【きぼう・こうのとり10周年】見えないものを見る 奥深きPADLESの世界

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みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの中島です。

国際宇宙ステーション(ISS: International Space Station)の「きぼう」実験棟とISSに物資を運ぶ「こうのとり」がともに10周年ということで、科学コミュニケーターの小熊と片平が、それらにまつわるお話を紹介しました。

こうのとり(小熊):https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201908291010.html

「きぼう」での実験の1つ静電浮遊炉(片平):https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/2019091210-1.html


このブログでは中島オススメ!PADLES(パドレス)についてご紹介します!・・・え、PADLES?聞いたことない・・・そんな声が聞こえてきそうですが、実は宇宙活動や宇宙実験に欠かせない重要な役割を担っています。そこで今回、PADLESの開発と運用に携わる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の永松愛子さん、桝田大輔さんにお話をうかがってきました!

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左:永松 愛子氏  右:桝田 大輔氏



◆PADLESって?
PADLES(受動積算型宇宙放射線線量計:Passive Dosimeter for Lifescience Experiments in Spaceの略)は、目に見えない宇宙放射線(以下、放射線)の量を測るための線量計のこと。線量計といっても、大きさは25mm×25mmの切手サイズ。コンパクトで電力を必要としないため、ISSの「きぼう」実験棟には完成時から船内に設置、そして日本人宇宙飛行士も常に身につけて宇宙で活動を行います。さらに、メダカの水槽などさまざまな生物試料の近くにも取り付けられ、打ち上げから帰還までそっと静かに寄り添い計測を行うのです。健気!
ところで、PADLESはどのようにして計測しているのでしょうか。

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黄色く囲ったものがPADLES本体(金井宇宙飛行士が実際に携帯した番号1のPADLESは、左上の線量計ケース内に封入。番号2と3はバックアップ用と同時期の地上測定用。撮影:科学コミュニケーター中島)


PADLESは、白く細長い熱蛍光線量計を、上下2枚ずつ計4枚の透明の固体飛跡検出器でサンドし、アルミフィルムで包んだものです(下図)。
なぜPADLESは、2種類の検出器を搭載しているのでしょうか。

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PADLESの内部(©JAXA)


放射線は、物質中を通過する際に、その通った跡(飛跡)に沿ってエネルギーを失います。そして、ある長さあたりに失うエネルギーを"線エネルギー付与(LET: Linear Energy Transfer)"と言います。LETの値が大きければ大きいほど、たくさんのエネルギーを失った、ということです。LETは、放射線の種類、そして同じ種類であってもエネルギーレベルの違いによって値は変わります。検出器によって、測れるLET領域が異なるため、より詳しく、より正確に宇宙放射線の被ばく線量を測定するには、複数種類の検出器が必要なのです。


▶熱蛍光線量計
熱蛍光線量計は、低いLET領域の宇宙放射線(おもに陽子)を測ります。ケイ酸マグネシウムの粉とアルゴンガスを封入したガラス容器からなり、放射線を浴びるとそのエネルギーを吸収。あとから装置を用いて加熱すると、吸収した分だけ発光するという特徴があります。その発光量を地上で読み取ることで、宇宙滞在中に宇宙放射線をどれくらい受けたのかを知ることができるのです。


▶︎固体飛跡検出器
固体飛跡検出器は、熱蛍光線量計では測れない、中または高LET領域の宇宙放射線を測定します。CR-39と呼ばれるプラスチックでできており、なんと、メガネのレンズにも使われている素材なんだそう。ひょっとすると、あなたのメガネのレンズにも...?!そんなCR-39に放射線が通過すると、その飛跡に沿ってプラスチックの構造が壊れます。といっても、その飛跡はたった原子1個分の大きさ。そのままでは、光学顕微鏡でも見ることができません。


そこで、"エッチング処理"ということをします。プラスチックを溶かす作用のある水酸化ナトリウム溶液に浸けるのです。放射線の通過により壊れた部分から早く溶けるので、穴が円錐形に大きく広がり、ようやく光学顕微鏡で見えるようになるのです。中LET領域の宇宙放射線を見る時には溶液に浸す時間を長く、反対にLETの高い領域を見るには、漬け込む時間を短く調整するそうです。

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エッチング処理の前後を横から見たイメージ図


エッチング処理をしたCR-39を、光学顕微鏡を使って上から見た写真がこちら!

