こんにちは、そしてみなさん初めまして。科学コミュニケーターの伊藤 健太郎です。私は今回がこの未来館ブログ「初投稿」です。専門は地学なので分野がまったく違いますが、専門が違うからこそ、わかりやすく研究成果などをご紹介したいと思います。よろしくお願いします。
では、早速、私、伊藤がノーベル化学賞の受賞者として予想するのはこちらの方々です。スティーブン・フォダー(Stephen P. A. Fodor)博士(1953年生まれ)とパトリック・ブラウン(Patrick O. Brown)博士(1954年生まれ)です。
お二人は「DNAマイクロアレイ」の作製技術を開発し、その普及に貢献しました。
とはいえ、共同研究というわけではなく、手法も違います。
DNAマイクロアレイ?未来館に詳しいあなたならお気づきでしょう。
このDNAマイクロアレイ、実は当館の5階に展示があるんです!
展示自体は少し端っこにあるので、知らなかった方もいるかもしれません・・・。 お二人の業績を紹介する前座として、まずはこのDNAマイクロアレイについてご紹介しましょう。
DNAマイクロアレイの原理
DNAマイクロアレイがどういうものかというと、調べたい細胞でどの遺伝子が働いているのかを、 いっぺんに調べることができる装置です。装置といっても大きなモノでは無く、 手のひらにすっぽり収まるサイズで、DNAチップなどと呼ばれることもあります。たとえば、がん細胞で働いている遺伝子をDNAマイクロアレイで網羅的に調べ、健康な細胞での結果と比較すれば、がん細胞では何が起きているのかを突き止める手がかりとなります。このDNAマイクロアレイは医学や生命科学の研究室で広く使われています。
では、DNAマイクロアレイは、どういう仕組みになっているのでしょうか。 それについて説明する前に、まず「遺伝子が働く」とは、どういう意味なのかを説明しましょう。
私たちの身体は膨大な数の細胞からできています。それぞれの細胞には核があり、その中には全遺伝情報が書き込まれたDNA(デオキシリボ核酸)があります。細胞には、神経細胞、筋肉細胞、 血液細胞など、さまざまな種類がありますが、同じ人であればDNAに書かれた遺伝情報はすべて同じです。 細胞の種類ごとにDNAが変わっているわけではありません。 DNAにはヒトでいうと2万を超える遺伝子がありますが、どの遺伝子が働くかという組み合わせが 細胞の種類ごとに違うのです。
「遺伝子が働く」と書きましたが、もう詳しく言うと、その遺伝子が設計図となっているタンパク質を つくることを意味しています。すべての遺伝子が載っているDNAはとても貴重な存在ですから、 それをもとにタンパク質をつくるときには、必要な箇所である特定の遺伝子の部分だけ、 コピー(mRNA)が取られます。貴重な本なので、本ごと持ち出すことはせず、必要なページだけを複写し、 そのコピーを持ち帰って作業をするようなイメージですね。
DNAマイクロアレイでは、ガラスなどの基板の上に、数千から数万種類のDNAの断片が規則正しくずらりと並んでいます。 もちろん、どの位置のDNA断片がどんな塩基配列を持っているのかはわかっています。 DNAは4種類の塩基からなり、それぞれ頭文字をとってA、T、G、Cと呼んでいます。この塩基が文字となり、 塩基の配列が文字列、つまり情報となっているのです。ここでは詳しく書きませんが「AとT」「GとC」が結合するという 重要な性質があります。
調べたい細胞のなかには、遺伝子からのコピーであるmRNAがたくさん含まれていますが、 このmRNAはすぐに壊れてしまうため、そのままDNAマイクロアレイに使うことはできません。 そこで、調べたい細胞から抽出したmRNAを利用し「相補的DNA(cDNA)」をつくります。 このcDNAに蛍光色素をくっつけてからDNAマイクロアレイに流すと、cDNAは塩基配列のあうDNA断片と結合します。 先ほど紹介した「AとT」「GとC」の組み合わせで結合するのです。結合しないcDNAは流れてしまいますから、 蛍光色素を手がかりに、DNAマイクロアレイ上のどの位置のDNA断片と結合したかがわかり、 そこから、どの遺伝子のmRNAだったのかもわかる仕組みです。
フォダー氏の功績
DNAマイクロアレイでは、基板上に規則正しく、塩基配列の異なるDNA断片を並べる必要があります。 あらかじめ、そのようなDNA断片を用意して1つずつ基板に貼り付けていく方法も考えられますが、 フォダー氏は1991年に半導体製造に利用されていた「光リソグラフィ(Photolithography)」技術を応用しながら、 基板上に1つ1つ塩基を積み重ねていくことで、DNA断片を成長させていく方法を開発しました。
