ニュートリノ振動で宇宙がわかるわけ

6月15日、日本のニュートリノ研究グループが世界で初めて、「電子型のニュートリノ出現現象の兆候をとらえた」としてニュースになっていました。研究しているのは日本人ニュートリノ研究者を中心とする「T2K実験」の人たち。

この発見は、宇宙を構成する物質の謎にせまります!

と言われても、どうしてそうなるのかピンときません。

そもそもニュートリノって?

ニュートリノとは、これ以上小さくすることのできない素粒子のうちの1つです。電荷をもたないし、測れないくらい小さくて軽いので、なんでもするするとすり抜けてしまいます。その分、見つけるのも大変です。

見つからないから周りにあまりないかというと、そういうわけではありません。

宇宙からやってくるニュートリノは毎秒100兆個も私たちの体を通り抜けていますし、今原発で問題になっている放射性物質も、放射線とともにニュートリノも出すのです。放射線は体の組織にぶつかって壊すので害になるけれど、ニュートリノはするりとなんでも突き抜けてしまうので、害にもなりません。(その分、誰も話題にしてくれないんです。)

ニュートリノといえば、小柴昌俊先生。カミオカンデという容量3000トンの水槽でニュートリノをとらえて、2002年にノーベル賞を受賞されましたね。(注)

(注 初掲載時、「スーパーカミオカンデという容量5万トンの~」と誤記してしまいました。失礼いたしました。)

さてこのニュートリノ、素粒子の1つといいましたが、正確には素粒子のうちの3つです。というのも、ニュートリノには3種類あって、「電子型」「ミュー型」「タウ型」のものがあるのです。

ニュートリノは飛行しているうちに、この「型」を変えます。電子型ニュートリノがミュー型ニュートリノに変わったり、ミュー型ニュートリノがタウ型ニュートリノに変わったり。

これを「ニュートリノ振動」といいます。この型変えのしくみをよく調べると、ニュートリノの重さなどの性質がわかってくるのです。

「物質の謎」がわかるってどういうこと?

では、ニュートリノの性質がわかれば、なぜ宇宙の物質の謎がわかるのでしょう?

そもそも「物質」がいつ造られたかというと、それは宇宙が生まれたとき。生まれたばかりの宇宙はエネルギーに満ちていて、そこから物質と反物質が同じだけ生まれました。

この反物質、物質と再び出会うと、またいっしょにエネルギーに返って消えてしまいます。

ところが!私たちを含め周りにある物や星たちはみんな物質でできていて、反物質はなかなか見当たりません。反物質は物質とほぼ物理的性質が同じ(電荷が反対だけど)なので、なぜ反物質だけが消滅して、物質は生き残ったのか、その理由がわからないのです。

つまり、「物質の謎」といっているのは、「なぜ物質だけ生き残ったのか」という謎のこと。なぜ物質はうまく残って私たちという存在が可能になったのか、ということです。

これがどうニュートリノ振動に関係しているかというと、ニュートリノと反ニュートリノ(ニュートリノの反粒子)とのあいだにわずかな振動の仕方の違いがあって、もしかしたら物質が勝ったわけを少しだけ説明してくれるかもしれないのです。

この違いを「CP対称性の破れ」といいます。小林誠先生と益川敏英先生が2008年にノーベル賞を受賞されたときにお聞きになったことがあるかもしれません。ニュートリノでも、この「CP対称性の破れ」が起きているかもしれないのです。このコンセプトの詳しい説明はまたの機会に。

T2Kの成果のスゴイところ!

「電子ニュートリノの出現の兆候がみられた」という現段階では、ニュートリノ振動を調べて物質の謎を解くという大きな目標を達成するのはまだ数年先になります。

今どういう段階にいるかというと、調べているのはまだニュートリノ振動で、反ニュートリノの研究には至っていません。6月の成果で得られたニュートリノ振動についても、99.3パーセントの確率で実際に起きた、ととらえているのですが、統計的にはまだ「発見」とは呼べないのです。

けれど、この結果はとても画期的なもの。

なぜかというと、ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの「型」の変化は初めて捉えられただけでなく、そもそも発見がとても難しいものだからです。しかも今回の成果は人工的にニュートリノを造って、飛行する前と後で観察しているので、「型」変化が起こったことが確実にわかるのです。これは宇宙からやってくるニュートリノではできないことですね。

実験名の「T2K」は「Tokai-to-Kamioka(東海から神岡)」という意味で、茨城県東海村にあるJ-PARCから、およそ300キロ先の岐阜県飛騨市神岡町にあるスーパーカミオカンデにニュートリノを打ち込んでいます。ミュー型ニュートリノをJ-PARKで生成し、スーパーカミオカンデでいくつ電子型ニュートリノに変わったかを数えます。ニュートリノの旅行前と旅行後の数を数えることで、正確にいくつが型を変えたかがわかるのです。

しかしJ-PARCは、3月11日の東日本大震災で被災し、データの収集も止まってしまいました。もしまだ運転を続けれていたら、今頃には「発見」といえたかもしれません。

現在のところ、T2Kの目標は、2013年までにこのニュートリノの性質を確定し、その数年後にはCP対称性の破れを研究すること。けれどそのためには今年中にJ-PARCの加速器を再開しなくてはなりません。地震の際の液状化現象で機器が沈下するなどして、計画通りに進めるのは難しい状況といえるかもしれません。J-PARCは世界最先端の研究ができる施設。なるべく早い復興を祈るばかりです。

余談ですが、T2Kの最初の物理結果の発表は、2011年3月11日午後3時にスケジュールされていたのだそう。そのセミナーは中止されました。2010年のデータをもとにしたこの注目の結果は、同月21日に発表されたようです(※1)。

T2Kについてもここでは語りつくせないので、その仕組みとか疑問があればコメント欄からでご質問いただくか、未来館で科学コミュニケーター林田をつかまえてください。


参考
Physicsworld.com: 「初のニュートリノ振動の兆候を捉える(英語)」
※1 TRIUMF: T2K初の結果発表(英語)

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