"新しい天文学"の幕開け! 重力波の直接観測に成功

2016年2月12日未明(日本時間)、アメリカにある「LIGO(ライゴ)重力波観測所」を中心とする研究チームらが、「2つのブラックホールが合体するときに生まれた重力波を直接観測した」と会見で発表しました。

この観測により、いよいよ"新しい天文学"が幕を開けたのです!!

人類は"新しい知覚機能"を持つことに

長い間、私たち人類は宇宙を光(電磁波)を頼りに探ってきました。まもなく打ちあがるX線天文衛星は、X線などで宇宙を見ますが、これも広い意味での光です。

ですが、普段私たちが身の回りの世界を探るときには、光を頼りにした視覚だけでなく、音を手がかりにする聴覚や、触覚、味覚などの知覚機能を使います。

重力波を検出できるようになったということは、これまでの光を頼りにした観測だけでなく、宇宙を探る別の知覚機能を得たと言うことを意味します。

(例えば、ブラックホールからは光が出てこられないので、光を観測する天文学の方法では、"直接"観測をすることは不可能ですよね。)

2015年、ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生、アーサー・マクドナルド先生の「ニュートリノ振動の発見」は記憶に新しいかと思います。

「ニュートリノ」とは、私達の体はもちろん、地球をはじめとした天体をも通過しながら宇宙空間を進むことのできる、素粒子の1つです。

つまり、天体に影響されることなく宇宙空間を進んでいるニュートリノを観測することで、そのニュートリノが生まれた宇宙のはるか遠くの現象を探ることができます。そういった、「ニュートリノを使って宇宙を観測する」天文学を「ニュートリノ天文学」と呼びます。

2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生が開拓したこのニュートリノ天文学は、

それまでの「光(電磁波)を使って宇宙を観測する」天文学に加えて、宇宙を観測する新しい方法として大きなインパクトを与え続けています。

そして、今回の重力波の直接観測の成功。

これは、「光(電磁波)」や「ニュートリノ」を使って見てきた宇宙を、さらにもう1つ"新しい知覚機能"で観測することを可能にしたことを意味します。

重力波という"知覚機能"を使うと、「中性子星の合体」や「超新星爆発時の星の中心部の変化」そして「宇宙の始まり(インフレーション)の際に放たれる"宇宙ひも"の観測」など、非常にエキセントリックな天体現象を観ることが可能になると言われています。

アインシュタインが残した"最後の宿題"

ちょうど100年前の1916年、アルベルト・アインシュタインが「一般相対性理論」を発表しました。

その理論を基にして考えたとき、当時は確認されていなかった、いくつかの物理的な現象が予言されました。

例えば、「重力によって光が曲がる」という現象。

ニュートン力学の世界では起こりえない現象だったのですが、一般相対性理論の発表から数年後、実際にその現象が観測され、現在では「重力レンズ」という名前もついています。

(初めての観測者や観測した年には諸説あるのですが、いずれにしても、観測ずみです)

他にも、水星が太陽に最も近づく近日点の移動や、ブラックホールの存在など、様々な予言がなされたのですが、「ある1つの現象を除いて」はすべて実験で観測ずみでした。

...そうです。その「ある1つの現象」というのが、今回の「重力波」だったのです。

つまり、アインシュタインが残した最後の「宿題」である重力波を、ちょうど100年たった今、直接観測に成功したのです。

もちろん、ちょうど100年、というのは偶然のものではありますが、感動を禁じ得ません!

宇宙のさざ波"重力波"

では、重力波とはいったいどのようなものなのでしょうか?