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光学顕微鏡画像(©JAXA)


丸や楕円の形をした穴が、それぞれ放射線が通過した跡です。エネルギーを落として途中で止まったものは穴の中心付近が白く、通過したものは黒く映るのだそうです。この観測結果を解析するために、あらかじめ加速器を使い、水素(陽子1つ)から鉄までの原子核を0〜90度の角度からCR-39に当てて飛跡を測定し、校正用のデータベースを構築しておきます。その加速器の結果と宇宙で得られた観測結果を比較することで、通過した個々の粒子の種類や方向、エネルギー量などを割り出すことができるのです。


ただこの作業、1枚のCR-39に対して最低1000個の飛跡をカウントする必要があるそうです。なんと、ソフトウェアによる自動検出以前は、下の写真にあるカウンターを使ってカチカチ手動で個数を数える方法をとっていました。たった1枚のCR-39の解析に、半年間かかることも。熟練者になると、顕微鏡画面に映る飛跡の総数を瞬時に数えられたり、何の粒子による飛跡かまですぐに推定できたりするのだとか!永松さんは、「宇宙飛行士が宇宙で見ることができないものを、地上で見えるというのはとても贅沢なこと。まさに宇宙の記録ですね。宇宙放射線の飛跡は同じものはなく、見ているだけで癒されるんです」と、CR-39の隠れた魅力を朗らかな笑顔で語ってくださいました。


最終的に、熱蛍光線量計と固体飛跡検出器(CR-39)のデータを組み合わせることで宇宙放射線による被ばく線量を算出します。この2つの手法をもって、見えない宇宙放射線をデータとして"見える化"するわけです。

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研究者とともに幾多の数と時を刻んだカウンター
(撮影:科学コミュニケーター中島)


ちなみに、地上でも放射線を取り扱う放射線従事者は、このようなフィルムバッジと呼ばれる線量計を携帯することが義務付けられています。線量計と一言にいってもいくつか種類がありますが、PADLESと同じ仕組みを使っているものもあります。


◆放射線計測の役割とこれから
PADLESが測定する宇宙の放射線は、いったいどこからやってくるのでしょうか。
実は、太陽からくるもの、太陽系外の銀河からくるものなど、さまざまです。そして、宇宙実験や宇宙活動を行う場の中心は、地上400キロメートル上空のISS。大気圏の外に位置するISSには、大気のおかげで地上に届かない種類の放射線もあり、地上と比べて数百倍の放射線が飛び交う世界です。そんな環境だからこそ、その場所の環境モニタリング(Area PADLES)、生物への影響(Bio PADLES)、そして宇宙飛行士の放射線被ばく管理(Crew PADLES)としてPADLESがいろいろな用途で活躍するのだとお二人は言います。


Area PADLESは冒頭で少し触れましたが、「きぼう」船内にも9カ所(以前は17カ所)に設置、半年ごとに新しいものと交換し、船内での計測を続けています。2008年からの計測により、ようやく太陽活動の1周期分のデータ(太陽は約11年の周期で活動)を取得できたので、現在は太陽の活動と宇宙放射線による被ばく線量の比較解析を進めているところです。一方、アメリカ航空宇宙局(NASA)はISSの組み立て当時から計測しているため、約20年分のデータを持っているそう。さらに歴史を遡ると、約50年前のNASAのアポロ計画では、宇宙飛行士が熱蛍光線量計を身につけて月へと向かったといいます。当時は、宇宙放射線についての知見はほとんどありませんでした。しかし、人類が宇宙で継続して活動するにあたり、宇宙放射線に関する研究や技術開発が目覚ましく発展したと永松さんは語ります。

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壁には仕事を終えて宇宙から帰還したPADLESがずらり
(撮影:科学コミュニケーター中島)


計測は、ISSの船内だけではなく、船外でも行われました。それには、アルミでできた半球状のケースが使われました(下図)。直径32mmの底面の厚みは統一し、球面の厚さを0.3〜40mmの間で変えたものの中にPADLESを設置。「きぼう」船外にあるロボットアームの先端に固定し2週間測定を行いました。ISSの船壁の遮へい効果についての実測評価を行った数少ない実験で、ロボットアームを使用した計測は初めての試みだったそうです。
太陽活動が激しくなると太陽から降り注ぐ放射線が増えるので、身を守るために宇宙飛行士たちは船壁の厚い場所へと避難することになっています。船壁の遮へい効果を評価することは、宇宙飛行士たちのリスク管理にとって、とても重要なのです。

