少し前になりますが、今年の4月22日、前回のブログでもお知らせしていたトーク番組「これからの"おやこ"のかたち ~第三者が介入する生殖補助医療を考える~」をニコニコ生放送で放送しました。番組の様子を、このブログで詳しく紹介していきます。
まず、今回の番組の目的は、二つありました。
一つは、テーマである「第三者が介入する生殖補助医療」とそこから生まれる多様な親子を知ることです。そしてもう一つは、どんな親子のかたちでも、また子どもを持たなくても生きやすい社会にするために、第三者が介入する生殖補助医療はどうあるべきかをみんなで考える場を作ることです。
そこで準備したメニューはこちら。
1.ゲストのお話
・第三者が介入する生殖補助医療とはなにか
・日本をとりまく実態や課題
・日本と海外の比較
2.当事者へのインタビュー
・第三者の精子提供で生まれた子ども
・代理出産により子どもをもうけた親
・不妊治療の経験がある不妊カウンセラー
3.みんなで考えるアンケート
視聴者の意見を聞きながら、社会のあり方を考える
そう、とても盛りだくさんだったのです。
一度にすべてを書き切るには長くなりすぎてしまうので、パートごとの三本に分けてお伝えしようと思います。一本目となる今回はゲストのお話をお伝えします。
ゲストにお越しくださったのは、苛原 稔 教授(徳島大学大学院産科婦人科学分野/写真右)と武藤 香織 教授(東京大学医科学研究所 公共政策研究分野/写真中)のお二人です。
苛原先生は、生殖補助医療の専門医です。また、日本生殖医学会理事長や日本産科婦人科学会倫理委員長も務めるなど、教育や研究にも熱心に力を注がれています。今も診療現場で患者さんと向き合いながら、先進的な診療に取り組むお立場から、第三者が介入する生殖補助医療とは何か、どんなことができるのか、また現場で問題となっていることは何かについてお話を伺いました。
武藤先生は、今回の番組のベースである「みらいのかぞくプロジェクト」の監修者としてもご協力をいただいており、同プロジェクトのイベントではもうおなじみの先生です。生殖補助医療などの家族と関わりの深い医療を生命倫理や制度の観点から研究を進めるお立場から、こうした医療に関する日本や海外の制度や課題、またこれまでに起きた判例なども交えながらお話してくださいました。
まず、生殖補助医療とは、男性あるいは女性のどちらかに何らかの医学的原因があり、自然には妊娠・出産が難しい場合に、それを手助けする医療のことを言います。一般的には、体外受精(卵子のまわりに精子を浮遊させて受精させる方法)と顕微授精(1個の精子を選び、顕微鏡で観察しながら卵子に入れる方法)を指します。どちらも事前に精子と卵子を採取する必要があります。
苛原先生のお話
第三者が介入する生殖補助医療とは
男性あるいは女性のどちらかが精子や卵子を作れない場合、当人たち以外の第三者から精子、卵子または胚(受精卵)の提供を受ける方法があります。また、女性が自ら妊娠・出産することが難しい場合に、第三者に代わりに妊娠・出産してもらう方法(代理出産。厚生労働省や日本学術会議の報告書では「代理懐胎」と書いています)があります。妊娠から出産までのプロセスで第三者がどこにどのように介入するかによって、生まれてくる子どもと両親との血縁関係にも違いが出てきます。
日本でできることは?
現在の日本では、この第三者が介入する生殖補助医療に関する法律がありません。というと「何でもできるの?」と思ってしまいますが、こうした医療が無秩序に行われないように、日本産科婦人科学会(以下「日産婦」:産科婦人科の医師を会員とする学術団体)は会員に対して、次のような考え方を示しています。
・精子・卵子・胚の提供
→精子提供(非配偶者間人工授精=AID)以外は、自制
これは2001年1月に厚生労働省から日産婦に対し、AID以外の自制を会員に対し促すよう通達があったことに基づいています。
・代理出産
→さまざまな条件が整うまでは禁止
これは日産婦が関係者との慎重な協議を経て出した見解で、生まれた子どもの福祉や代理出産する女性の心身への負担などへの配慮が理由となっています。
(参考)日本産科婦人科学会の倫理に関する見解
(リンクは削除されました)
・提供精子を用いた人工授精に関する見解
・胚提供による生殖補助医療に関する見解
・代理懐胎に関する見解
診療現場では何が問題となっている?
