ノーベル生理学・医学賞、発表!~あなたの中の小さな町のお話~

こんにちは、科学コミュニケーターの濱です。

待ちに待ったノーベル生理学・医学賞受賞者発表が行われました!

今年はJames E. Rothman博士、Randy W. Schekman博士、 Thomas C. Südhof博士となりました!

うーん、予想していなかったところへやってきましたね~。

今年の受賞のテーマは『細胞内膜輸送』です!

細胞内膜輸送とは

私たちの体は60兆個ほどの小さな小さな細胞が集まってできています。なんとその一粒の大きさは1/100ミリ程度。しかし、目には見えないほど小さな細胞の中にはまるでひとつの町であるかのように、さまざまな建物があって、それぞれがかかわりながら、町として機能しています。

それではさっそく“細胞町”の中を見てみましょう。

中心には核と言われる丸い塊が見えます。ここには私たちの設計図であるDNAがしまわれています。とっても大事な設計図を保管している場所なので、核=図書館みたいなものですね。そして、DNAは細胞町にとって「最重要文書」なので、図書館から持ち出す事は絶対にできません。しかし、設計図なしでは製品が作れず、町のみんなは困ってしまいます。

そこで、図書館の中で必要な部分だけをコピーして持ち出すことにしています。それが、DNAによく似た物質、RNAです。設計図をコピーしてきたRNAは続いて工場地帯へと運ばれてゆきます。

工場地帯は図書館、核の周りを取り囲むように広がっています。工場地帯にはたくさんの工場の職員さんたちが待ち構えています。工場地帯の名前は小胞体、職員はリボソームといいます。リボソームはRNAの情報を読み取って、製品を作り始めます。この製品というのは私たちの体の60%(水を除いて)ほどを占める、タンパク質です。

しかし、タンパク質はまだ完成形ではありません。いってみれば、服を作る過程での布地が織りあがった状態です。これから布地を切ったり、縫ったりします。ここまでが、小胞体でのお仕事です。この状態で、完成品となるシンプルな服もありますが、さらに、飾りをつけたりしてやっと完成となります。飾り付けなどの加工を担当している場所をゴルジ体といい、ごくシンプルな状態からタンパク質を完全な姿へと加工してゆくのです。(注)

完成したタンパク質は細胞町の中で使われたり、細胞町から外へ出て他のまち(細胞)に送り届けられたりして、使われることになります。

さて、ここまででDNAからタンパク質が作られる様子をお話してきました。しかし、まだお話していないことがあります。町の中で、物を作ってお店に並べて各家庭に届けるとなったらなくてはならないものがありますよね?

そう、輸送手段!

それが、今回の受賞テーマである『細胞内膜輸送』なのです。

キーワードは「膜」です!

細胞の外側は細胞膜という脂でできた膜におおわれています。外側だけではなく、細胞の中にもたくさんの膜があります。先ほど出てきた小胞体もゴルジ体も同じく脂(あぶら)の膜でできています。

みなさんは、水の上に浮かべた油の粒がどんどん集まっていく様子を見たことがあるでしょうか?細胞の中でも同じ様子が観察できます。

小胞体からゴルジ体へと未加工のタンパク質が送られるときには、脂の膜がちょうどシャボン玉のように小胞体からゴルジ体へと飛び立っていき、ゴルジ体の膜の中に吸い込まれてゆきます。逆にゴルジ体から小胞体へ、小胞体やゴルジ体から細胞の外へ向けて細胞膜へも脂のシャボン玉が飛んでいきます。もちろん、細胞町の外からシャボン玉がやってくることもありますよ。このシャボン玉の中にはタンパク質などが入っていて、目的の場所へとたどり着くわけです。脂のシャボン玉は輸送トラックのようなものですね。

図はノーベル財団のリリースから

お届けのヒミツ

細胞町の中には無数の宅配業者さんがめまぐるしく荷物を運び続けているわけです。

でも、不思議に思いません?脂のシャボン玉というだけでは、どこにお届けすればいいのかわからないはずですよね。

どのようにして正しい場所に物を届けているのか、このしくみを解き明かしたのが今回の受賞者たちなのです!

Randy W. Schekman博士は微生物である酵母を使って、23種類の遺伝子の変異体から膜輸送に必要な遺伝子を特定しました。このとき、特定された遺伝子は細胞内の膜が飛び立ってゆくときに必要なものだったのです。この遺伝子から作られるタンパク質は膜の表面にとりついて、目印のようにはたらき、正しい場所へと送り届けます。

James E. Rothman博士は哺乳類の培養細胞を使って、Scheman博士と同様のはたらきをする遺伝子が、酵母だけではなく哺乳類にもあるということを発見しました。つまり、微生物から哺乳類へと進化する過程でも変わることなく受け継がれてきた、生き物にとって重要なしくみだということを明らかにしたのです。そして、さらに別の遺伝子はシャボン玉が目的地にたどり着いたときに、膜どうしをつなぎ止め、取り込ませるためにはたらくということを発見しました。

この2人の発見によって、細胞内膜輸送の基本的なしくみが明らかにされることとなりました。そして、残るはあと1人。

Thomas C. Südhof博士は、他の2人の研究から発展して、神経細胞が情報を伝えるしくみの一部を明らかにしました。神経細胞はお互いに神経伝達物質を飛ばし合って、情報のやりとりをしています。ちょうど、少し離れたところにいる友達に紙飛行機で言いたいことを伝えるようなもので、もちろんこの紙飛行機も膜に包まれているわけです。さて、この紙飛行機入りのシャボン玉を飛び出させるために、カルシウムイオンが合図になっていると言うことを明らかにしたのです。

私たちの体の中には小さな小さな町が無数にあって、それぞれの町の物の輸送が順調に進んでいくことで私たちの健康が保たれているのです。

逆に言うと、この輸送のしくみがうまく働かなくなると、さまざまな病気につながると考えられています。たとえば、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが、作られた場所からうまく運ばれずに、外に出て行かないと、糖尿病になってしまいます。このほかにも、免疫系や神経系など、体のあらゆるしくみを支えているのが、この「細胞内膜輸送」なのです。

予想通りだったという方も、予想外だったという方もワクワクしながら発表をお待ちいただけたでしょうか?私たち、未来館のスタッフもドキドキハラハラしながら発表を待っておりました。

日本人が受賞できなかったのは少々残念ですが、世界に認められた研究のすばらしさを少しでもお伝えできていれば、うれしいです

注)10月8日に内容を修正しました。布の折りたたみをするのはゴルジ体の中でのような表現にしてありましたが、小胞体の中での仕事に改めました。

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