2015年ノーベル化学賞を予想する② 小さな孔から大きな世界へ

ニーハオ!

科学コミュニケーターの陳ドゥです。

恒例になった未来館ノーベル賞イベントが今年もやってきました!

去年も化学賞予想をさせていただいた者として、

今年は去年以上に化学賞を盛り上げたいと思います。

早速ですが、私、陳ドゥが今年のノーベル化学賞の有力候補者だと見ているはこちらの方です。

Photo by U.S. White House via Wikimedia Commons
(リンクは削除されました)

右のオバマ大統領ではないですよ(笑)

左のやさしそうなエディス・フラニゲン(Edith M. Flanigen)さん、1929年生まれの御年86歳です。

この女性はどんな人物なのか、

どうしてオバマ大統領と会ったのか、

そして、なんでノーベル化学賞の有力候補なのか、

について、ご紹介したいと思います。

フラニゲンさんはある物質の開発に成功しました。

その物質はゼオライトYといいます。

まず、ゼオライトとはどんなものかというところから見ていきます。

第1章:ゼオライトとは何か?

ゼオライト、別名沸石(ふっせき)といいます。

ゼオライトはもともと天然の鉱物です。1756年に、スウェーデンの科学者Axel F. Cronstedtは新しい石を発見しました。その石は火であぶると、ブクブクと泡を出して沸騰しているように見えたそうです。そこで、ギリシャ語で沸騰(zeo)する石(lite)という意味で「沸石」、いわば「ゼオライト」と命名しました。ゼオライトには、肉眼で確認できないほど小さな孔がたくさん開いています。孔だらけのスポンジものすごく小さくなっているというイメージです。加熱すると、孔の中に入っていた水が蒸発したりするので、泡になって沸騰しているように見えるわけです。

天然ゼオライトは火山灰などが何百万年をかけて結晶化してできたものです。日本は火山の多い国なので、天然ゼオライトは多くの地域に存在しています。おもな産地として、北は北海道から西は九州まで、さまざまなゼオライトの存在が確認されています(ゼオライトとは、ある1つの化合物の名前ではなく、似た化学式からなる鉱物の総称です)。

こんなきれいな天然ゼオライトもあります。
Photo by Didier Descouens via Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
(リンクは削除されました)

天然ゼオライトと比べて、はるかに短時間で形成できるのは、下の人工ゼオライトです。

天然物と比べると、人工ゼオライトの外見は素朴ですね。
Photo by Seaterror via Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0
(リンクは削除されました)

ゼオライトには多くの孔があるため、気体や液体をきれいにすることができます。不純物の粒を孔に残して、きれいな液体や気体を出すという仕組みです。たとえば、自動車の排ガスの浄化や湿気の除去、殺菌などにゼオライトは使われています。みなさんお馴染みの活性炭と同じように、ゼオライトは吸着するのが得意なのです。

また、ゼオライトは触媒としてもすばらしい材料です。触媒とは化学反応をコントロールするものです。そして、ゼオライト触媒が大いに役立っている分野は、石油の精製です。

第2章:ゼオライトでガソリンをより多く、より良く

現代社会における石油は、きわめて重要です。日常生活から先端技術までのあらゆる場面で石油は必要とされているので、世界経済を左右する力すらあります。そんな大事な石油ですが、油田から採取したあとに、すぐに使えるわけではないです。最初にとった石油は、原油といいます。原油は数百万種類もの炭化水素の混合物です。発電所でつかう重油から、髪のセット用のワックスまで、全部原油の中に入っています。それらの成分の違いは、ズバリ炭素の数です。原油の成分を見てみましょう。

炭素が1個から4個のものは、常温で気体(ガス)です。台所のガスコンロで使っているメタンガスは、炭素の数が1個のタイプ。炭素が5個から10個のものはガソリンとして使います。灯油と軽油に含まれる炭化水素の炭素は10個から20個で、重油は20個から70個です。

これらの中で需要がダントツに多いのが、ガソリンです。にもかかわらず、原油からとれるガソリンの量は十分ではありません。また、質もそれほど良いとは言えません。なので、量も質も満足できる、普段私たちがつかうガソリンは、天然の原油から人工的に合成されたものが多いのです。これから、合成の方法を見てみましょう。

まず、量を増やしましょう。上の図からわかるように、ガソリンの炭素数は多いほうではありません。炭素数の多い重油などの成分は、燃やすと排出する有害ガスの量が多くなるため、使いにくいです。そこで炭素数の多い成分からガソリンを作り出す方法があります。「分解」という化学反応で、炭素と炭素の結合を切ればいいのです。しかし、この結合はとても安定で、なかなか切れません。そこで、ゼオライトの登場!ゼオライトはナイフのように、炭素-炭素結合を切り、ガソリンを作ります。ちなみに触媒がかかわる反応プロセスとしては、「分解」は最も規模の大きいものになります。

次に、質を高めましょう。ガソリンには「着火」するという性質があります。車のエンジンの中では、プラグの火花でガソリンを「引火」させますが、着火は高温になることで火種がなくても自然発火する現象です。エンジンの中で着火してしまうと、ノッキングが起きたりして効率が悪くなるだけでなく、危険です。引火しやすく、着火しにくいというのが理想的なガソリンとなります。着火のしやすさは、炭素の配置で決まります。同じ炭素数では、炭素が直列の化合物は着火しやすくなります。逆に、枝分かれが多いと、着火しにくくなります。この枝分かれを増やす工程は、「改質」といいます。

