みらいのかぞく出張シンポジウム!オーダーメイド医療を考えました!

3月22日(水)、「遺伝情報共有って、どういうこと?~変わる医療と家族のみらい~」と題し、

オーダーメイド医療をテーマにしたシンポジウムを開催しました。

「オーダーメイド医療の実現プログラム 」の一環として、

東京大学医科学研究所、理化学研究所生命医科学研究センター、そして未来館の三者が協力して開催したこのイベント。
多くの方にご来場いただき、遺伝子やゲノムのこと、オーダーメイド医療の現在や未来について、ともに考えることができました。

皆さんは、「体質的にここが弱い」と感じることはありますか?
私は風邪を引きやすいです。のどの痛みから始まって、喘息のようになって1ヶ月以上治りません。
病院に行くと症状に合わせて何種類かの薬を渡され、成人の標準的な量を飲むよう指示されます。けれども正直なところ、あまり効いている実感はありません。
私の場合、それはほとんどが日頃の不摂生のせいかと思われます。
しかし、ある病気のかかりやすさに、その人の遺伝的な体質が関係していたり、薬の効果や副作用の出方にも影響していたりすることもあります。
つまり、症状だけに合わせた画一的な治療では、対処しきれない部分も今の医療にはある、ということ。

オーダーメイド医療とは、遺伝的な体質に合わせて薬などの治療法を選んだり、かかりやすい病気を予測して、予防を試みたりする新しい医療のことです。
すでに、いくつかの病気で遺伝子の情報をもとに処方する薬を決めたり、用量を調節したりということが行われています。
さらに研究が進んで、遺伝子の情報と病気・薬の関係が詳しくわかってくれば、もっと多くの病気でオーダーメイド医療が実現するかもしれません。

このシンポジウムでは、そもそも「遺伝子」や「ゲノム」とは何で、それを調べることがどう役立つか、オーダーメイド医療の実現に向けた研究が今どのように進んでいるかということについて、講師の先生方からお話をうかがいました。

講演①:遺伝子とわたしたち~みんな持ってる・みんな違う~
...桃沢幸秀さん(理化学研究所)

私たちは誰もが、細胞の中に「ゲノム」と呼ばれる生命の設計図を持っています。
ヒトの場合、約30億個の文字(実際には、DNAという物質を構成する「塩基」という4種類の物質の並び)で書かれています。

個々の情報のまとまりが、「遺伝子」です。ゲノムの文字(塩基)の並び方には、個人間でわずかに違いがあり、それがその人の様々な体質、個性などを決めています。

桃沢さんは、この30億文字のどれが病気のかかりやすさに関係しているかを調べています。
健康な人と患者さん、大勢の人のゲノムを比較して、患者さんにより多く見られる文字の並び方を探す「関連解析」と呼ばれる研究手法です。
30億って、すごい情報量...と思ってしまいますが、桃沢さんは「ここ10年のゲノム解析技術の大きな進歩により、『そうは言ってもたかだかたったの 30億』というレベルになってきた。」と言います。
多くの病気の発症には、遺伝要因と環境要因(生活習慣など)が複雑に関係していますが、環境要因からのアプローチだと、病気に関係がありそうな因子がどれだけあるか絞りきれませんし、それ以外の条件を揃えるのも大変です。
一方、遺伝要因の場合は、30億文字という有限な情報を調べさえすれば、より確実に生命現象の理解に近づけます。
最近は文字の違いが現れやすい約100万カ所を一度に調べることもできますし、30億すべての文字についても以前より格段に速く安く調べられます。
それなら「たかだか30億」にもうなずけますね。

他にも、桃沢さんは病気につながる文字の違いの発見から病気の成り立ちが解明された例を紹介しました。
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)にさらされてもエイズを発症しない、特別な体質を持つ人がいます。
HIVは体内に入ると、血液中の白血球の一種であるT細胞に侵入します。
エイズを発症しない人たちのゲノムを調べたところ、T細胞の表面を覆っているCCR5というタンパク質をつくる遺伝子が壊れていることがわかりました。
HIVはこのタンパク質を足がかりとしてT細胞に侵入するため、CCR5のない人たちは感染しないのです。
この発見をもとに、CCR5に働きかけて細胞へのウイルスの侵入を防ぐ薬が2007年に開発されました。
なるほど、ゲノムや遺伝子を調べるって、人間の身体や病気のことをより深く理解するための近道なのかも!

人間の病気の研究者であり、実は獣医師でもある桃沢さん。講演の最後には、動物のお話もでてきました。
私たち人間は、多くの遺伝子を他の生物たちとも共有しています。
遺伝情報は、生命現象の理解や病気の治療・予防などにも役立てられる人類の財産であると同時に、生命の長い歴史の中で受け継がれてきた、生物全体の財産でもあるのです。

講演②:何ができる?どう変わる?オーダーメイド医療とわたしたちの未来
...湯地晃一郎さん(東京大学医科学研究所)

湯地さんは、血液内科医として診療や研究に取り組みながら、「バイオバンク・ジャパン」という日本のゲノム医療研究の土台となる組織でもお仕事をされています。

「バイオバンク」とは、一般の方や患者さんから提供されたDNA・血清などの検体を保管する「倉庫」と「データベース」のこと。
バイオバンク・ジャパンには現在約20万人分の検体が保管されており、桃沢さんはじめ、世界中の科学者が研究に活用しています。

