宇宙はどのようにはじまったのだろうか?
人類が太古の昔から問い続けてきたナゾに答えるヒントとなるかもしれない、望遠鏡がある。その名前は「ポーラーベア望遠鏡」。設置されているのは南米チリにある標高5200mのアタカマ高地。呼吸すら厳しい過酷な環境であえて研究を行う羽澄昌史さんに、研究中の忙しい合間をぬって、未来館のサイエンティスト・トークにて貴重なお話をして頂いた。
宇宙誕生とインフレーション
宇宙誕生というとビッグバンを思い浮かべる人も多いが、ビッグバンよりも前に「インフレーション」という宇宙空間の急激な膨張があったという。どれくらい急激かというと、素粒子よりも小さかった空間が一瞬にして、10の26乗倍にまで大きくなったというのだ。一瞬というのは10のマイナス36乗秒間。こうしてできた宇宙の大きさは現在の宇宙のサイズからするとかなり小さいが、この、急膨張したとする仮説をみなさんは信じられるだろうか?羽澄さんは、この宇宙誕生直後の壮大なスケールの現象が実際の出来事であると立証しようとしている。
インフレーション時期の「量子ゆらぎ」
インフレーションの時期には、さまざまなものが生まれては消えていく「量子ゆらぎ」というものが、いたるところにあったという。「量子ゆらぎ」の中には空間のひずみを生み出すものもあり、急激な膨張とともに「重力波」となって宇宙空間を伝搬していったと考えられている。この時に発生した重力波の存在を証明できれば「インフレーション」の存在を間接的に証明したことになる。
重力波は空間のゆがみが波となって伝わる現象で、"アインシュタインの最後の宿題"と言われている。理論的にその存在には疑いの余地がないが、直接観測に成功した人はまだ誰もいない。そんな検証の難しい重力波を羽澄さんはどのように調べようとしているのだろうか?
原始重力波を調べる方法はCMBに刻まれた偏光の観測
インフレーションの後、ビッグバンのころの様子については、宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic micro wave background以下CMB)という観測手段がある。それは、私たちが直接観測できる、地球から最も遠く離れた、宇宙誕生後約40万年たった頃の姿である。
1900年代初頭、銀河を観測していたハッブルは、遠くの銀河ほど速く遠ざかることを発見し、宇宙空間が膨張している証拠であると考えた。宇宙空間が膨張していたとすると、逆に過去に時間を巻き戻すと、宇宙は収縮していくことになる。この理論を進めていくと、生まれたばかりの宇宙は、超高密度で、超高温の、火の玉状態だったことになる。こうして登場したのが「ビッグバン仮説」である。このビッグバン仮説からの予想によると、ビッグバンの時の光が「マイクロ波」となって今の宇宙空間に漂っていることになる。宇宙空間の膨張に伴って、ビッグバンの光の波長がマイクロ波まで引き延ばされると考えられるからだ。CMBこそが、この予想された「マイクロ波」であり、実際に観測されたのだ。下の図は観測衛星プランクがとらえた最新の全天宇宙マップである。
色の差は強度の差だが、その差は約10万分の1。つまりどの方向からもほぼ同じ強度、つまり同じ温度の光が来ていることを表しており、大昔、宇宙の温度がほぼ均一の高温状態だったことを示している。
参考までに、私たちが直接観測でき、地球から最も離れた宇宙まで旅をしてみよう。
「The known universe」(アメリカ自然史博物館制作)のYouTube動画
原始重力波は、インフレーションの際の急膨張によってできた空間のひずみが波となって伝搬したものなので、この波がわかればインフレーションの証拠となる。実はこの波の影響は「偏光」という光の中の、あるパターンとして下の図のように先ほどのCMBの中に刻まれているというのだ。羽澄さんはそのパターンを検証することで重力波を間接的にとらえようとしているのだが、どのようにやろうとしているのだろうか?
