声に出したくなる⁉音象徴の世界

「クスっと笑えてタメになる研究」を行う専門家に話を聞く雑誌「ケトル」の連載「NEXTイグノーベル賞を探せ!!」が、日本科学未来館の科学コミュニケーターの協力で2019年10月から始まっています。
今回のブログでは、ケトル VOL.50
(http://www.ohtabooks.com/publish/2019/10/15171619.html )の第一回連載で取り上げた慶応義塾大学の川原繁人先生の研究テーマの一つ、ある種の音が特定のイメージを呼び起こす「音象徴」という現象についてご紹介します。

みなさんこんにちは、日本科学未来館の科学コミュニケ―ターの宮田です。他の科学コミュニケーターのブログ記事には何度か登場したことがありますが、実は自分でのブログ投稿は初めてです。

早速ですが質問です。下の2つの図形にmaluma(マルマ)とtakete(タケテ)という名前を付けてくださいと言われたら、みなさんはどちらをmaluma(マルマ)、どちらをtakete(タケテ)と名付けますか?

どうでしょうか。左の角ばっている図形にtakete(タケテ)という名前をつけませんでしたか?頭の中で「この角ばっている方、なんだかタケテっぽいなぁ」とか思いませんでしたか?これはヴォルフガング・ケーラーさんという心理学者が行った実験です。この実験で、多くの人が左の角ばった図形をタケテと名付け、右の丸っこい図形にマルマという名前を付けました。
タケテとマルマならば、タケテの方が角ばったイメージがあります。このように音によってイメージするものに影響がでる現象のことを音声学では「音象徴(おんしょうちょう)」と言います。
今回はこの音象徴について、どんな音がどんなイメージを与えるかご紹介したいと思います。きっと読みながらいろんな名前を声に出してみたくなるはず!

角ばった「阻害音」と丸っこい「共鳴音」

実は私たちがふだん発している音は、下図のように阻害音と共鳴音の2種類にわけることができます。

気づいた方もいるかもしれませんが、阻害音は濁音にすることができる音とその濁音・半濁音、共鳴音は濁音にできない音となっています。もう少し詳しく違いを定義すると、阻害音は口の中の気圧が上がる音、共鳴音は口の中の気圧があまり上がらない音です。実際にゆっくり大きめに発声してみると、阻害音では口の中に空気がたまってから出ていくことが実感できると思います。音象徴では、阻害音は「角ばった」や「近寄りがたい」イメージになり、共鳴音は「丸っこい」や「親しみやすい」イメージにつながると考えられています。

さっきのマルマとタケテの例で考えると、マルマはすべて共鳴音、タケテはすべて阻害音でできていますね。この阻害音、共鳴音がもつイメージは先ほどのような図形だけでなく、人の名前が与える印象にも影響すると言われています。(すべてのイメージが音象徴で決まるわけではありません。)

濁音が持つイメージ

阻害音と共鳴音の違いだけが音が作り出すイメージではありません。次は濁音が与えるイメージについてみていきましょう。
また質問です!下の石が転がっている図を見たときに一方には「コロコロ」、もう一方には「ゴロゴロ」という効果音を付けてください。

できましたか?おそらく多くの方が右の大きな石が転がっている図にゴロゴロという効果音を付けたのではないでしょうか。
他にも「水がボタボタとこぼれる」と「水がポタポタとこぼれる」ではイメージする水のこぼれ方が濁音のボタボタの方がたくさんの水がこぼれているイメージを持ちませんか?
このように濁音は「大きい」「重い」「強い」といったイメージを与えると考えられています。みなさんも一度身の回りの濁音で表現する言葉や名前を探してみてください。そして、その言葉が持つイメージってどんな感じだろう?濁音を抜いてみたならイメージは変わるかな?などいろいろ試してみてください。

母音のイメージ

ここまでは子音でのイメージをご紹介しました。では、母音はどうでしょうか。実は母音にもそれぞれに与えるイメージがあると考えられています。
ここでまたまた質問です。下の大きさの異なる2つの円にmil(ミル)とmal(マル)という名前を付けてください。

