東北の海を復興せよ!~"海博士"たちと語る一日

東北の海を復興せよ!~"海博士"たちと語る一日・その3 「知ってる?海のパイナップル~海の恵みをいつまでも」

こんにちは!科学コミュニケーターの中島です。さて、"海博士"たちのトーク後半戦!前回出したヒントの"美味しい「アレ」"はわかりましたか?

3番目にご登壇されたのが、東北大学教授、東北大学マリンサイエンス復興支援室長である原素之先生です。「知ってる?海のパイナップル~海の恵みをいつまでも」というタイトルでお話していただきました。

※本ブログは2018年11月10日に開催された「東北の海を復興せよ!~"海博士"たちと語る一日」の実施報告で4回シリーズです。東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS)*の4人の"海博士"たちに話していただいたトーク内容をご紹介しています。

その1 東北の海のおいしいヒミツ~豊かな海の源と津波のはなし /detail/201901041.html
その2 あれからガレキはどうなった?~ガレキとともに生きる深海生物
/detail/20190107post-45.html
その3 知ってる?海のパイナップル~海の恵みをいつまでも(この記事)
その4 海の砂漠化?~ウニの良いトコ、悪いトコ
/detail/201901244.html

タイトルにある「海のパイナップル」とはいったい何のことでしょうか?当日のトークに参加している気分で、原先生のお話をお楽しみください!
なお、今回も筆者・中島の感想や当日の会場のようすを括弧書き→( )でお伝えしたいと思います!

読み終えた時にはお腹が空いているかも?それでは、トークイベントスタート!

トーク中の原素之先生

皆さん、この生き物を知っていますか?

(画像提供:東北大学 倉石恵氏・金子健司氏)

赤っぽくてゴツゴツ、なんだかパイナップルみたいな見た目ですね。こちらの生き物、ホヤの仲間の「マボヤ」と言って、別名「海のパイナップル」とも呼ばれています。ゴツゴツした皮の内側にある部分を食べることができ、あまり知られていませんが、東北の夏の代表的な味覚とも言われています。東北では酢の物や刺身、炊き込みご飯などで親しまれています。実は、和風料理だけではなくペペロンチーノやアヒージョなどの洋風料理にも合うことから、日本のみならずフランスやチリでも親しまれ、韓国にはキムチの材料として数千トンが日本から輸出されていました。そしてなんと、平安時代からマボヤが食べられていたという記録も残っています。マボヤには長い歴史があるんですね。
(私も今回のイベントをきっかけに、初めてマボヤを食べに行ったのですが、これが美味しいのなんの!今までに味わったことのない風味と食感!私のおすすめはマボヤの塩辛です。)

食用に適さない種類も含めて、ホヤは世界中に生息しています。特にマボヤは、北海道から九州の日本全国の海、韓国や中国の沿岸の岩場等に生息しています。そして、日本一のマボヤ生産県は宮城県。震災前は全国の約8割を占めていました。

ところで、マボヤは動物でしょうか、植物でしょうか。ゴツゴツした体の外皮は、植物の主成分であるセルロースでできています。上の写真を見てみると、根のようなものが見られますが、その根で岩にくっつき、そこで一生を終えます。さて、ここまでくるとどちらか想像がつくでしょうか。
(参加者の皆さんの予想は、植物よりも動物の方が少し多かったです。さて答えは!?)

実は・・・・・・・・・動物なんです。原索動物というものに分類されます。これは、ある成長の段階で、背骨の原形(脊索)を持っているグループを指します。植物の主成分であるセルロースを外側に持つということですが、なんとマボヤはセルロースをつくれる唯一の動物なんです。植物と動物の両方の性質をもつ不思議な生き物マボヤですが、一体どんな一生を過ごすのでしょうか。

子どもの頃の面影は!?