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船外実験に使用した半球状のアルミケースとPADLES
(永松氏の国際学会公開資料を参考に作成)


また、コンピューター上に「きぼう」のモデルを作り、被ばく線量のシミュレーション結果と実測値を比較する研究も行われています。こうすることで、モデルの精度を評価するのです。今後に計画されている月や火星への有人探査では、こうしたシミュレーションによる宇宙船の遮へい設計が不可欠になるでしょう。モデルを使って、実際の宇宙飛行士が滞在する環境をより高い精度でシミュレーションできれば、宇宙飛行士たちのリスク管理を含め、地上でさまざまなことを想定して設計することができるようになるわけです。現在、月や火星を目指す無人探査計画が日本でも進められています。その中の一つ、2020年代前半に打上げ予定の火星衛星探査計画(MMX:Martian Moons eXploration)では、JAXAが開発する放射線計測装置を搭載して、火星近傍の宇宙放射線を測るということも考えられているそうです。実測値が得られれば、シミュレーション値と比較することができ、より精度の高いモデルを形成できる。これから先の宇宙探査において、いかに実際に宇宙環境を測定して評価したシミュレーションを使って、目標とする宇宙環境を高い精度で模擬できるか、ということも重要になってくるんですね。



さて今回、知られざる奥深きPADLESの世界と、宇宙における放射線計測の重要性についてご紹介してきました。最後に、お二人に新しい挑戦としてどんなことをしてみたいかをおうかがいしました。


永松さん「広報部に所属していた際、宇宙機関に寄せられた質問に答えるという機会がありました。アメリカの小学生からわざわざJAXAにいただいた質問で、霧箱を宇宙に持って行ったらどうなるの?というものでした。とても単純な質問ですが、放射線計測の最も基礎である霧箱実験を、実は宇宙でやっていないということに気づいたんです。質問には、宇宙放射線の飛跡が霧箱で見えると思うよ、と回答したのですが、実際にその子に見せて証明してあげたいです。月でも火星でも良いから、教育実験としてやってみて、そしてわたしも見てみたいです」
霧箱は、アルコールを使って放射線の飛跡を見ることのできる装置ですが、ISS内はアルコールの扱いが厳しいため、そのまま持っていくのは難しい。実現には工夫がいるのですが、チャレンジのしがいのある装置というお話でした。


桝田さん「火星軌道まで行けたとしたら、太陽から離れるため、太陽からの放射線は減る一方、銀河からの放射線は増える。そのバランスがよくわかっていないので、その辺りを詳しく知りたいです。そして、太陽から離れるといっても、その影響はゼロではない。世界のいろんな国々が太陽の観測はしているが、基本は地球側の観測。火星に行くとなると、地球からは見えない反対側ではどんなことが起こっているのかを観測する必要があるし、何かあった時の放射線防護についても考える必要がありますね」
と語ってくださいました。


◆おわりに
研究室の壁にはこんなものも。

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安全祈願の額
(撮影:科学コミュニケーター中島)


もともとPADLESは船内モニタリングと生物実験のために開発・使用されていましたが、後に、日本人宇宙飛行士の線量計としても使われるようになりました。初めて宇宙飛行士が携帯することが決まった際に、PADLESを身に着けた宇宙飛行士全員が安全に帰ってこられるように、と当時の研究チームメンバーが京都の嵯峨釈迦堂清凉寺に祈願し、いただいたのが写真の額なのだそうです。PADLESを含めたJAXAの宇宙放射線の研究には、多くの研究者や国内外の研究機関・宇宙機関が携わってきたと言います。研究に込めた熱い想いを、この額を見て改めて感じました。


ISS、そして「きぼう」ではさまざまな実験が行われています。今後もいろいろな研究についてこのブログでご紹介していきたいと思います!ご期待ください!!


【謝辞】
本記事を執筆するにあたり、取材にご協力くださったPADLESの開発者であるJAXA研究開発部門 永松愛子様、搭載運用を担当するJAXA有人宇宙技術部門 桝田大輔様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

【関連リンク】
・PADLESについて詳しく知りたい方はこちらのページからご覧いただけます。実験結果にもアクセスできます!
ISS宇宙放射線環境計測データベース(http://iss.jaxa.jp/spacerad/index.html

・「きぼう」船外のロボットアームで行った実験についてはこちら!
船外での宇宙放射線環境モニタリング実験(http://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/20150603_free-space_padles.html