科学コミュニケーターの西原です、こんにちは。未来館の科学コミュニケーターによる今年のノーベル賞予想企画。生理学医学賞の第2弾は、わたくし西原がお送りします。
西原の予想する生理学医学賞
受賞者: Elwood V. Jensen(アメリカ)、Pierre Chambon(フランス)、Ronald M. Evans(アメリカ)
受賞テーマ:身体にダイナミックな変化を起こす核内受容体の発見
この研究のここがスゴイ!
性ホルモンなどのステロイドホルモンが、なぜ身体にダイナミックな変化を起こせるのか、そのキープレイヤーとなる細胞の核にある受容体を発見しました。それまでに知られていたホルモンのはたらき方を大きく書き換え、さらには医薬品の開発の大きな潮流を作り出しました。
ホルモンの2つのはたらき方
ヒトを含めた動物の体内は、神経やホルモンによって制御されています。ホルモンといえば、血糖値を下げるインシュリンなどが有名ですが、オリンピックなどのドーピングで問題になるテストステロンのような性ホルモンも、聞き覚えのある方がいるかもしれません。
しかし、一口にホルモンと言っても、その影響の大きさはまちまちです。血糖値を下げるという身体を「調節する」ホルモンもあれば、性ホルモンのように身体を「作り変える」ホルモンもあります。どうして後者はそこまで激しい変化を引き起こせるのか? それが今回ご紹介する3人の発見なのです。詳しく見てみましょう。
まずは、昔から知られていた「調節する」ホルモンの働き方。こちらには、インシュリンなどが含まれます。血液に乗って、目的とする細胞までたどり着くと、ホルモンは細胞の表面にある「受容体」にキャッチされます。そうすると、受容体は細胞の中にホルモンが来たことを伝えて、細胞はその情報を次から次へと送り、変化を起こしていくわけです。
昔話にたとえてみましょう。例えば、川(血管)の上流から桃(ホルモン)が流れてきました。そうすると、川に洗濯に出ていたお婆さん(受容体)が桃をキャッチするわけですが、そのお婆さん、嬉しさの余り、桃を持って帰るのを忘れて、とにかく周りの人に桃が来たことを言いふらします。そうすると、村人たちも「桃?!」とばかりに伝言ゲームのように話が広がり、村の中が賑やかになっていくのです。
それに対して、身体を「作り変える」ホルモンの働き方。こちらが、今回の3人の発見になります。こちらには、性ホルモンのほか、甲状腺で作られる成長ホルモンや、胎児期に必要なビタミンAなども含みます。これらのホルモンは細胞の膜を通り抜け、DNAのある細胞の核までたどり着くことが出来ます。核の中にいた受容体がこのホルモンと結合すると、DNAに結合して読み取りを促進して、大きな変化を引き起こすのです。
たとえるならば、川から流れてきたはずの桃(?)が、なぜか歩いて村まで入ってきます。しかし、それだけでは村には何も起きませんが、それに目を付けた敏腕プロデューサー(核内受容体)が桃とタッグを組み、スタジオ(DNA)で世界を震わせる歌をどんどんプロデュースしているのです。こちらの方が、より強力な影響を与えるような気がしませんか?
彼らの発見とその影響
1960年代、Elwood V. Jensenは、性ホルモンのエストロゲンに放射性同位体で目印を付けて、その挙動を調べたところ、目的とする細胞の核にエストロゲンが集まっていることを発見しました。つまりは、エストロゲンと結合する受容体が核の中にいるという予想につながったのです。プロデューサーのいるところに、タレントの卵が集まってくると考えると、わかりやすいでしょうか。
その後、1980年代、Pierre Chambonはエストロゲン受容体の遺伝子を、Ronald M. Evansは同じくステロイドホルモンである糖質コルチコイドの受容体の遺伝子を、それぞれ全容を明らかにしました。さらには、それらの遺伝子が似ていることに注目し、次々に核内受容体を見つけていきました。
彼らの研究が土台となって、今ではこの核内受容体、ゲノム解析の結果から、ヒトでは48種類存在することが分かっています。ちなみに、核内受容体は英語に直すとNuclear Hormone Receptor (NHR)。そう、言ってみれば、”NHR 48”!(笑) 先ほどのたとえ話では、プロデューサーが48人いる感じですが……。
さて、3人の発見した核内受容体。これによって、ホルモンの新しい働き方がわかり、生物学の教科書も大きく書き換えられることになりました。さらにはステロイドホルモンの挙動を制御できれば、身体の発達など多方面をコントロールできると目され、現在では多くの医薬品のターゲットとして注目されています。皆さんも知らず知らずのうちに、お世話になっているかもしれません。
そして、その業績を評価され、この3人はノーベル賞の前哨戦とも言われるアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を、2004年に受賞しています。また、同じく医学界では名高いガードナー国際賞を、Ronald M. Evansは2006年に、Pierre Chambonは2010年に受賞。さらには、今年2012年のウルフ賞医学部門をRonald M. Evansが受賞し、この分野への注目とノーベル賞への期待が高まってきていることが分かります。
その他の予想
というわけで、西原の本命予想は核内受容体の発見ですが、他にも気になる研究分野もあります。
例えば、分子標的治療法の開発。分子の形をターゲットにして薬を作っていくという、新しい創薬の道を開拓しました。慢性骨髄性白血病の分子標的薬イマチニブ(商品名:グリベック)のBrian J. Druker、転移性乳がんの治療薬トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)のAxel Ullrichが、対抗候補になるでしょうか。どちらも、これまでは十分に効果のある薬がなかったがんに対する薬です。ちなみに未来館の5階、医療のコーナーには、分子標的薬を自分でデザインするシミュレーション展示もあります。
また、細胞の中で作られたタンパク質(アミノ酸の鎖)がどのように折りたたまれて立体構造をとるようになるのかを明らかにした、Franz-Ulrich HartlやArthur L. Horwichも、そう遠くないうちに受賞するでしょう。タンパク質はきちんと折りたたまれないと働くことができないので、そのプロセスの解明はとても重要なのです。
まとめると、西原の予想は以下の通り。
◎ 核内受容体の発見
○ 分子標的治療法の開発
▲ タンパク質折りたたみ機構の解明
ノーベル生理学医学の発表は10月8日(月)日本時間の18時30分から。
お楽しみに!
<リンク>
2012年ノーベル生理学医学賞! テーマは「リプログラミング」 (リンクは削除されました)