一言で言ってしまうと、「非常に重い天体が、加速しながら移動した時に生じる、周囲の時空をゆがめる波」のことです。

例えば、たたみ1畳ほどのこんにゃくの中心にピンポン球を乗せ、グッグッと周期的に押したらどうなるかをイメージしてみてください。

きっと、ピンポン球を中心に、こんにゃくが波打つ現象が起こるのではないでしょうか。

もちろんこのイメージだと、波は平面的にしか伝わりませんが、実際に宇宙空間では、非常に重い天体を中心に、四方八方に波が伝わっていきます。

このさざ波が、重力波のイメージです。

今回の観測では、「非常に重い天体」は2つのブラックホールが連星を組んでいる状況でした。

Credits: R. Hurt/Caltech-JPL

それぞれのブラックホールの質量は、太陽の29倍のもの(!)と、36倍のもの(!!)。

これら2つのブラックホールが、お互い相手の周りを回りながら、速度を速めつつ近づいていき、最後には衝突して1つになったのです。

1つになった天体の質量は、なんと太陽の62倍です(!!!)。

...62倍?と、疑問に思われた方もいると思います。

29と36を足しても62にはなりません。3足りません。

実は、その「太陽の質量3つ分」が、衝突の際にエネルギーへと変わり放出され、今回観測した重力波となったのです。

しかも、その衝突がおこったのは、13億年前と発表されています。

つまり、重力波を観測することで、はるか昔の13億年前に起こった事象を確認することができたのです。

"ぴったり重なった"シグナル

2つのブラックホールが合体された際に放たれた重力波は、13億年間宇宙空間を進み続け、LIGOの重力波望遠鏡に届きました。

では、LIGOはどのようなシグナルを受け取ったのでしょうか?

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2015年9月14日9時51分(日本時間14日22時51分)。LIGOの重力波望遠鏡にこのようなシグナルが飛び込みました。

Credit: LIGO

「Hanford」と書かれたデータは、LIGO観測所の1つ、西海岸のワシントン州ハンフォードにある装置で確認されたもの。

「Livingston」と書かれたデータは、やはりLIGO観測所の1つ、メキシコ湾岸ルイジアナ州リビングストンにある装置で確認されたものです。

(LIGO研究所は、重力波のシグナルと、その地域での地面振動から生じるノイズを区別するために、複数の観測所を持っています。)

このグラフを見ると、2台の装置がそれぞれ受け取ったシグナルは、同じ形をしており、しかも時を同じくして観測されたものであることがわかります。

しかもなんと!

それらのデータは、「Predicted」と書かれた、白く細い予測値ともほとんど同じ形をしていることがわかります!

さらになんとなんと!!

縦軸に書かれた「strain」とは、空間のひずみ(ずれ)のことです。その単位を見てみると、「10のマイナス21乗」。

これは、「地球から太陽までの間で、空間が水素原子1つ分ほどひずんだ」ぐらいの本当に本当に微細な量です。

(もちろんシグナルの形が予想値とほぼ同じことに感動すべきなのですが、私は「こんな微々たる量を観測できるのか!!」とそっちのほうに感動してしまいました。)

We did it!!

このようなシグナルを観測した後、念には念をということで、約5ヶ月あらゆる他の可能性を検証し、潰してきたそうです。

その上での、今回の会見。

会見の冒頭では、デビット・ライツLIGOリーダーが、

「We have detected gravitational waves. We did it!(私たちは重力波を検出しました。私たちはやったんです!)」

と興奮しながら発表しました。

その場にいた記者からも大歓声があがり、会見を中継で見ていた世界中の研究者からも、たくさんの賞賛の声があがりました。

アインシュタインが「宿題」を出してから100年。

いかにたくさんの研究者たちが、情熱を持ってこの宿題に取り組んできたかが感じられる、熱い瞬間でした。

重力波直接観測のインパクトは?

このブログの中で、何回も「直接観測」と書きましたが、実は「間接的」には、すでに重力波は観測されています。

観測したのは、ハルスとテイラーという科学者で、「連星パルサー」という互いに重力を及ぼしながら回転する天体を調べた結果、間接的発見に至りました。1972年のことでした。

その功績が讃えられ、彼らは1993年にノーベル物理学賞を受賞しています。

さて、今回の観測は、重力波を"直接的に"とらえたものです。

「すぐにでもノーベル賞をとるのでは」との声も聞かれます。今年のノーベル賞受賞者発表が今から楽しみですね!

また、ニュートリノ望遠鏡であるスーパーカミオカンデのある岐阜県神岡鉱山にはKAGRA(かぐら)という重力波観測所が建設中で、3年以内に世界各地でいくつかの重力波観測所が立ち上がるといいます。

それにより、重力波が到来する方向を精度よく決めることができるようになり、同時に電磁波でも観測することで、天体現象をさらに詳細に調べることができるようになります。

「重力波」という新しい"知覚機能"が、私達の宇宙観、そして世界観を変えていくのは、間違いなさそうです。

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