実際に患者さんと日々向き合っている苛原先生は、現場で起こっている問題をあげてくださいました。
・技術が発展していけば、治療を希望する患者がいる。それを否定できるのか?
まさに、患者さんの気持ちと向き合う現場ならではの葛藤です。学会のルールがあるとはいえ本当に断って良いのか、はっきりと線引きをするのが心苦しいこともあるのだろうと想像できます。
・提供者をどう確保するか?
最近は、提供者の名前などを、生まれた子どもが知ることができる権利(出自を知る権利)を保障すべきという世界的な流れがある一方で、匿名性が担保されるからこそ提供者が確保できているという一面があります。出自を知る権利の保障は、提供者の減少にもつながってしまうのです。
・生まれた子どもの法的な父と母は誰なのか?
法律がない現在の日本では、こうした医療により生まれる子どもの親が一体誰になるのかが明確ではありません。育ての親が必ずしも戸籍上の親になるとは限らないのが実情です。
・精子・卵子・胚の提供や代理出産が商業的に行われてしまう
ニュースなどでも報道されることのある話題です。精子や卵子の売買、金銭の授受を伴う代理出産のあっせんを本当に行ってよいのか。これも非常に悩ましい問題だとおっしゃっていました。
どれくらい行われているのか?
では、こうした医療は日本ではどれくらい行われているのでしょうか。法律がないため、全ての件数は把握できていない可能性がありますが、学会などが把握し公表している実績数があります。
下のグラフは、日産婦が例年報告している第三者の精子提供(非配偶者間人工授精=AID)の実績です。苛原先生は同学会倫理委員会の委員長をされており、まさにこの報告をまとめています。AIDはすでに何十年も行われており、生まれた子どもはおそらく2万人にものぼるだろうとのことです。
グラフを見ると、少しずつ減少傾向にあることがわかります。この理由として、精子提供者が減っているからではないかと苛原先生はおっしゃいました。その背景には医療レベルの向上により、提供精子の精密な検査(ウイルスがないかなど)が行われるようになったこと、また出自を知る権利の保障(自分がどのように生まれ、どのような遺伝的ルーツなのかを知る権利を保障すること)をすべきだという議論もあるため、精子提供者の匿名性が保たれなくなる心配が高まっていることが考えられるそうです。
下のグラフは、日本生殖補助医療標準化機関(以下「JISART」)が独自のルールにより承認した卵子提供の実績です。JISARTは、体外受精でもかなり実績のある非常に優れた技術を持つクリニックが集まって作った機関だそうです。そこで倫理委員会を設けて一例一例、卵子提供を慎重に承認しています。
一番多い年で12件。みなさんは少ないと感じるでしょうか?多いと感じるでしょうか?
苛原先生がおっしゃるには、日本ではまだ多いとは言えないが、JISARTが把握していないところで行われている事例もあるかもしれないとのことでした。
法律がない中で、倫理に配慮しながら患者さんのお気持ちに向き合うことが簡単でないことを改めて認識させられた貴重なお話でした。しかし、日本に法律がないのはなぜなのでしょう。また、日本以外の国ではどうなっているのでしょうか。そのあたりを武藤先生がお話してくださいました。
武藤先生のお話
日本と海外を比べると
日本の一番の特徴は、「法律がないこと」と、きっぱりおっしゃっていました。精子提供で何十年もの実績があるにもかかわらずです。
同じく法律がないという点で言えば、アメリカも法律はあまりありません。親子関係は法律で規定されていますが、比較的自由に生殖補助医療ができます。
代理出産をもう少し詳しく見てみましょう。
一番古くから代理出産を認めているのはイギリスで、営利目的で行ってはいけないということを早くから法律で決めていました。その反対がアメリカです。アメリカは法律がないものの分厚い契約書を交わし、非常に細かいところまで契約で決められています。そのため、例えば代理出産した女性が出産後に子どもを渡したくないと言った場合、アメリカでは契約に基づき子どもは必ず依頼した親に引き取られることになりますが、イギリスでは代理出産した女性が親になる場合もあるとのこと。法律と契約、それぞれに特徴があるようです。
