傷ついた君を治してあげる ―2015年ノーベル化学賞発表!DNA修復のメカニズムの解明―

2015年のノーベル化学賞は、フランシス・クリック研究所のトーマス・リンダール博士、デューク大学のポール・モドリッチ博士、ノース・キャロライナ大学のアシス・サンジャール博士が受賞しました。受賞テーマは「DNA修復のメカニズムの解明」です。

トーマス・リンダール博士
ポール・モドリッチ博士
アシス・サンジャール博士
(全てノーベル財団 Ill. N. Elmehed. © Nobel Media AB 2015)

私たちの設計図であるDNAが、死ぬまでずっとほぼ同じ内容で、コピーされ続け、新しい細胞を作り続けられることは不思議だと思いませんか。

コピーするときの化学反応にはエラーはつきもの。例えばもし、30億文字を間違いなく書き写してください、と言われてもなかなか難しいですよね。

けれど、設計図はちゃんとコピーされ続ける......なぜ?

その秘密は、細胞が持っている修復機能、"DNA修復"の仕組みが握っていました。

★メニュー
・DNA修復って?
・3人が解明した3つの修復方法
・もしこの修復機能がなかったら?

細胞の修復機能 "DNA修復"ってなに?

DNAは私たちの生物の設計図。細胞1つ1つにすべてその設計図を持っていて、細胞が増えるときには、その設計図もコピーされる、ということを繰り返しています。その設計図がコピーされるとき、もしくはコピーする前に何らかの影響でもし傷ついていたら、違う設計図を持った細胞が生まれてしまいます。

でも現実には、同じ設計図を持った細胞が日々新しく作られている。

実は細胞は設計図についた傷を治す「修復機能」を持っているのです。それが「DNA修復」と呼ばれる機構です。

リンダール、モドリッチ、サンジャール3博士が解明した修復方法とは?

DNA分子は4つの塩基、チミン(T)、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)という部品から出来ています。この4つの塩基は、チミンとアデニン、グアニンとシトシンでペアを作っておりそのペアが二重らせんのはしごを作っているのがDNAの構造です。

DNA構造の概要

細胞が増えるとき、DNAもコピーされることは先ほど説明しました。DNAのハシゴをほどき、それぞれ一本になった鎖にペアとなる塩基がくっついていくことで、コピーされます。もしその元になるDNAが傷ついていたとき、DNA修復機能が働きます。

リンダール博士が解明した修復方法は、「塩基除去修復(Base excision repair)」という方法です。この方法は塩基のペアに何らかの理由で異常が発生したとき、まずは間違っている塩基をグリコシラーゼという酵素を使って切り取ります。その後、塩基にくっついている糖とリン酸部分も切り取ります。そして、正しい塩基+糖+リン酸の組合せ(ヌクレオチド)を持ってきて異常があった箇所にはめ込む、という方法です。

塩基除去修復の概要(ノーベル財団HPより改変)

サンジャール博士が解明した修復方法は、「ヌクレオチド除去修復(Nucleotide excision repair)」という方法です。DNAは細胞の中に入り込んできた紫外線を浴びて傷つくことがあります。この紫外線による傷を修復する方法として、ヌクレオチド除去修復という方法が見つかりました。この修復方法は、紫外線によって傷ついた場所を含むはしごの片側の一部を切り取り、DNAをコピーするときに使われるDNAポリメラーゼという酵素によって、切り取って一本になっているハシゴの部分を新たに修復する方法です。

ヌクレオチド除去修復の概要(ノーベル財団HPより改変)

そしてモドリッチ博士が解明した修復方法は、「ミスマッチ修復(Mismatch repair)」という方法です。細胞が増えるときDNAをコピーしますが、その際、一部誤ってコピーしてしまうときがあります。細胞の中にあるMutSとMutLという酵素が、その誤りを見つけ出します。見つけ出したら、MutHという酵素が2つのDNAの原本がどちらなのか、を判断します。原本がわかったところで、間違っているコピーDNAを一部切り取り、DNAポリメラーゼで正しいコピーを作り出します。

ミスマッチ修復の概要(ノーベル財団HPより改変)

このミスマッチ修復は、人間の細胞では違う方法が採られていると考えられています。まだ人間の細胞におけるミスマッチ修復のメカニズムは解明中だとされています。

もしこの修復機能がなかったら?

毎日数千という頻度で、DNAは傷ついています。細胞は増えようとするときに、DNAに傷を見つけると、一度、増えることをやめます。そしてその傷が治せるようなものだと判断したら、先ほどご紹介した修復方法などを使って、DNAを修復しようとします。もしその傷を修復できなかったら。細胞が元の姿で増えることができなくなります。あるものは死に、またあるものはがんなどの疾患の原因となる細胞になってしまいます。たとえば紫外線による傷を除去する「ヌクレオチド除去修復」機能が働かない場合、色素性乾皮症といった紫外線に極端に弱い疾患になると言われています。

この「修復機能」が解明されることで、DNAの傷を治し細胞を健全に維持する方法だけでなく、逆に、DNAに傷をつけ続けむしろ細胞を弱らせていく方法も試みられています。つまり、私たち生物の細胞が持つ修復機能を解明することは、細胞の機能に対する知識を深めるだけでなく、生命維持機能の開発にもつながっているのです。

未来の君が元気でいられるように、その傷を治してあげる──。それが、今年のノーベル化学賞の受賞テーマだったのです。

「化学」の記事一覧