(画像提供:東北大学 原素之先生)

マボヤの産卵は水温が11℃以下になる冬に始まります。海の中で受精、ふ化した後、背骨のようなものと尻尾を持つオタマジャクシに似た形の幼生になります。
(海のパイナップルからは想像もつかない幼少期ですね!オタマジャクシのような姿だったとは・・・)

その後、半日から3日間ほどその姿で海を浮遊し、天然のマボヤであれば、頭から岩の割れ目などに入り込み、尾が切れて岩に付着、そして根を生やし大きく成長します。ちなみに、尾が切れてから放卵・放精できる状態になるまでの時期を仔ホヤと呼んでいます。
(不要になったものを切ってしまうという仕組みには、大変驚きました!参加者の皆さんも興味津々でした。)

養殖の場合は、幼生が入り込む先として、カキ殻を用意します。産卵が行われる前の12月に、幼生を付着させるためのカキ殻をロープにくくりつけ、海に投入するのです。このように、カキ殻に幼生を付着させることを「種(たね)採り」と言います。採ってきた幼生のことを「種(たね)」と呼んでいるんですね。この種採りでは、養殖したマボヤだけではなく天然のマボヤからも幼生を付着させます。種採りによって幼生がカキ殻にくっついた後、ある程度成長した段階でカキ殻の間隔を広げ、最終的に10~15cmほどの大きさになるまで3~4年間海の恵みで育て、それを収穫します。なんと、1枚のカキ殻から、数十個のマボヤが獲れるんです。

あの日を境に、そして科学で復興を

こうして、宮城県沿岸で盛んに養殖を行っていたわけですが、2011年に大きな転換期を迎えます。東日本大震災の津波の影響により、多くの養殖施設が被害を受けました。中でも、養殖マボヤの生産量日本一を誇る鮫浦湾では、863台あった養殖施設が完全に流されてしまったのです。

鮫浦湾のようす
*左下の画像は、衛星画像をデータ改変し、養殖施設(海上の赤線)を可視化したものである。
(画像提供:(上)東北大学 原素之先生撮影 (下)画像解析者 東北大学 村田祐樹氏)

養殖施設は壊滅的な被害を受けましたが、幸いにも、岩場には天然のマボヤがまばらに残っていました。この天然のものから、次世代の養殖マボヤのもととなる種採りを始めましたが、震災後の2年間、採れた種の数は津波前の10分の1ほど。全然足りません。このままでは、復興に長い年月を要してしまいます。そこで、効率的な天然マボヤの種採りに向け、対策を講じることにしました。

種を多く採るには、種が集まる場所を調べる必要があります。マボヤの幼生が岩に着底するまでに水の流れの影響を受けることから、まずは鮫浦湾内の海流を調査しました。

調査の結果、鮫浦湾での海面表層では、湾の入り口から奥の方へと海水が流れ込み、その後、海底を通って湾外へと流れ出るということが初めて明らかになりました。そしてこのデータをもとに、湾内で幼生が移動するシミュレーションを行い、幼生を捕まえる可能性が高い場所を予測しました。

(画像提供:東北大学 原素之先生)

幼生が多く集まると予測した場所に、試験として養殖用のカキ殻を吊るしたところ、養殖に十分な量の種を採ることに成功しました。加えて、これまで漁師さんの経験に基づいて行われてきた種を採る場所ですが、場所によって適する場所とそうでない場所も、初めて科学的な知見として得ることができました。これは、科学的なデータが養殖業に実際に利用できた成果とも言えます。

養殖復興中の嬉しい誤算

復興に向けて、科学的なデータを用いた養殖をスタートしたわけですが、震災前の状態まで戻すのに7~8年はかかると考えられていました。なぜなら、効率的な種採りを行ったとしても、生き残っていた親ホヤの数が少ない影響で、そもそも採れる種の数が少なく、採れた種が3~4年後に親となり、放卵・放精をしたとしても、やはり震災前の種の数には及ばないからです。ですから、毎年種採りを行い、それらを仔ホヤから親ホヤへと成長、そして放卵・放精をさせるというサイクルを何回も回していくことで、親ホヤの数が徐々に増え、ようやく2018年頃に元の状態に戻るのではないかと予想していたのです。