また、日本と台湾を比べてみると、同じアジアでも見解が異なります。例えば母親が娘の代理出産をするケースのように、親族間で代理出産が行われることについて、台湾では祖母が母になっては家族の秩序が乱れる恐れがあるとして禁じていますが、日本では非営利を貫くためには母が担う方が望ましいという意見があります。文化や家族観の違いもまた各国の対応に表れているようです。
法律がなければ、裁判で決める
視聴者からこんな質問がありました。
「日本にはなぜ法律がないの?」
この質問には、苛原先生がコメントをくださいました。
1つの理由は、日産婦の自主規制によって比較的うまくいっていたということ。
もう1つは、日本は法律の改正に非常に時間がかかる傾向があるということではないか、とのこと。一度作った法律はなかなか変えられず、時代と合わなくなってくることもあります。けれども、第三者が介入する生殖補助医療の場合は、そうではない場合に比べて親子や社会との関係についてより深く考えるべきことがあるので、やはり法律による社会的な合意が必要なのではないかともおっしゃいました。
ここで、武藤先生が過去の判例についてご紹介くださいました。
親子関係を明確にする法律がないということは、納得がいかない場合は裁判で親子関係を決めることになります。例えば、代理出産で生まれた子の出生届を出そうとしたところ実子と認められなかった事例。あるいは、凍結していた夫の精子を、夫の死後に用いて体外受精により妊娠・出産したところ、夫の子とは認められなかった事例などがあります。
裁判では確かに判決が出ます。しかし法律がない以上、同じようなことがまた起こりえます。法律により最低限のルールを定めておくだけで避けられる争いもあるのではないでしょうか。
国では法律が検討されているの?
学会の自主規制だけでは全てがうまくいっているとは言えない中で、国レベルでもこれまで法律の検討が行われてきました。1998年10月~2000年12月にかけて開催された厚生科学審議会先端医療技術評価部会、生殖補助医療技術に関する専門委員会では、「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」がとりまとめられています。
こうした検討部会が議論を重ねる中で、法律化に向けたいくつかの結論が出されています。中でも各検討部会の合意が得られていることは次のとおりです。
・法律の対象は、第三者が介入する場合の生殖補助医療とすること(特定生殖補助医療と呼ばれます)。
・提供者や生まれた子どもの情報などを管理するための公的機関が必要であること。
・代理出産は原則禁止とすること。
・生んだ女性を戸籍上の母親と定義すること。
・夫の同意を得て行った医療により生まれた子どもは、夫が戸籍上の父親となること(夫はその子どもが自分の子どもであることを拒否できない)。
また、罰則が設けられる可能性があることとしては、
・精子・卵子・胚の売買
・代理出産のあっせん
・医療者の守秘義務違反
があります。
そして、まだ結論が得られていない課題もあります。
・出自を知る権利の保障
・余剰胚の提供
出自を知る権利とは、生まれた子どもが成人になったときに提供者の情報について知ることのできる権利で、いくつかの国ではすでに認められています。また、提供者のプライバシーをどこまで保護するかは国によって異なります。今では、インターネット上で提供者や同じ提供者から生まれた人を探し出すケースもあるようです。
余剰胚とは生殖補助医療の過程で使わなくなった受精卵のことです。これらの余剰胚を、別のカップルの新しい命のために提供してよいのかどうか、あるいは研究利用のための提供はどこまで許容できるかについては、これから話し合わなければならない課題です。
日本でも法制化が検討はされてきたものの、いつ実現するのかはまだわかりません。アメリカのように契約を主とする国もあり、法律がすべてを守ってくれるとは限りませんが、医療を受ける患者や生まれてくる子どもが進む方向を決めるための一つの支えにはなるのではないでしょうか。
さて、ゲストお二人のお話は以上です。
盛りだくさん!でしたね。消化に少し時間がかかるかもしれませんが、まだ続きが残っています。
次回は、当事者へのインタビューパートについてお届けします。インタビューを受けていただいたのはこちらの三人です。
・第三者の精子提供で生まれた子ども
・代理出産により子どもをもうけた親
・不妊治療の経験がある不妊カウンセラー
インタビュー映像内だけではお伝えしきれなかったご本人のお気持ちなども補いながら、貴重なお話を振り返っていきたいと思います。
それでは、次回のブログもお楽しみに。