手術は痛い・・・ 手術は怖い・・・
できれば受けたくない手術ですが、いざというときに私たちの命を守る大切な医療です。
もしも、自分のお腹にメスが入ると考えると・・・
手術を受ける患者としては、やはり上手にしてほしいもの。
そして、する方のお医者さんだって、もちろん上手な手術で患者さんを救いたいはず!
そんな中、お医者さんをとりまく「医療機器」のさらなる開発により、「上手な手術」をサポートする研究が進んでいます。
ロボットやコンピュータの技術が進展した今、それを活用することで、患者さんにもお医者さんにも幸せな手術が目指されています。
未来館では、千葉大学フロンティア医工学センターより中村亮一氏をお招きして、情報技術と手術の未来について考えるトークイベント『情報技術で手術が変わる!?』を7月23日に実施しました。
「手術のうまいお医者さんをふやすにはどうすればよいですか?」
皆さんはどのように考えますか。
会場からは
・患者のダミー人形やVR(バーチャルリアリティ)技術を使ってお医者さんがたくさん練習する!
・手術に必要なスキルの実技試験する!
・お医者さんの研修機会を充実させる!
などなど、たくさんのアイデアをもらいました。
この問いに対し、中村先生が研究している「コンピュータ外科学」はどのような可能性をもっているのでしょうか。
手術は「大きく切る」から「切らない」時代へ
まずは、現在の外科手術がどうなっているのかを紹介しましょう。手術は時代とともに変わってきました。かつては、悪いところをきちんと治すために、おなかを大きく切り開いて、よく見て、臓器を手で触り、直接確認しながら悪いところを処置する手術でした。しかし、手術の大きな傷は、治るのに時間がかかり患者さんの負担が増します。
そこで、今ではできるだけ「切らない」手術が求められるようになってきました。例えば、内視鏡を使った手術では、お腹には小さな穴だけをあけ、そこからカメラや手術器具を入れて、映像をとおしてお腹の中をのぞきながら処置をします。内視鏡を使うこの方法だと、傷口は小さいため、術後の痛みは少なく、早く退院できる、患者さんにとって優しい手術となりました。
お医者さんには難しくなった手術、それでもうまい手術をしてほしい
患者にとって優しくなった手術は、お医者さんにとって難しくなった手術でもあります。これまで自分の目で見て、手で触れていた臓器を、カメラ越しの映像でとらえることになるので、実態をつかむのはより難しくなります。また、自分の手と患部との距離は遠く、道具を動かせる範囲もせまいなかで緻密な作業をしなければなりません。
「手術が難しくなったのだから、失敗しても仕方がない」という訳にはいきません。お医者さんは忙しい日々の中、腕を上げるべく毎日努力をかさねています。
そんなお医者さんたちを助けようとしているのが、中村先生がとりくむ「コンピュータ外科学」です。
これは、難しい手術をコンピュータや機械で手助けしようというもの。これまでにも、手術の発展は、お医者さんによる新しい手術法の開発や地道な修行だけでなく、様々な機械、「医療機器」の開発によって支えられてきました。いまではこのようなシステムが活躍しようとしています。
「手術のうまいお医者さんになる」を手助け【手術の技能分析システム】
手術がうまいとされる医師と、そうでない医師とでは、技量にどのような違いがあるのでしょうか。中村先生は、手術中のお医者さんの手先をカメラでとらえ、その動きなどをコンピュータで分析し、技量の違いを調べるシステムをつくり研究をしています。
このシステムでは、たとえば、カメラの記録とコンピュータの分析から「器具が動く速さ」「器具の位置」「器具の分布密度(余計なところで器具を動かしていないか)」「作業にかかる時間」などの特徴をしることができます。そして、このシステムを活用してできることが、医師の手術技量評価。
【手術前のトレーニングで自分の腕前を客観的に評価】
お医者さんは、患者さんの身体にメスを入れる前に、練習キットなどで技量を高めてから手術に臨みたいもの。そして、お医者さんが練習をする際にこのシステムを使うと、手術前の自分の技量を評価することができます。
たとえば、お腹のなかで組織と組織を縫い合わせる作業を練習するときに、その器具の動きをカメラで記録します。
B先生は、もう少し練習が必要かもしれません・・・。
このように、必要患者さんの身体で実践するまえに、今の自分の作業がどうだったのか、練習キットとカメラ一台あれば評価できるのです。もちろん、自分自身を練習の前後で比べることもできます。このシステムの他にも、VR技術を使って練習するものがすでにありますが、それは1000万円をこえる高価なもの。より手軽に、効果的な練習ができるシステムが研究され製品化されようとしています。
【経験の浅いお医者さんに足りていない技能を評価】
手術前のトレーニングの評価だけでなく、実際に手術中のお医者さんからデータを得ることも実践しています。これは鼻の手術。熟練のお医者さんと、まだ経験の浅いお医者さんの手術の様子をこのシステムで測定してみました。すると、「器具を取り扱う速さ」「カメラの操作角度」「手術中の器具の寄り道の度合い」「両手の位置関係」などにちがいが見られました。
これまで、「手術がうまいお医者さんはどうやら器具を入れるここの角度が違うらしい・・・」などと言われてきたものが、本当にそうなのか、さらに具体的にどこに差が生まれているのかを知ることができます。
また、経験の浅いお医者さんは、自分の手術の分析結果を熟練医と比較することで、自分の手術のどこにどのような課題があったのか、どうすれば「うまいお医者さんの手術」に近づけるのかを知ることにつながります。
