2015年ノーベル生理学・医学賞を予想する④ 輸血の肝炎問題を解決に導く

こんにちは!

最近、油井飛行士の活動を紹介しており、専門の生物学に関する情報発信ができていない樋江井です(本当の専門は学部時代の経済学かもしれませんが・・・)! 

でも、ようやくここで本領を発揮できます、ノーベル生理学・医学賞予想第4弾!
ん?第4弾? 例年、未来館では各賞3候補ずつ予想することになっています。
ですが、個人的にどうしても紹介したかったので、もう1枠追加させていただきました。それが、この方々!

ハーベイ・オルタ―(Harvey Alter)博士

写真提供:NIH Clinical Center

マイケル・ホートン(Michael Houghton)博士らの研究グループ

写真提供:Alberta Innovates- Health Solutions

このお二人は、戦後から1960年代にかけて世界中で問題となっていた"ある感染症"の正体をつきとめ、2000年までに先進国でこの感染症にかかるリスクをほぼゼロにしたのです。その功績が称えられ、医学分野で大きな貢献をした人に贈られるラスカー賞やガードナー賞といった世界の名だたる賞を受賞しております。(ホートン氏はガードナー賞を辞退。(その理由は後述)

彼らが何をしたかというと、

「C型肝炎ウイルスの正体を突き止め、先進国での新規感染拡大をほぼゼロに」

することに成功したのです。

目次
-そもそも、C型肝炎って何?
-1960年代、顕在化した輸血による肝炎問題
-オルター氏、なぞの肝炎の存在を明らかにする
-ホートン氏ら、なぞの肝炎の原因C型肝炎ウイルスを特定
-おわりに~C型肝炎リスクはまだそこに~

そもそも、C型肝炎って何?

C型肝炎はC型肝炎ウイルスが体の中にはいることでかかる感染症です。おもに血液を介して感染しますが、すぐに深刻な状態になるわけではありません。体の中でウイルスが長期的に残り、持続感染が成立すると、慢性肝炎、肝硬変、肝細胞がんと20~30年かけて進行していく病気です。今、日本では年間約3万人が、肝がんが原因で亡くなっているのですが、その75%がC型肝炎によるものだと考えられています。世界保健機関(WHO)によると、今でも全世界で1億3000万人~1億5000万人の人がC型肝炎に感染していると報告されていますし、日本でも150万人~200万人の感染者がいると言われています。

見えないながらも、着実に進行してしまう恐い病気であることは間違いありませんが、今では効果の高い治療法もあるため、治る病気になりつつあります。そして、特筆すべきことは、日本やアメリカなどの先進国ではC型肝炎に新規でかかる人はほとんどいなくなったのです!本日は、このことに注目していきます。

これを解説するために、1960年代までさかのぼっていきます。

1960年代、顕在化した輸血による肝炎問題

写真提供: アメリカ赤十字社

この時代に、アメリカ全土である医療問題が明るみになってきました。

輸血問題

怪我などで大量の出血があったときに、ほかの人の血液を患者の体の中に入れる「輸血」が行われます。ところが、快復後に、輸血した患者の1/3の人が肝炎にかかっていることがわかりました。

1964年、この問題に注目したブランバーグさんという方が原因を調べていくと、血液の中にB型肝炎ウイルスがいることを発見しました。(この功績により1976年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。)

原因がわかれば、それを取り除けばいいよね、ということで1970年代、アメリカではさまざまな施策が行われました

当時、医療機関は輸血用の血液を集めるためにいろいろな人から血を買ってストックをしていました。しかし、この血は、だれそれかまわず集めてきた分、何かしらの感染症にかかっている可能性が高い薬物乱用者の血も混ざっていたのです。これが問題だということで、血液はボランティアから無償で集め、血液の中にB型肝炎ウイルスがないかチェックをするという体制が整えられた結果、輸血患者が肝炎になる割合は劇的に減りました。

お見事!これで一見落着!

