宇宙と地上の暮らしをより良くする生活用品! Vol.3

初めて挑んだ、宇宙飛行士に向けたものづくり ―3D Space Shampoo Sheet(スリーディー スペース シャンプー シート)―

みなさん、こんにちは。科学コミュニケーターの中島です。あたたかい日が増え、ちょっと体を動かすと汗ばむようにもなってきましたね。

さて、昨年秋に国際宇宙ステーション(ISS)に初搭載された宇宙生活用品を紹介するシリーズブログ。第三弾は、花王株式会社の「3D Space Shampoo Sheet(スリーディー スペース シャンプー シート)」です!

お風呂やシャワーのないISS船内では、水で洗い流さなくてもよいシャンプー液を髪につけ、乾いたタオルでふき取るという方法で洗髪をしています。今回ご紹介する製品は、シャンプー液ではなく、シャンプーシートなんだそう! どういったものなのか、開発者の花王ヘアケア研究所の吉田寛さんと幸克行さんにお話をうかがいました!

ISSに初搭載された宇宙生活用品について

宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、宇宙飛行士が宇宙で快適に暮らすための生活用品アイデアを2020年に募集。その結果、多くの企業からアイデアが寄せられ、そのうち9つが選定、製品化や宇宙仕様への開発を経て、2022年秋にISSへと届けられました。それらの製品は、約5か月にわたる若田光一飛行士の宇宙生活を支えました。なお、このアイデア募集では、宇宙の暮らしをより良くすることに加え、今後そのアイデアを地上の課題解決にも役立てることもねらいとしています。

洗髪シート「3D Space Shampoo Sheet」(©花王)
吉田寛さん(左)と幸克行さん(右)(©花王)

宇宙でも使える“シャンプー” 設定した3つの観点

―早速ですが、開発された製品を見せてください!

吉田さん:手に装着して使う不織布のシートで、頭皮や髪の汚れを落とす洗浄液、つまりシャンプーが含まれています。デコボコとした立体形状が特長です。

使用イメージ(©花王)

―なんとも不思議な見た目ですね~! どういった経緯でこの形にいきついたのか気になります。

吉田さん:はじめての宇宙用製品の開発ということで、どういったことを達成すべきなのかをまずメンバーで話し合い、3つの性能を満たすものをつくることにしました。

1つ目が、洗浄性です。ISS内は地上と異なり、砂ぼこりのような外から付着する汚れはあまりありません。ただ、汗や皮脂は出続けるので、それらに対する洗浄性は確保する必要があります。2つ目が、簡便性です。宇宙での洗髪動画を見た時、無重力で水をハンドリングするのは相当大変だということがわかりました。なので、できるだけ簡便な洗髪方法であることも重視しました。最後に、快適性です。頭を洗うと気持ちが良いですよね。水を使わない洗髪で、そんな気持ちよさにどこまで近づけられるかも追求することにしました。

それら3つを達成するものとして、立体形状のある不織布のシートに洗浄液を含ませる、というものにたどり着きました。

 

―洗浄液は、地上と同じものですか?

吉田さん:一般的な洗浄液には製品の性質上、微量のエタノールが含まれているので、アルコールの使用制限があるISSでは使うことができません。そこで、品質を担保しながらも、水で洗い流す必要のないアルコールフリーの洗浄液を新たに開発しました。皮脂が液の方に移りやすいようになっています。

 

―水で洗い流さないということですが、頭皮に洗浄液が残りそうですが…。

吉田さん:通常のシャンプーだと、水で洗い流すことを想定して成分を選んでいますが、この製品は水で洗い流すことを前提としていないので、頭皮に残っても影響がないという視点で成分を選び直しました。べたつきも感じにくくなるように仕上げています。

デコボコ形状のヒントは、約15年前に発売していたペット用製品

―簡便性と快適性については、この凹凸の立体形状がポイントでしょうか?

幸さん:はい、そうです。スリットに手を通し、デコボコ部分で頭皮をこすることで簡単に洗髪することができます。

 

―簡単な洗髪を実現するために、この突起にはいろんな工夫がつまっていそうですね。

幸さん:手にはめた時にシートが湾曲するのですが、場所によって突起の高さが変わります。汚れを取りつつも、地肌に当たった時に気持ちよさを感じられるよう、サンプル品をいくつも制作し、突起の高さや数の検討を重ねました。

吉田さん:突起のサイズを大きくすれば、より多くの液を含むことができるのですが、ISSで使用するためには重量や容積の制限がありました。使いやすく洗浄力のあるシートとして、そういった制限をふまえながらデコボコの形状やシートのサイズ、繊維の素材なども工夫しました。

 

―そもそも、どういった経緯で立体形状にしようとなったのでしょうか?

吉田さん:じつは、デコボコとした不織布のペット用ブラシを、約15年前に発売していた時期があったんです。犬の毛をグルーミングするもので、洗浄液を含んでいない乾いたシートでした。現在は販売していませんが、その製品開発に携わっていた研究員が、たまたま今回の開発チームにいて。当時発想したいろんなアイデアが、この製品につながりました。

 

―え?!ペット用製品が、人間が使う宇宙用製品につながったとは驚きです! 開発途中、若田さんを含めた宇宙飛行士の方にサンプル品を使ってもらう機会があったと聞いているのですが、どんな意見があったのでしょうか?

