こんにちは。浜口です。
科学コミュニケーターの仕事を始めて、早三年。研究者と市民の皆さんをつなぎ、科学を身近に感じてもらえることを目指して、「伝わるコミュニケーション」を入社以来ずっと心がけています。しかし、コミュニケーションとは非常に奥深いもので、勉強の日々はまだまだ終わりそうにありません。
5月28日(Part 1)、6月4日(Part 2)と2週連続で開催した「脳科学の達人2017プレゼンプレビュー」は、脳科学の最前線で活躍している研究者が一般の皆さん向けのプレゼンテーション技術を磨く場として、本番の市民公開講座に先立って行われたイベントでしたが、私たち科学コミュニケーターにとっても多くの学びがありました。
この記事では、イベントをふり返りつつ、6人の先生それぞれが体現されていた素敵なプレゼンテーションの秘訣を紹介します。ぜひ、仕事や学校でのプレゼンの参考にして下さい!
①情熱を持って語り、新しい世界を見せるべし!
プレゼンを通して語り手自身の情熱が伝わってくると、今まで興味を持ったことのないテーマでも、つい夢中になって聞いてしまいますよね。
鳥の美しい鳴き声をBGMに、森林を散策するのは心地よいものです。しかし、脳科学的な関心を持って鳥の鳴き声に耳を傾けたことがある人は少ないかもしれません。Part 1最初の登壇者・矢崎陽子先生(沖縄科学技術大学院大学)は、キンカチョウという鳥のオスがメスを誘うときの歌に注目しました。耳で聞いた親鳥の歌を真似てひな鳥が歌をおぼえる背景に、どんな神経メカニズムがあるかを研究することで、「感覚(聞く)」-「運動(歌う)」という2つの身体機能が関わる学習の仕組みを深く理解しようとしています。
「研究愛」あふれる熱い語り口に、会場は一気に矢崎先生の世界へ引きこまれていきました。「キンカチョウの歌の学習には、音とリズムどちらが大切?」などの問いかけに対しては、前提知識がない分、私たちも子どものような純粋さで向き合えたように感じます。次に森を歩くときは、鳥の鳴き声の聞き方も変わりそう!世界が広がる喜びを味わえたプレゼンでした。
②「共感」で聞き手とつながるべし!
「あ-、わかる!そうだよね!」と思わず共感してしまう話題は、聞き手を引きつけるコツかもしれません。次の登壇者、高橋阿貴先生(筑波大学 行動神経内分泌研究室)は、共感をフルに活用して会場の皆さんを味方につけていました。
まずは自己紹介で動物好きな参加者の心をぐっと掴みます。プレゼンの題名は「けんかと暴力の脳科学」。誰もが何かしら思い当たる経験のあるテーマです。先生は、参加者の皆さんが共感できるポイントを各所に散りばめることはもちろん、「...と思われますよね。でも実は...」と、参加者の気持ちに寄り添い、自らも共感を示すことを忘れません。先生の優しい語り口からはけんかと暴力の研究なんて想像もつかないのですが、攻撃性をコントロールする脳のネットワークの研究は、裏を返せば、優しさや穏やかさの研究なのかも...。
語り手と聞き手が互いに共感し合える関係を作ることは、話に関心を持ってもらうだけでなく、後で紹介する「語り手自身の魅力を伝える」ことにもつながります。イベント後の懇親会では、高橋先生の研究に関心を持った参加者の方と引き続き熱い議論が繰り広げられていました。
③全体のストーリーを意識すべし!
Part 1最後の登壇者、勝野雅央先生(名古屋大学大学院医学系研究科)のプレゼンは、「私とコウモリにはある共通点があります」という自己紹介から始まりました。それは「優柔不断なところ」。哺乳類なのに翼を持つ「どっちつかず」なコウモリにご自身を重ね合わせているそうです。
勝野先生は、「球脊髄性筋萎縮症」という病気を研究しています。脳や脊髄の運動神経細胞の障害により、手足の筋肉や、ものを飲み込んだり、言葉をしゃべったりする時に使う筋肉が衰えてしまう、遺伝性の病気です。病気のメカニズムの解明から、薬の候補を見つけ出し、実際に患者さんで試してみるまで、勝野先生のプレゼンは実にドラマチック!まるで、先生の研究過程を私たちも追体験しているかのようです。
そして、終盤のまとめで「優柔不断なコウモリ」に話が戻ってきた時、その鮮やかな流れに思わず膝を打ったのは私だけではないはず!ここでの優柔不断は決してネガティブな意味ではありません。基礎と臨床を行ったり来たりする研究は、医師と研究者、2つの顔を持つ勝野先生だからこそできること。「頼んだよ、先生!」という思いで会場がひとつになり、Part 1は何ともあたたかな雰囲気で幕を閉じました。
④心だけでなく、行動にも作用すべし!