と思いきや、それでも輸血すると肝炎になってしまうという「なぞの肝炎」の存在があらわになってきたのです。

オルター氏、なぞの肝炎の存在を明らかにする

「ほんじゃあ、何が原因なんだ!」と世界中の科学者が頭を悩ませているなか、1975年、今回の予想で挙げたオルター氏が率先してこの問題に取り組みました。オルターさんは、「なぞの肝炎」にかかった患者さん100人以上を徹底的に調べあげました。患者さんからは、B型肝炎ウイルスが見つかりませんでした。「食べ物が原因でおこるA型肝炎ウイルスによるものでは?」と考えましたが、それも違いました。

その結果から、オルター氏はこの結論を導きだします。
「これはつまり、『A型でもB型でもない肝炎』ウイルス的なものが存在している」と。※英語でもこんな風に表記さていて、NANBH:non-A non-B(AでもBでもない) Hepatitis(肝炎) という名称でした。日本では「非A非B肝炎」(ひエーひビーかんえん)と訳しています。

1978年、オルター氏は、非A非B肝炎にかかった患者の血液をチンパンジーに注射しました。すると、チンパンジーは肝炎になったのです。非A非B肝炎が感染症であり、ウイルスの存在を後押しする結果となりました。

でも、当時の医学界はこの発見の意義は認めても、それほど大きく注目していませんでした。「A型やB型の肝炎ウイルスは命にかかわるレベルの肝炎を引き起こすことがあるけれども、非A非B肝炎は深刻化しないからな」と考えられていたらです。

ここでオルター氏は、非A非B肝炎が体にどういう影響があるかを調べました。たしかに短期的にみると軽度な肝炎症状しかあらわれないのですが、長期的にみると20%の確率で肝硬変を引き起こす可能性があるということを見出したのです。その結果をうけ、「それは重要だ、調べないと!」となり、非A非B肝炎ウイルスの研究競争がスタートしました。

でも、本当に長い道のりはこれからでした。肝心の非A非B肝炎ウイルスの正体が、それ以上わからなかったのです。人の身体の中にウイルスが入ると、血液中にそのウイルスに対する抗体ができてきます。肝炎に限らず、ウイルスに感染しているかどうかを調べるのに、血液の抗体検査は一般的に行われています。しかし、患者の血液をみてもその抗体も発見できず、患者の肝細胞をみてもウイルスの痕跡が見当たらず、ウイルスの増殖を試みてもうまくいかない。何をやっても失敗つづきでした。

そこで、ホートン氏の研究グループが登場します。

(ここからは、生物の知識が必要になってきます。自信がないという方はおわりにまで読み飛ばしていただけたらと思います。)

ホートン氏ら、なぞの肝炎の原因ウイルスを特定

同研究グループは、「ウイルスの痕跡が見当たらないのは、体内のウイルス数が少なすぎるからでは?」と考えました。ならば増やせばいいのですが、ウイルス自体の増殖はすでに何度も失敗されています。彼らは、当時、できたばかりの遺伝物質を増やす技術を使って、ウイルスそのものではなく、ウイルスの遺伝子断片を増やすことを思いつきました。

ウイルスの遺伝子断片を増やすために当時の新技術「ポリメーラーゼ連鎖反応法(PCR)」を使ったのです。PCRを使えば、あるDNA断片をたくさん複製することができます。できたたくさんのDNA断片を大腸菌などのバクテリアに組み込めば、その遺伝子のタンパク質を作ることできます。ホートン氏は、そのやり方で非A非B肝炎ウイルスが持つタンパク質を生成しようとしたのです。

ホートン氏の研究グループは、非A非B肝炎かかったチンパンジーの血漿からmRNAやDNAをとってきて、それからDNA断片をつくり、バクテリアにタンパク質を作らせました。