吉田さん:3つの性能について評価してもらい、いずれも肯定的な意見をいただくことができました。

たとえば洗浄性について、「頭皮の汚れが取れた感じがする」という感想をいただきました。頭皮の汚れってなかなか自分では見えないですよね。拭いた後のシートを見てみると、突起の先端に汚れがついているのが見えるんです。汚れを可視化することで、汚れ落ちを実感することができます。

皮脂の汚れが付着すると凸の先端が黄色っぽい色になるのだとか

―汚れ落ちを実感できるのは良いですね! その汚れを見るのに、ちょっと勇気がいりそうですが()

吉田さん:「頭皮へのマッサージ効果があった」という感想もいただきました。開発段階で、快適さをどう取り入れるかについて、頭皮マッサージができたらいいんじゃないかという案が出て。頭をマッサージされると気持ちいいじゃないですか。水で洗う時の気持ち良さにはかないませんが、頭皮を洗うだけでなくマッサージ要素も加えました。試してもらった感想から、快適性もある程度担保できているということがわかってホッとしました。

これまでに経験のなかった“宇宙飛行士”に向けた製品づくり

―今回の挑戦を振り返ってどうでしたか?

吉田さん:普段の開発と比べると、今回はイレギュラーの連続でした。普段私たちは、できる限り多くの人たちが使いやすい製品開発をしています。しかし今回は、製品のターゲットは宇宙飛行士。一人の人を理解しながら製品をつくるという、これまでとはまったく異なるアプローチでの製品開発が勉強になりました。

 

―どんなところに難しさがありましたか?

吉田さん:その人の行動を観察すれば、その人に合わせた製品をつくれると思いますが、残念ながら若田さんの洗髪動画は見ることができたものの、それ以上の情報がありませんでした。サンプル品を若田さんに試してもらった際に、こう感じるんだとそこで気づくことも多くあって。限られた時間と情報の中で、若田さんに気に入ってもらえる製品をつくるというところに難しさがありましたね。

 

―若田さんからのフィードバックで意外だと感じたことはありますか?

吉田さん:手で洗うより快適だったというコメントですね。また、地上で慣れ親しんだものを宇宙でも使うことが、半年間閉ざされた環境で頑張る人にとって精神的な支援要素になるそうで、こういうところも大事なんだと気づかされました。

洗いやすさや気持ちよさの観点からか、3D Space Shampoo Sheetと海外のシャンプー液を両刀使いする若田飛行士。気持ちよさそう~!(©JAXA/NASA)

―今後はどのような展開を考えていますか?

吉田さん:普段私たちはたくさんの水を使って洗髪をしています。髪の長い方は、1回あたり約20リットルの水を使っているといわれています。

しかし、水不足の地域や災害時は、思うように水を使用することができません。また、入院時や外出時など、洗髪したくてもできない環境もあります。私たちは、本プロジェクトに参画したことで、いつでも、誰でも、いかなる状況下においても、頭髪が清潔でいられるような世界が実現できればと期待しています。

若田飛行士が撮影した、ISSのきぼう実験棟内に浮かぶ3D Space Shampoo Sheet(©JAXA/NASA)

3D Space Shampoo Sheetを使ってみた!

3D Space Shampoo Sheetをお試しさせてもらえることに!

 

―パッケージを開封して思わず匂いを嗅いじゃいました()。爽やかな香りですね~リンゴのような…。

吉田さん:まさにそうです。みずみずしさとして香料にアップルを使っています。加えて、さわやかさとしてアクアティックを、そして洗剤にも使われていて、清潔感を得るものとしてミュゲも配合されています。

 

―不織布と聞いてボディーシートのような柔らかいものをイメージしていましたが、想像以上にしっかりしていますね。デコボコが絶妙で、地肌をこするとめちゃめちゃ気持ちが良い~! ガシガシこすっても、全然痛くない!

幸さん:シートが硬すぎたり、凸凹が高すぎたりすると痛さにつながるので、形状は計算しつくしました。4~5回は使えそうなほどシートは頑丈です。髪の長い方は、櫛のように使っても良いですし、下からかきあげるように使うと地肌にあたりやすいと思います。

あまりの気持ちよさに、手が止まらない筆者

―手への装着も、フィット感がありますね。スポッと抜ける感じもしない!

吉田さん:無重力下で、手から抜けてしまうとどこにいってしまうかわからないので、手にひっかけられるような構造にしました。若田さんに合わせてサイズを調整しています。

手に装着すると安定感があるシート

―使用後には爽快感もありますね! 地肌がスッキリした気分です。正直、シートで本当に頭皮がスッキリするのか疑っていました、すみません……。そして、開封した時よりも、わしゃわしゃと髪を洗っている時の方が香りを強く感じる気がします。

吉田さん:通常の製品であれば、爽快感を感じるものとしてメントールを配合することがあるのですが、アルコールの一種なので宇宙では使えません。ですので、液が蒸発するときの気化熱から爽快感を感じられるように、別の成分で爽快感を補えるようにしました。どれぐらいの液が地肌につくと気持ちいいと感じるか、というところも計算しました。

香りについては、すぐに揮発して香りを感じる部分と、あとから感じる部分と、そのあたりも計算してつくっています。


編集後記

取材時、あまりの気持ちよさに、「販売されたら、防災リュックの中にいれておきたい!」と思っていたのですが、なんと、地上用に数量限定で販売されることになったのだそう! 水のいらない洗髪シート、みなさんならどんな場面で使ってみたいでしょうか?

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