手術の技能分析システムがもたらすもの
手術を受ける患者さんはうまいお医者さんに手術してもらいたい、手術をするお医者さんは早くうまい手術をしたい、そのために、「そもそも『うまい』とはなんぞや?」を点数化して明らかにするのはひとつの方法です。中村先生は、このシステムがもたらす効果をこのように考えています。
たしかに、このような効果を考えると、多くのお医者さんが効果的に自分の技能を伸ばし、ひいては、全国の患者さんがどこの病院でも質の高い手術をうけることにつながる可能性がありそうです。会場の多くの方々も、特に患者の立場からこの効果に共感していました。なかには「医者の実力の見える化ができてよい」という声もありました。
しかし、このシステムは良いことばかりと簡単には言えないかもしれません。
中村先生ご自身も次のような懸念をもち、このようなシステムで数字をつけることが本当に社会に受け入れられることなのか、皆さんと一緒に考えたいとこのイベントに臨んでいました。
この点について、会場の皆さんからあがった意見と、それに対する中村先生の思いを紹介します。
来館者:なにをうまい状態として100点満点にしているのですか。
中村先生:1番正しい医療がなにかを一つに決めるのはとてもむずかしい。今やっていることは、手術がうまいとされているお医者さんたちのデータをたくさん集めてきて、およそ、このようなやり方が正しいのだろうと推定している。本当に、これが正しいかどうかは、実際にはわからない。また、お医者さんによっては、手術はうまいがそのやりかたが独自な方もいる。その人をこのシステムで評価しようとすると、点数としてとても低くなる可能性がある。うまいとはどのようなものか、これからも問い続けなければならない。
来館者:技量を点数化して客観的にとらえるのと、それを公表するのとでは違いもあると思うのですが。
中村先生:すでにお医者さんのなかには専門医、技術認定医という制度がある。ここに、このシステムをつかってもっと細かな基準をつくり、「このお医者さんはここまでの手術が可能ですよ」と「公表」する使われ方がよいかどうかは確かに難しい。このシステムは、まず、免許制度や最低限度のラインを超えるために使われるシステムになると考えている。「うまいというのはこのような状態」と出すのが最初の段階で、そのうまさの評価をどう活用するかを考えるのは次の段階。
来館者:この評価システムの点数が、外科医を志して励んでいる人の気持ちを摘むものであってほしくないです。
中村先生:私もそのようになってほしくはない。手術に必要な技術には比較的容易なものと難しいものとがある。練習を始めるとすぐにうまくなる技術、徐々にうまくなる技術、時間をかけて練習しあるときから急激にうまくなる技術など。今後データを多く集め、分析することで、その技術は習得が早いものかどうか分かるようになるかもしれない。そうすると、「この技術の習得は時間がかかるからこれから練習を続ければ大丈夫だよ」とシステムが外科医を志す人を励ますように将来的になる可能性もある。そのようなものになってほしい。
この評価システムをこれから導入しようとするうえで、会場の皆さんからあがった意見はとても大切なものだと感じました。新たな科学技術が私たちに何をもたらすのか、「技術的に可能になったこと」、「社会に迎え入れたときにおこりうること」、それに対する「私たちの思い」を研究者とともに考えることが大切かもしれません。患者さんにもお医者さんにも幸せな医療のために、こらからも中村先生のご研究を応援したいと思います。
このイベントでは、「手術の技能分析システム」を主にとりあげましたが、中村先生は他にも、お医者さんの手術をサポートする医療機器の開発も手がけています。いくつかご紹介します。
「見えない」を手助け 【手術ナビゲーションシステム】
あとどのくらいで患部に届くのか、途中に大事な血管はないだろうか、お腹に差し込んだカメラから得られる映像だけで、お腹のなかの様子をとらえるのは難しいもの。より正確に知るために、例えば、目標とする患部までの距離を、まるでカーナビのように画面上に表示するシステムが研究されています。
「いま手術道具はお腹のなかのここにあって、この先に大きな血管がありますよ」などとコンピュータから教えてもらえれば、間違ったところを傷つけるリスクは減るかもしれません。
「せまい、難しい」を手助け 【手術ロボット】
手術中もお腹の心臓は動いています。この動いている臓器に、例えば、薄い細胞のシートを貼り付ける手術はとても難しい。人間には難しいこのような作業を、上手にこなすロボットも研究中。ロボットにこの心臓の動きを観測させ、同じように動いてもらいます。心臓と同じリズムで動くロボットからこの動く心臓を見れば、それはとまっているも同然。せまい空間のなかで難しい作業をするときに、ロボットの力がお医者さんを助けるかも。
「長時間、集中」を手助け 【ウェアラブルチェア(アルケリス)】
長時間、窮屈な姿勢で数ミリ単位の細かな作業に集中しつづけなければならないことは、手術中の医者さんにとって大変。このウェアラブルチェアを装着すると、中腰の姿勢で「座る」ことができます。電源も不要で、装着するだけで、身体を安定させて手術に臨むことができます。
たのもしい医療器具たち、難しい手術でもお医者さんを手助けしてくれそうです。
ロボット技術やコンピュータ、情報通信技術などが発展したいま、私たちが受ける手術はこの先どのようになるのでしょうか。
未来館の常設展示「ともに進める医療」で『ロボット手術支援』を体験しながら。これからの医療についてみなさんも考えてみませんか。