Part 2最初の登壇者、山田真希子先生(量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所)は、「自分自身についての思い込み」が心の健康に与える影響について研究しています。ストレスいっぱいの現代社会で心の健康を保つことは、多くの人にとって関心の高いテーマです。
私たちの多くは、「自分はそれなりに仕事ができる方だと思う」とか、「容姿は中の上くらいかな」とか、実際よりも少しだけ高めの自己評価を抱くことがままあります。プレゼンでは、これに生物学や心理学の視点から迫っていきました。「私なんて役立たず」「いずれ悪いことが起こるに決まっている」という思いに苛まれ続ける状態を健康とは言えないけれど、かといって、自惚れが過ぎるのも困りもの。自信のちょうどいい着地点はどこにある?...先生はこうした疑問の一つ一つを丁寧に紐解きながら、健康な状態の心で毎日を送るためのヒントも示してくれました。
「プレゼンを聞いて、勉強になった!面白かった!」だけでなく、「今日からこうしてみよう」と、その人の普段の生活に何か変化を起こすようなプレゼンは、私たち科学コミュニケーターの目標でもあります。「ある程度できているので、もう一歩」くらいの自己評価が適切か、はてさて。
⑤トークに加え、スライドでも魅せるべし!
トークが完璧なら、スライドなんておまけ?いいえ、そんなことはありません。トークに加えスライドも優れていれば、向かうところ敵なし、です。
山田先生に続いて登壇した、和氣弘明先生(神戸大学大学院医学研究科)が研究しているのは「グリア細胞」。脳の活動の主役・神経細胞の働きを助ける、脇役とか裏方というイメージでよく語られます。しかし、脇役も裏方も、舞台には欠かせない超重要人物!グリア細胞も同じです。和氣先生はグリア細胞が脳の発達や病気の成り立ちに果たす重要な役割について語りました。
「グリア細胞?何それ?」という人も多いだろうし、内容が難しすぎるのでは...という私の心配など何のその。和氣先生は親しみやすいトークと、特殊な顕微鏡で撮影された美しい細胞の写真・映像で、最後まで会場を魅了し続けました。特に、たくさんの細胞の中を、脳の表層から奥深くへともぐっていく映像や、まるでそれ自体がひとつの生物のように動くグリア細胞の映像は圧巻!魅せるスライドに、もう目が釘付けです。何事も、「どうせ脇役だ、おまけだ」と侮ってはいけないのですね。
⑥語り手自身の魅力も伝えるべし!
よいプレゼンのためには、語り手と聞き手の間によい関係を生みだすことも大切。そのためには、語り手に親しみを感じられる「何か」をプレゼンの中に織り込むと効果的です。
「脳科学の達人2017プレゼンプレビュー」で、一番会場の「笑い」をとっていたと思われるのが、Part 2最後の登壇者、神谷之康先生(京都大学 情報学研究科)。脳の活動を計測し、それを解析することで、その人の思考をあぶり出そうとする「ブレイン・デコーディング」のパイオニアです。先生は、「現代版念写」と表現していました。たびたびメディアにも取り上げられる、世界的にも有名な先生なのに、なぜか身近に感じてしまうのは、要所で挟み込まれる「小ネタ」があまりに絶妙だったからかもしれません。研究についてのまじめな話の合間に、漫画、朝の情報番組、ドラマ、バズったツイート(!)などでアクセントを加える、緩急自在なプレゼンからは、ユーモアあふれる先生ご自身の魅力までもが伝わってきました。
さて、長々と先生方のプレゼンの魅力をご紹介してきましたが、「肝心の研究内容をもっと詳しく書いてよ!!」とツッコミを入れたくて仕方ない読者の方も多いと思います。ネタバレになってしまうのでこの記事ではあまり触れませんでしたが、先生方の研究の詳細は、本番の市民公開講座で、さらにパワーアップしたプレゼンとしてご覧いただけます!ぜひ、脳科学の最先端で活躍する、達人たちの共演をお楽しみください!