バイオバンク・ジャパンの検体を使って得られた、オーダーメイド医療の推進に役立つ知見について、湯地さんからいくつか紹介がありました。
例えば、お酒を分解するための2つの遺伝子の働きが弱く、かつお酒とたばこの両方を嗜む人は、
2つの遺伝子の働きが強く、禁酒・禁煙を貫く人に比べ、なんと189倍も大腸がんにかかりやすいことがわかったそうです。
お酒の飲み過ぎも喫煙も、身体に良くないとは知っていたけれど、こうやって具体的な数字で示されると説得力が増しますね...。
お酒に弱いという自覚のある人は、無理して飲まず、禁煙した方が健康には良さそうです。
たくさんの人の遺伝情報を調べ、比較することで、病気の治療や予防に役立つ様々な情報がわかります。
それを意識して生活することで、研究の成果を自分の健康づくりに活かすことができるのです。

これとは別に、個人が自分の遺伝情報を調べ、病気のリスクを知り、予防に役立てたケースもあります。
女優・映画監督のアンジェリーナ・ジョリーさんは、自分が乳がん・卵巣がんになりやすい遺伝子変異を持つことを知り、予防のため乳房を切除する手術を受けました。
湯地さんは、家系図を示しながら、病気のリスクを調べる遺伝学的検査に伴うさまざまな問題点について会場に問いかけました。

「アンジェリーナ・ジョリーさんの遺伝子変異は、その兄弟姉妹、子ども達も持っている可能性があります。
彼らの遺伝学的検査はどうする?検査を受けて、もし変異が見つかったら?結婚するとき、パートナーにそのことを伝えるべき...?
遺伝情報は血のつながった家族の間で共有されているので、自分ひとりの問題では終わりません。
遺伝学的検査を受ける前に、そのことをよく考えておく必要があります」。

オーダーメイド医療が社会に浸透していけば、自分で自分の遺伝情報を知り、健康管理に役立てる機会も増えることでしょう。
家族の病歴に関心を持ち、遺伝のこと、健康のことについて家族で日頃から話しておきたいと感じました。

パネルディスカッション:家族で、そして社会で...遺伝情報の共有って、どういうこと?

パネルディスカッションでは、医学研究のあり方について社会学・倫理学の側面から研究されている、東京大学医科学研究所の武藤香織さんにもご登壇いただき、社会の中で遺伝情報を共有し、役立てるということについて講師のお二方と話し合いました。
多くの人の検体を集め、保管しているバイオバンクは、私たち市民の理解と協力があって初めて成り立つ仕組みです。

武藤さんは、「ただ検体を提供して終わり、ではなくて、研究者との結びつきを深め、その後の研究の進展に関心を持って見守る必要がある」と、
研究参加者のより主体的な参画を呼びかけました。

続く質疑応答では、会場からも真摯な声が寄せられました。

まずは、「オーダーメイド医療をもっと身近に、もっと一般の人に知ってもらうにはどうしたらいい?」というご質問から。

「学校教育での取り組みはもちろんだが、既に学校を出た人がアクセスできるような情報源をつくること。
そして、芸術の世界や、映画・ドラマ・小説などフィクションの世界では、こうした医療を題材として取り上げているものもあるので、こうした情報にアクセスしやすい仕組みをつくること」(武藤さん)、

「遺伝学的検査を受ける人にとって、利益のある検査を提供することが大切。結果を知り、介入できることが増えるともっと広まるのではないか」(湯地さん)、

「遺伝子を知ることへの恐怖心がみんなの心にまだあると思う。
しかし、歴史をふり返れば、臓器移植や輸血など、今では当たり前でもやりはじめた当時は非常に大胆と思われたであろう治療がこれまでも試みられてきた。
ゲノム医療の意義について科学的・倫理的な議論が進み、その知見が社会で蓄積・整理されていけば、一気に広まると思う」(桃沢さん)

と、最初から核心をついた質問に大きくうなずきながら、3名の講師がそれぞれ意見を述べました。

そして、バイオバンク・ジャパンに検体を提供予定の方からは、「自分の病気の研究がどれだけ進んだか、自分の検体がどう役立ったかがわかるWEBサイトが欲しい」というご要望が。
武藤さんから、「対象の疾患が多いので作業は大変だと思うが、頑張りたい!」という力強い返答がありました。

また、「オーダーメイド医療の普及に一番近い病気・適した病気は何ですか?」というご質問には、

「病気によって遺伝学的検査の意義は異なる。例えば乳がんでは、遺伝性のものとそうでないものがある。それらを切り分け、さらに治療方針を決めるのに、すでに役立っている。」(桃沢さん)

と、「一番」を絞り込むのはなかなか大変、という回答が。
いろいろな病気で、少しずつオーダーメイド医療は始まってきているのですね!

こんなふうに、研究者、医療関係者、そして市民のみなさんが集う場で、オーダーメイド医療について意見交換ができ、本当によかったと感じます。
すべてを語り尽くすには時間が足りないほど、充実した議論でした。

未来館でも、常設展5階の「ともにすすめる医療」にて、オーダーメイド医療についてご紹介しています。

遺伝情報を病気の治療や予防に活用することについて、展示を見ながらぜひ一緒に考えてみましょう!
みなさんのお越しをお待ちしています!

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