どっちがミルでどっちがマルになったでしょう?大きな円にマル、小さな円にミルとつけた人が多かったのではないでしょうか?2つの名前の違いは母音だけです。音象徴では母音の「あ」は「い」よりも大きいイメージを持っていると言われています。「あ」と「い」だけでなく、すべての日本語の母音の大きさのイメージを並べてみると以下のようになります。

あ、お>え>う>い
(論文によっては「あ」の方が「お」より大きいと言われていますが、他の母音に比べて「あ」と「お」では明確な大きさの違いはないとされています。)

なぜこのようなイメージの違いが生まれるのでしょうか?発声しているときの口の形が影響しているのではないかと言われています。実際に母音を発声しているときの口の形を探ってみましょう(声は出さなくても大丈夫ですよ!)。それぞれの母音を発声したときの舌の位置に注目してください。母音ごとに舌が口の低い位置(アゴ側)や高い位置(鼻側)にあったり、前(唇側)や後(ノド側)にあったりします。例えば、「あ」を発声したときなら、舌は口の中の低くて後ろ(アゴ側でノド側)の方にあります。この下の前後と高低をまとめてみると以下の図になります。

音声学では舌の位置が低いく後ろにある母音ほど大きいと感じるとされています。もう少し簡単に言うと、口が大きく開いて発声する母音ほど大きく感じるのです。
また、舌が前にくる母音は「鋭い」「薄い」「すっきり」といったイメージがあり、後ろにくる母音は「甘い」「濃い」などのイメージがあります。

身の回りにある名前のイメージを探ってみよう!

音がもつイメージについていくつか紹介してきました。感じ方の強さなどは人それぞれで違いますし、文化や言語によっても異なることがあるとされていて、どこまで普遍性のあるものなのかはまだまだ研究がされているところです。それでもみなさん、いろんな名前を声に出してみたくてウズウズしてきませんか?音声学と聞くとちょっと身構えてしまうかもしれませんが、音声学の世界を探るきっかけはぼくたちの身の回りにたくさんあります!
川原先生は実際にぼくたちに親しみのあるものたちを使った音声学の研究もしています。ケトル誌ではポケモンやドラクエの呪文の例をご紹介しました。このブログでは他にも川原先生が研究対象にした身近な例として、ウルトラマンの怪獣の名前をご紹介します!濁音には強いだけでなく悪役のイメージもありそうだと川原先生は考えました。そこで、ウルトラマンシリーズの怪獣の名前にどれだけ濁音が出てくるか分析しました。ウルトラマンにはベムラーやバルタン星人、ダダなど濁音の含まれる名前をもつ宇宙人や怪獣がたくさんいます。
その結果が下の表になります

表の男の子と女の子は明治安田生命から公表されている2016年の人気の名前ベスト50を比較対象のために分析した結果です。
表の男の子と女の子の名前は濁音を含むものがどちらも10%以下であるのに対して、怪獣名前はどのウルトラマンシリーズでも50%以上となっており、濁音が多く含まれていることがわかります。この結果からも大きくて強くて悪役のイメージが濁音にはあるのではないかと考察されています。
みなさんもぜひいろんな名前の音のイメージに目を向けてみてください。もしかしたら思わぬ発見があるかもしれません。また、音象徴のイメージを参考に自分たちで漫画の効果音など、オリジナルのオノマトペをつくってみても楽しいかもしれませんよ!

【参考文献】
・「あ」は「い」より大きい!?音象徴で学ぶ音声学入門 川原繁人 著 ひつじ書房
・音象徴で言語学を教える: 具体的成果の紹介を通して. Southern Review 32: 3-14. 川原繁人・桃生朋子 (2018)
・音象徴の言語学教育での有効利用に向けて: 『ウルトラマン』の怪獣名と音象徴. 音声研究 21(2): 43-49. 川原繁人・桃生朋子 (2017)
・ドラゴンクエストの呪文における音象徴: 音声学の広がりを目指して. 音声研究 21(2): 38-42.  川原繁人 (2017)

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