協力する"心"にせまった!!

「先端の科学技術の紹介」を標榜する未来館が「これぞ研究の最前線!」と胸を張って送り出したイベントが無事に終了しました。

1月11日(土)に行われたサイエンティスト・トーク「協力する"心"にせまる -ヒト・チンパンジー・ボノボの比較から」です。

神戸大学の山本真也先生を講師にお招きし、人間に近い種であるチンパンジーとボノボとの比較を通して、ヒトに特有の"心"を描き出しました。

魅力的な研究内容と語り口で参加者を引き込む山本先生

イベント中には、山本先生がギニアやコンゴ民主共和国で撮影してきた野生のチンパンジーとボノボの観察記録を映像で紹介。京都大学霊長類研究所のチンパンジーを対象とした実験映像からは、チンパンジーが相手を手助けする行動からどんな特徴や性質を明らかにできるのか、先生が映像を細かく説明しながら考察してくれました。

フィールドワークや実験の貴重な映像も見ることができた。

何が最前線かというと、研究者が行う研究のプロセスそのままを参加者に味わっていただいたこと!

日頃、研究について一般の人が得られる情報の多くは「○○ができた」「××であることが分かった」などの事実や結果です。何をもとにどうやってその結果が導き出されたのかという研究プロセスは、興味をもって自分で調べてみないことにはなかなか知ることができません。

今回のイベントでは、「どんなデータや素材を使い、どこに着目し、どうやって研究を進めていて、そこからどんなストーリーを描くことができるのか」という、まさに研究のダイナミクスを丸ごと味わっていただきました。

たとえば次のような実験が行われました。

真ん中を仕切られた部屋の左右にそれぞれチンパンジーがいます。仕切りには穴が開けられ手を通すことはできます。チンパンジーA(左のChimp A)はジュースを飲むためにステッキを使って容器を引き寄せなければなりませんが、手に届く範囲にあるのはストローです。一方チンパンジーB(右のChimp B)はステッキは手にできるけれど、ジュースを飲むにはストローが必要です。つまり、ジュースを飲むためにはお互いに相手から道具を拾って渡してもらわなければなりません。このとき道具の受け渡しで2人はどのようなやりとりをするでしょうか・・・。

この実験から何を見ようとしているのか、チンパンジーの行動からどんなことが分かるのか。さらに、チンパンジーの特徴からヒトに翻って何が言えるのか・・・。

イベント中は山本先生の話を受け身で聞くのではなく、参加者一人ひとりが自分なりに分析したり考えを深めたり。"研究者"と同じ視点で1時間のトークを咀嚼し消化していたようでした。

参加者がどれほどこのイベントに引きつけられたのかが分かったのはイベント終了後。多くの方が会場に残り、さらに30分ほどかけて山本先生との質疑応答を続けたのです。ここでの問いと答えの応酬は、結果としてイベントの内容を深く理解することへとつながりました。

その内容の一部を以下にご紹介します!

(会場)チンパンジー同士の実験を見ていた他のチンパンジーで同じ実験をしてみると、結果は違うのか?

(先生)面白そうだが、やっていないのではっきりとは分からない。チンパンジーは自分と他者との関係はよく分かるが、他者同士のやりとりを見て、良い/悪いの評価ができるかどうかは、最近研究され始めたところ。できるという結果もあるが、断定するには時期尚早か。また、他者の評価はできたとしても、他者から評価されていることを理解できるかどうかは別問題。チンパンジーの社会で第三者の評価がどう働くのか、間接互恵性が起こり得るのかについては、まだよく分かっていない。個人的には、評判を介した間接互恵性はヒトに特有ではないかと考えている。

(会場)マリとペンデーサ(共にチンパンジーの名前)の実験で、コインを入れないマリをペンデーサは嫌いになったりしないのか?