改質はゼオライトのもう一つの見せ場です。約500℃にして水素で加圧することで、ゼオライトは炭素を一列の化合物から枝分かれのものに変えることができるのです。

私たちはこうやって、より安全なガソリンをより多く、使えるようになりました。ガソリンを安定して提供するには、触媒のゼオライトがとても重要になってきます。それも、安くて壊れにくいゼオライトであれば理想的です。今現在、ゼオライトには何百種類もありますが、その中でも、ある構造のゼオライトは値段が安いことと耐久性が高いことで有名です。それが、フラニゲン博士の開発した「ゼオライトY」です。

第3章:フラニゲンさんとゼオライトY

1929年1月28日、アメリカ・ニューヨーク州バッファローで、元気な女の子が生まれました。彼女がエディス・マリア・フラニゲンです。エディスは三姉妹の末っ子。三姉妹はあるすばらしい化学の先生との出会いがきっかけで化学を目指すようになり、三人とも化学を学びに地元の大学に進学。そして、一番上の姉と一緒にシラキュース大学の修士課程に進学しました。彼女は成績が優秀で主席で卒業したのち、企業の研究者となります。1952年、フラニゲンさんはアメリカの老舗化学メーカー、ユニオンカーバイドに入社しました。

シラキュース大学のキャンパスは伝統的な雰囲気が漂っていますね。
Photo by DASonnenfeld via Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0
(リンクは削除されました)

ちょうどこの頃、石油に新しい用途が見出されていました。それまで石油の用途は船や重機の燃料に限られていたのですが、化学繊維やプラスチックの素材として、また発電所の燃料としても使われるようになりました。さらに、中東で大規模の油田が相次いで発見されたおかげで、石油工業は飛躍的な発展を遂げます。そんな中、大量のガソリンを作るため、安くて耐久性が高いゼオライトが求められるようになってきました。当時は今よりもさらに女性研究者が少なかった時代です。石油業界にも女性はごくわずかしかいませんでしたが、フラニゲンさんには新世代のゼオライトの開発が任せられました。30種類の元素と200種類の構造で組み合わせを変えて、地道に1つひとつ合成して試したところ、ようやくゼオライトYにたどり着きました。

ゼオライトにはたくさんの孔が入っていると述べました。孔のサイズによって、大きい化合物と小さい化合物を選別することができます。また、孔のサイズによって、進みやすい化学反応の種類が変わります。ゼオライトの中に、複数のサイズの孔があれば、複数の反応を同時に進めることができます。そして、1回の反応で複数の生成物が得られるというメリットにつながります。

ゼオライトYには3種類の孔があります。まず、サッカーボールのような構造(下図の紫の部分)。次に、ボールたちをつなぐ六角柱(下図の緑の部分)。最後に、10個のボールにより囲まれた大きな孔があります(下図の赤の部分)。この3種類の構造を同時につくる、かつ構造が安定というのは画期的な成果でした。

ゼオライトYの構造

ゼオライトYは石油の分解反応に、優れた性能を示します。ゼオライトYを使う分解で、ガソリンの生産量は大幅に向上しました。また、ゼオライトYに数種類の金属を入れ込むことで、優れた改質性能も示すことがわかり、安くて安全なガソリンが生産できるようになりました。

その後、フラニゲンさんは石油精製だけでなく、ゼオライトYを使った水の浄化についても研究をしていました。今現在、ゼオライトは洗剤としての利用も期待されているし、福島原発事故で発生している大量の汚染水の浄化もできるのではないかと見込まれています。

フラニゲンさんは画期的なゼオライトを開発することで、安全なガソリンの大量生産を可能にしました。また、ゼオライトの用途を広げました。これらの業績が認められて2014年アメリカ国家技術賞を受賞しています。彼女に賞を授与したのはオバマ大統領です。冒頭のフラニンゲンさんとオバマ大統領のツーショットは、そのときのセレモニーで撮られた写真です。

日本ではいまでも理系の女性研究者はとても少ないです。フラニゲンさんは、少女時代に化学にときめいた時のことを振り返って、こう言っています。「高校の化学の先生は本当に楽しそうに化学を教えてくれました...化学実験をしたときに、私は化学に恋をしたと確信しました」。日本の理工系の分野では、半数以上、あるいは8割9割は男性のところが多々あります。が、女性が理系科目に対する敬遠の気持ちを少し払拭し、その魅力を知ったら、科学に「恋」だってできます。フラニゲンさんのように果敢に科学の先端に立ち、挑戦し続ける女性は、もっと増えてほしいと願うばかりです。

皆さまも以下のサイトから予想に参加してください!
ノーベル賞を予想しよう!2015(現在は公開を終了)

2015年ノーベル賞を予想する
生理学・医学賞①免疫制御の分子の発見とがん治療への応用 (リンクは削除されました)
生理学・医学賞②細胞の中のお掃除係 (リンクは削除されました)
生理学・医学賞③ゲノムを編集するツールCRISPR/Cas9の開発 (リンクは削除されました)
生理学・医学賞④  Coming Soon!

物理学賞①電気を通す絶縁体!? (リンクは削除されました)
物理学賞②あったぞ!太陽系外惑星 (リンクは削除されました)
物理学賞③  Coming Soon!

化学賞①モバイル機器の原動力を開発した男たち (リンクは削除されました)
化学賞②小さな孔から大きな世界へ (リンクは削除されました)
化学賞③縁の下の力持ちDNAマイクロアレイ (リンクは削除されました)
化学賞そのほか Coming Soon!

今年もその瞬間をニコニコ生放送で中継します。
ノーベル賞発表の瞬間をみんなで迎えよう (リンクは削除されました)

「化学」の記事一覧