半導体製造に用いる光リソグラフィとは、基板の表面に微細な回路パターンを描くときに使う技術です。 ここでは、基板を覆って保護する物質をすっぽりかぶせた上で、回路パターンの通りにその保護物質を紫外線などで削ります。 削れたところは、基板がむき出しになるので、そこを加工すれば回路パターンが表面に得られるわけです。 フォダー氏はこの技術を応用し、保護物質で光が当たる場所と当たらない場所を変えることで異なる塩基配列を持つ DNAを合成する技術を開発しました。このやり方で、高密度DNAマイクロアレイの製造を可能としたのです。
今でこそ、学際的研究が重要と言われていますが、フォダー氏は今から20年以上前にすでにこうした分野横断的研究を手がけ、しかも彼はベンチャーを立ち上げてしまうのです。当時、フォダー氏はアフィマックス(Affymax)社で研究をしていましたが、 この高密度DNAマイクロアレイへの商業的可能性を見いだし、1993年にベンチャーとしてアフィメトリックス(Affymetrix)社を 設立しました。その後、市販としては世界で初めての高密度DNAマイクロアレイであるGeneChip®を製造・販売したことで、 DNAマイクロアレイの普及に貢献しました。
ブラウン氏の功績
光リソグラフィによる高密度DNAマイクロアレイは市販品であるため、購入すれば誰でも利用することができます。 しかし、大量生産されている市販品の服と色違いの服がほしいと思っても、そのメーカーが作っていなければ入手は困難です。 メーカーは自分のためだけに色違いを作ってくれたりはしません。それと同じように、研究者も自分がほしい、 つまり自分たちの研究に適したDNAマイクロアレイが販売されていなければ、自分たちの研究には使えないということに なってしまいます。自分の研究にぴったりのDNAマイクロアレイがほしいという要望の高まりを受けて、 ブラウン氏はDNAマイクロアレイ上に固定するDNA断片の塩基配列をもっと自由に、もっと安く製造する方法を考案しました。 ブラウン氏は自作でロボットアームを作り、インクジェットプリンターが紙の決められた場所にインクを 的確に落としていくように、小さな金属の針を用いてcDNAが入った溶液を滴下し、スライドガラス上にDNA断片を プリントする方法を1995年に報告しました。インクジェットプリンターのように、特定の場所に特定の溶液を 定着させていくのです。
それだけでも十分な成果だと思うのですが、彼が高く評価されているのはそれだけが理由ではありません。 なんと、翌1996年にロボットの作り方や実験方法などを全てインターネット上で公開したのです。 こうした発見を公表することは自分たちにとって不利益になる可能性があったにも関わらず、 全世界に公表したことによりこのロボットアームを用いたDNAマイクロアレイは多くの研究者が利用できるようになりました。
お二人とノーベル賞との関係
DNAマイクロアレイの商業化とインターネット上での公開という功績が評価され、お二人とも2002年に武田計測先端知財団の 武田賞を受賞しているのですが、この年、同時に武田賞を受賞した方々の中に有名な方々がいらっしゃったのです。 赤崎氏、天野氏、中村氏。そう、去年、青色LEDの発明でノーベル物理学賞を受賞されたお三方も実は今から13年前に この武田賞を受賞されていたのです。私も今回のノーベル化学賞の受賞者リサーチをしていく中で偶然この事実を知りました。昨年からの流れを受けて、ぜひ今回は化学賞でこのお二人が受賞して頂ければと思います。
さいごに
このDNAマイクロアレイという技術は普段の生活の中で目にすることは滅多にないでしょう。 しかし、この技術が急速に普及したことによりがん患者の今後の推定や医薬品の作用メカニズムの解析などの研究が 大きく前進することになりました。みんなの目には触れないけど最先端の医療を支える縁の下の力持ち。 未来館に来た際には、ぜひこの「縁の下の力持ち」になったDNAマイクロアレイの展示をじっくりご覧頂ければと思います。
皆さまも以下のサイトから予想に参加してください!
ノーベル賞を予想しよう!2015(現在は公開を終了)
2015年ノーベル賞を予想する
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今年もその瞬間をニコニコ生放送で中継します。
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