しかし、ここでできたタンパク質は、「非A非B肝炎にかかったチンパンジー由来」か「非A非B肝炎のウイルス由来」かはわかりません。そのため、ウイルス由来のものだけをはっきりと特定する必要があります。普通ならば、特定の抗体を使えばいいのですが非A非B肝炎ウイルスを特定する抗体はありません。そこでホートン氏らは、非A非B肝炎の患者からとってきた血清を使おうと考えました。その中に、ウイルスを検知するための抗体があるだろうと考えたのです。血清の中にあるさまざまな抗体を先ほどの実験で作り出したタンパク質と混ぜ、抗体にくっつくものを探してきてきます。その中から非A非B肝炎ウイルスだけを探してくるという、宝探しに近い方法をとったのです。

結果は・・・、抗体と結合したタンパク質はいくつかありました。
そのなかで、非A非B肝炎ウイルス由来のタンパク質がないかを調べたところ、なんと、1つだけ見つけることができたのです。ホートン博士はこのタンパク質を、「C型肝炎ウイルスタンパク質」と名づけました。1989年、世界ではじめてC型肝ウイルスが特定されたのです。オルター氏が非A非B型肝炎の存在を1975年に明らかにしてから、実に10年以上経過していました。

それから、ホートン氏はC型肝炎ウイルスを特定する方法を確立させ、輸血用血液のなかにC型肝炎ウイルスが混じっていないかどうかを検知できる仕組みを作りました。このことにより、2000年までにアメリカや日本など先進国では、輸血による新たな感染の確率をほぼゼロにすることができました。

この成果が認められ、2013年、ホートン氏はオルタ―氏とともに世界的に有名なガードナー国際賞の受賞者にノミネートされました。しかし、ホートン氏はこの賞を辞退したのです(ガードナー賞が設立されてから初めての辞退者)。その理由が「私はチョー博士とコウ博士とともに7年間かけてこの研究をやってきた。素晴らしい同僚達がとれないのであれば、私も受け取ることができない」というものでした。3名までという受賞人数の都合上、研究に携わった人全員にスポットライトがあたるわけではありません。しかし、実際は多くの研究者の努力があってこそ、研究は進むのです。ホートン氏の、一緒に研究を行った研究者をリスペクトする姿勢に私は心の底から共感してしまいました。だからこそ「ホートン氏」個人の成果ではなく、「ホートン氏らの研究グループ」の成果として表記させていただいております。

ノーベル賞も、制度上3人しか受賞できません。正直、私には3人を選ぶことはできません。しかし、肝炎に脅えることなく輸血をうけられるという、現代医療において重要な基礎をつくりあげたこの研究は、ノーベル賞にふさわしいテーマだと思っています。だからこそ、私の本当の予想は「オルター氏、ホートン氏、そしてこの研究に携わったたくさんの方々が2015年にノーベル賞をとる」にさせてください。

おわりに〜C型肝炎リスクはまだそこに〜

ここまで、先進国で輸血からC型肝炎ウイルスに感染することはほぼないと紹介してきたのですが、輸血以外の感染リスクはいまだにあります。特に若者の新規感染者が増えています。消毒のされていない注射器の使いまわし(多くは麻薬などの常習犯)や刺青、まためったにないのですが性交渉や母子感染によるものだと考えられています。C型肝炎は一度かかってしまうと、上で説明したとおり、やっかいなのが特徴です。つい最近になって非常に効果の高い治療薬が開発され、日本でも今年から使えるようになりました。しかし、非常に高価ですし、登場したばかりの薬なので飲んでいる人がまだ少なく、どのくらいの効果があるか本当のところがわかるのはこれからです。予防できるワクチンはありません。だから、まだ注意が必要な感染症であることは間違いありません。特に海外に行くときには、十分注意してくださいね!

皆さまも以下のサイトから予想に参加してください!
ノーベル賞を予想しよう!2015(現在は公開を終了)


2015年ノーベル賞を予想する
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