボルゾーン
開催時間
10:00~17:00
※初日2月18日(水)のみ13:00から開始
入館料 無料
※常設展やドームシアターへの入場は別途料金がかかります
「みゃくみゃくとつなぐ展~万博とひらく未来~」の詳細はこちら https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202602034396.html
協力
石川県輪島漆芸美術館学芸課長 細川貴久美氏
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 事業統括室 河野純也氏
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 事業統括室 向井秀之氏
参考資料
『石川県輪島漆芸美術館紀要』第16,17,18号