羽澄さんの研究
羽澄さんが研究で使っている観測装置はこちらの「ポーラーベア望遠鏡」。
設置されているのは、南米チリにある標高5200mのアタカマ高地で、2012年より観測を続けている。ポーラーベアで観測した光をスペクトル解析という処理をして得たデータが理論値とどのくらいの誤差範囲内で一致するかを詳細に調べていくことで、インフレーションを証明する有力な情報になりうるかどうかを判断することができる。さらに現在「ポーラーベア2」を準備しており、今後より詳細な観測データが得られることが期待されている。
世界各国で競って行われる偏光観測
現在、世界各国で競って偏光観測が行われている。これまでも原始重力波と思われる解析結果が他国で報告されたことがあったが、まだ断定できるに至っていない。羽澄さんたち日本の研究グループが先に見つける日も来るかもしれない。
実はこの偏光の様子について、地上では全天を精密に調べることは難しい。観測できる空間の幅に限界があるためなのだが、羽澄さんの研究グループではさらなる研究として宇宙の全方位を観測するために、人工衛星「ライトバード」を打ち上げる計画がある。ライトバードによってインフレーションの決定的な証拠が見つかるかもしれない。
詳しくはライトバード計画のHP (リンクは削除されました)をご覧ください。
今回のイベントで、羽澄さんにはかなり専門的な内容まで話して頂いた。私には専門的な内容を理解する知識がなかったのだが、事前の準備にあたり、以下の参考書や資料が大いに役立ったのでご紹介する。
基本的な内容を詳しく知りたいという方は以下が参考になる。
書籍:『宇宙論Ⅱ-宇宙の進化 シリーズ現代の天文学』
二間瀬敏史、池内了、千葉柾司(株)日本評論社2009/9/15
論文:日本物理学会誌vol.69.NO.10.2014「宇宙マイクロ波背景放射の偏光:現状と将来の展望」
去年に話題となった偏光観測の動向については科学コミュニケーター福田のブログ「原始重力波の観測に「待った」~審議のゆくえは10月に持ち越し」 「原始重力波のメッセージの正体は「ノイズ」かもしれない」 (リンクは削除されました)が参考になる。
羽澄さんへの2つの質問の答えから感じたこと
最後に榎戸から羽澄さんに2つの質問をさせて頂いた。
① 「観測や実験の魅力はなんですか?」
宇宙初期の研究の中には、大きく分けて理論的な研究と実験的な研究、観測的な研究と3つがあるが、先生は大学時代から約30年近くも実験や観測に携わっている。改めてこれらの魅力とは何なのか?
羽澄さんの答えは、
「インフレーション理論と一口に言っても山ほどある。でも正しいのは必ず一つ。自分がその一つを見つけて証明したい。その中で驚かされるデータに出会うのが楽しい」
私はかつて素粒子に関する理論研究を少ししていた。おもにプログラムを作って数値計算し、結果を予想するというものだ。複雑な計算は全てコンピュータがやってくれ、膨大な量のデータを示してくれるのだが、この結果は本当に正しいのだろうか、自分でつくったこの数式は本当に正しいのだろうか?確からしさに悩まされた記憶がよみがえってきた。会場のみなさんも、この宇宙の真実を自分の眼で確かめることに情熱をもつ、羽澄さんの想いが伝わってきたのではないだろうか。
② 「初期宇宙をテーマに研究を続けるのはなぜですか?」
羽澄さんはかつて、素粒子原子核研究所にて粒子加速器を用いた実験を行っていた。粒子加速器というのは粒子と粒子を高いエネルギーでぶつけることで、宇宙初期の様子を再現する実験だが、現在行っている原始重力波の研究は加速器で再現できるよりもはるかかに宇宙初期に近づくことができる。こうしたテーマで研究を続けるのはなぜか?
羽澄さんの答えは、
「究極的には、宇宙の全てを物語る、宇宙のルールブックをハガキ1枚ほどに収めたい。今はハガキ4枚というところまで来ている」
ハガキ4枚というのも長い科学史の中で作られたものだが、羽澄さんはさらにそれを1枚にまとめようとしている。宇宙初期の様子を知ろうと研究を続ける羽澄さんのお話を聞いて、みなさんも「宇宙のはじまりを知りたい」という好奇心を感じたのではないだろうか。
イベント終了後にはたくさんの来場者が会場に残り、熱心に質問していた。質問は約1時間にわたったが、最後に一人にまで丁寧にお答えしてくださった。
イベント中、会場の外に設置されたスピーカーを通して、たくさんの方が話を聞いていた。
ご来場に感謝したい。
イベント概要
・タイトル:サイエンティスト・トーク「宇宙誕生の光をとらえる-10のマイナス36乗秒後の世界を目指して」
・講師:羽澄昌史氏(大学共同利用法人 高エネルギー加速器研究機構 教授)
・開催日時:2015年2月28日(土)14:30-15:30
・開催場所:日本科学未来館 3F実験工房ドライ
・参加人数:95人(立ち見、会場外を含む)
※イベントを紹介するアーカイブはこちら (リンクは削除されました)
※イベントのYouTubeもご覧頂けます。