天文学は宇宙からの"手紙"を読み取る学問だ。
"手紙"とは何か分かるかな?」
私が物理学の門を叩いて大学生になったばかりのころ、教授に問いかけられました。教授曰く、手紙は「光」。「宇宙から地球に届く光には、多くの情報が詰め込まれているんだよ」
こんにちは、福田大展です。「宇宙はどのように始まったのか?」。そんな物理の根源に迫る実験結果が18日未明、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターらの研究チームにより発表されました。今回の歴史的発見も、宇宙からの光を観測した実験によりもたらされました。なぜ光を見ただけで、宇宙の始まりが分かるのでしょうか。
宇宙は最初、この世の物質をつくる最小の粒々「素粒子」よりも小さかったと考えられています。そして一気に膨張しました。この考え方を「インフレーション理論」と呼んでいます。その後、膨張にブレーキがかかり、宇宙が超高エネルギー状態になりました。これが「ビッグバン」です。ビッグバンのころの宇宙は、超高温・超高密度の火の玉のようだったと考えられています。
上を見上げてみてください。何が見えますか?天井と答えたあなたは、花粉症を恐れずに外に出てみましょう。春はもうすぐですよ。
雲が見えますか。何色ですか?黒い雲が見えるあなたは、屋根のあるところに避難しましょう。分厚い雲が大雨を降らせるかもしれません。
白い雲が見えるあなたは、よく観察してみてください。なぜ雲は白いのでしょうか? 雲の正体は、水滴や氷の粒の集まりです。太陽の光が雲に入ると、水滴に反射して、いろんな方向に進みます。このあちこちに散らばった光が目に入るので、雲は白く見えるんです。
それでは、話を宇宙に戻しましょう。ビッグバンのころの超高エネルギー状態の宇宙では、電子が自由に飛び交っていました。なので、光は飛び交う電子と衝突して、まっすぐに進めません。光があちこちに散らばってしまうので、このころの宇宙は、白い雲に覆われたように見ることができないのです。
その後、宇宙ができて38万年後、飛び交う電子は電磁気力により陽子に捕らえられて水素原子になり、光がまっすぐに進めるようになりました。つまり、初期の宇宙にかかっていた霧が晴れ、宇宙からの光が見えるようになったのです。この瞬間を「宇宙の晴れ上がり」と呼びます。そして、若々しい宇宙の姿(といっても38万歳ですが・・・)を伝えるこの光のことを「宇宙マイクロ波背景放射」と呼んでいます。
ここで、ある矛盾が生じます。宇宙から地球に届く光は、宇宙の晴れ上がりより後のものだけ。つまり、光をとらえる望遠鏡では、38万年より前の宇宙は調べられません。おっと、行き詰まりました・・・。
「あきらめるのは、まだ早いぜ!」
「あ!あなたは!」
「ただの通りがかりの赤ネズミさ」
「ヒッグス粒子の記事で軽く登場した、赤ネズミさん!」
「光にこだわる必要はねえ。
インフレーションのときに生まれた
『原始重力波』を探すんだ!また会おう」
「ありがとう!赤ネズミさん!」
赤ネズミさんが言い残した「原始重力波」とは、いったい何なんでしょうか? インフレーションのとき、宇宙は一気に膨張したと書きましたが、凄まじい速さなんです。
「0.00000000000000000000000000000000001秒」(0が36個)という"一瞬"で、
素粒子よりも小さかった宇宙が、
「100000000000000000000000000倍」(0が26個)に膨らんだんです!
そして昔、アインシュタインが予言しました。インフレーションによる急激な膨張で時空が歪められて、時空のゆらぎが波として伝わる「重力波」を生み出すと。その宇宙の初期のインフレーションのころに生み出された重力波のことを「原始重力波」と呼んでいます。
この記事を書いている現在、まだ原始重力波を「直接」観測したことはありません。しかし、この原始重力波が、宇宙の晴れ上がりのころの若々しい光に、ある"痕跡"を残したのです。
汚いひげ面のアップはきついですよね・・・すいません。
夏の日差しがまぶしいときにサングラスをかけると、建物や地面に反射した光を遮れます。なぜ、まぶしくないのでしょうか?「偏光サングラス」には、レンズの間に「偏光膜」が挟まっています。偏光膜は細かいスリットが入った膜のこと。決まった方向にのみ振動する光だけを通すから、まぶしくなかったんですね。このように、光は決まった方向にのみ振動する場合があり、そんな光を「偏光」と呼びます。
それでは、いよいよ核心に迫ります。「原始重力波が、宇宙の晴れ上がりのころの若々しい光に残した"痕跡"とは何か」。それは、いくつかの偏光の集まりが、決まったパターンの"模様"を作り出すんです。そのパターンの種類は2種類。ひとつは泉から水が「湧き出る」ようなパターンで、もうひとつは「渦」を巻いているようなパターンです。最初の湧き出るパターンを「Eモード」、渦のパターンを「Bモード」と呼んでいます。
このパターンを作り出すのは、原始重力波だけではありません。宇宙の晴れ上がりのころの若々しい光には、微かに暖かい場所と冷たい場所があり、温度に"ムラ"があることが分かっています。しかし、温度の"ムラ"では、Eモードの分布しかできません。つまり、Eモードは原始重力波だけでなく、温度の"ムラ"によっても作られる。しかし、Bモードは原始重力波でしか作れません(※)。だから、Bモードを観測することは、原始重力波を「間接的」に観測したことになるのです。
それでは、観測したデータを見てみましょう。
これは、宇宙の晴れ上がりのころの若々しい光「宇宙マイクロ波背景放射」のBモードの偏光パターンです。横軸と縦軸は光が放たれた位置を表しています。黒い線が偏光の方向で、長さが偏光の強さ。背景の色は偏光の渦の回転方向を表していて、赤が時計回りで青が反時計回りの分布を表しています。
渦を巻いてる!
この実験で、原始重力波が作り出した痕跡である「Bモード偏光」を初めて観測しました。これにより、原始重力波を「間接的」に観測。初期の宇宙が急膨張した「インフレーション理論」の、実験的な証拠が初めて発見されました。このインフレーション理論を考えたのは、自然科学研究機構の佐藤勝彦機構長と、米宇宙物理学者のアラン・グース博士たちです。
「今後は直接、重力波を測定し、宇宙の生まれた瞬間の『写真』を出してほしい」
佐藤博士は発表後の会見でこう語っています。 「光」では38万年より前の宇宙は調べられません。しかし、もし原始重力波が「直接」観測できるようになれば、38万年より前のインフレーションのころの宇宙を観測できるかもしれないのです! 楽しみに待ちましょう!