(※仕切られた部屋にチンパンジーが1人ずつ入り、コインを自動販売機に投入すると相手の部屋にリンゴが出るという仕組みで行った実験。)

(先生)実験後に外の放飼場に帰るときに、マリはペンデーサの頭上の通路を通る。そのとき、ペンデーサがマリに対して怒って飛びかかるような行動を見せた。このような行動が見られたのは、ペンデーサがよくコインを入れ、マリがあまり入れなかったセッション後のこと。やはり「不公平」を感じていたのかもしれない。怒るかどうかは個性や相手との相性もあるだろう。ただし、放飼場に戻ってからの行動も観察したが、とくに目立った関係の変化は見られなかった。どのくらい怒りが長続きするかは分からないが、あまり尾を引くようなことはないのかもしれない。もうひとつ興味深いのは、このように怒られても、次の日にマリがコインを入れるようにはならなかったこと。ヒトだと、相手にたしなめられると、次から行動を改めることがある。これが罰の効果である。チンパンジーは協力しない相手に仕返しはするけれど、これが罰として働き、相手を協力に向かわせる効果があるのかどうかはまだよく分からない。これまでの研究結果を見ると罰が協力を促進させる効果は、どうもチンパンジーではみられにくいようだ(※ヒトに関してもこの効果については議論されている)。協力だけでなく、罰に関してもチンパンジーとヒトで違いが見られるかもしれないので、今後の研究に期待したい。

(会場)ボノボは肉を分け合うことはしないのか?

(※イベント中に紹介されたのがボリンゴという果実の食物分配だったため。)

(先生)ボノボも肉を分配するが頻度は低い。むしろ果実を高い頻度で分ける。狩猟と違って協力を必要とはしない方法で獲得できる果実が分配されることが面白い。これまで、チンパンジーでは、狩猟によって獲得された肉が協力したもの同士で分配されることが知られており、これがヒトの分配行動、ひいては協力行動の進化モデルとなってきた。ボノボの果実分配は、協力の進化について新しい見方をもたらしてくれるかもしれない。チンパンジーの肉分配は狩猟社会での協力、ボノボの果実分配は採集社会での協力のモデルになるかもしれないと考えている。

(会場)男女平等はボノボ社会の一つの特徴だが、どういう移動の過程を経て、ボノボはチンパンジーから分かれて、どう進化したのか?

(先生)ボノボとチンパンジーの分岐に関しては、まだよく分かっていない。ここ数年でもいろんな説が提出されている。ただ、ひとつ言えそうなのは、ボノボはチンパンジーと地理的に隔離されてから、ずっとコンゴ盆地の豊かな環境で生きてきたということだ。協力行動は、もともと生存に必要な行動として進化の過程で出現したと考えられる。このような観点でこれまでチンパンジー含め様々な動物での協力行動が調べられてきた。ボノボの協力行動も、もとはこの生存に必要な行動として獲得されたものだろうが、豊かな環境の中で暮らすうちに、生存には直接関係のない形で協力行動が発現するようになったのではないか。ヒトの場合、ご近所同士のおすそ分けなどは、餓えをしのぐためというよりも、ご近所との関係を円滑にする目的でされることの方が多い。このような相手との関係構築のための協力行動がボノボでは見られるのではないかと考えている。協力の"心"が、置かれた環境によって異なる進化をとげるというストーリーを描いている。

・・・・・いかがでしたか?

一昨年、山本先生の研究について調べてそのおもしろさに魅了されたときから、この内容は科学コミュニケーターが媒介者となって翻訳するよりも、研究者に直接語ってもらうべきだと強く感じていました。先に述べたように研究のプロセスそのものが魅力的であるのに加え、分かっていること、まだ分からないことの線引きが素人には難しいと感じたからです。"心"という目に見えないものをテーマにしているわけで、それを明らかにしていく過程がどれほど大胆でかつ繊細な考察を必要とするか、想像できますよね?

1年以上温めていたこの熱い想いがイベントという形で実ってよかった!

今回初めてこのイベントについて知ったという方、また質疑応答の内容を読んで関心を持った方、ぜひ以下のサイトもご覧下さい。

イベント概要はコチラから。(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

イベントのYOU TUBE動画は以下でご覧になれます。

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