しかし、養殖復興に取り組んでから3年後の2014年。予想しなかったことが起きました。なんと、想定以上の幼生が海にいることがわかったのです。そして2015年には、震災前の状態まで幼生の数が回復しました。なぜ、このような状態になったのでしょうか。

(画像提供:東北大学 原素之先生)

調べてみると、天然マボヤが関係していました。2011年、震災直後の岩についていた親ホヤの数はまばらだったものの、3年後に再び調べてみると、親になったマボヤが数倍から数十倍の数へと増えていたのです。

幼生の数の予測は、震災直後の岩場に残っていた親ホヤの数を参考に算出しました。しかし実際は、岩の割れ目などに入り込んでいた仔ホヤが流されずにたくさん残っていました。さらに、その天然の仔ホヤが多く生き残ることができ、親ホヤになるまで成長できていたのです。仔ホヤが多く生き残れたのは、成長途中の天敵であるカニやウニ、ヒトデなどが津波によって流されたことが関わっているのではないかと考えられています。残念ながらデータはないので、あくまで予想ですが。
つまり今回の嬉しい誤算は、2010年から2011年にかけての冬に産まれた仔ホヤが、想定以上に多く生き残り、親へと成長したこと。そして大量の幼生を産んでいたことです。マボヤ養殖を予想以上に早く回復させたのは、天然の海の力だったんですね。
(震災後もたくましく生き残ったマボヤの子どもたち。自然で生き抜く力強さを感じますね。)

海の恵みをいつまでも

研究者、漁業関係者、そして豊かな海のおかげで、養殖業が震災前のように元通りになってきました。しかし、マボヤの養殖にはまだまだ問題が残っています。

1つ目は、過密養殖と安易な外国産の種(たね)の導入です。
以前、養殖のためのマボヤの種が不足し、それを海外から輸入していたこともありました。しかし輸入した種により、2007年頃から病気が発生。そして2010年には宮城県のほとんどの湾で病気が蔓延、大量死の兆候が出始めました。しかし不幸中の幸いと言いますか、東日本大震災により、病気のマボヤを含めほとんどが流されたため、養殖密度が低下し、その後、顕著な病気の発生は認められていません。とはいえ、最近の生産の回復により養殖密度が高まりつつあります。過密養殖はマボヤたちにもストレスがかかり、病気が拡がりやすい環境であるともいえます。震災前の教訓から、海外からの病気を持った種の持ち込みの監視や病気感染の拡大を防ぐ方法等の対策をすることも今後は必要です。

そして2つ目は、生産の回復が消費の拡大に繋がっていないことです。
震災前、養殖生産物の7割以上を韓国へ輸出していました。震災直後の原発事故における放射性物質の風評の影響で韓国が輸入を禁止している現状では、生産回復後は過剰生産となり廃棄している状況です。

これからも、安定したマボヤ養殖を続けるためにも、まずは国内での消費拡大が望まれます。食べることも漁業復興につながるので、ぜひ皆さんも、まずはマボヤを知ってもらい、食べていただきたいと思います。


原先生には熱いメッセージで、トークを締めくくっていただきました。いかがでしたでしょうか。
漁業に関わる人々、研究者だけではなく、私たちにもできる漁業復興があるということに驚きました。まずは「食べてみる」ことから関わっていきたいですね!

次回のブログが、"海博士"たちのトークのラストです。最後の美味しい「アレ」とは?ぜひお楽しみに!

*東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS*)
東北大学、東京大学大気海洋研究所、海洋研究開発機構が中心となって実施している事業。震災直後の2011年度からスタートし2020年度まで続く10年間のプロジェクト。


【謝辞】
本記事を執筆するにあたり、東北大学の原素之先生には大変お世話になりました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

【関連サイト】
東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS*)ホームページ
https://www.i-teams.jp/j/index.html

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