江戸、現代、未来、鉄づくりの最先端!

みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの片平です。

先日、同僚の科学コミュニケーターが、未来館を訪れてくれた静岡県伊豆の国市立韮山南小学校6年生のみなさんから、こんな冊子をもらいました。

2015年に世界文化遺産に指定された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の1つ、伊豆の国市にある「韮山反射炉」を紹介する手作りの冊子です。韮山反射炉等で配布されているパンフレットを参考に、子どもたちにも分かるように作りなおしたそうです。今回はこの冊子を見ながら江戸時代の鉄づくり、そして現代、未来の鉄づくりのお話をしていきましょう。

韮山反射炉って?

まずは、冊子を参考に、韮山反射炉とは何か、をご紹介していきます。

反射炉とは高温にして鉄を融かすための炉のことです。融かした鉄は、おもに鋳型に流し込んで大砲にしていました。燃料を燃やした熱をレンガで作ったアーチ状の天井に反射させて、一点に集中させることから、反射炉と呼ばれます。韮山では江戸時代末期の1854年に建設が始まり、1857年に完成しました。黒船の来航が1853年、明治元年が1868年ですから、まさに幕末の動乱期にあたります。

現在の韮山反射炉(筆者撮影)

冊子では、この韮山反射炉の建設を主導した人物を大きく紹介しています。

その方は、当時伊豆韮山代官を務めていた江川英龍(坦庵)という人。地元では親しみを込めて「たんなん(坦庵)さん」と呼ばれる領民に慕われる代官でした。当時、海外の国々が船で次々と日本にやってくる時代。江戸にも近い伊豆の坦庵さんは江戸幕府に海を守るため、外国の大砲を作る技術を取り入れること、その大砲を置く台場の建設や海軍を作ることなどを提案しました。江戸幕府は、坦庵さんの意見を採用し、反射炉の建設を坦庵さんに命じました。

しかし、当時反射炉建設のための資料はわずか1冊のオランダ語の書物(ヒュゲェニン『ライク王立大砲鋳造所における鋳造法』)のみ。それを手掛かりに、反射炉に使われる高温に耐えるレンガを作り、反射炉の土台の工事をし、大砲製造のための反射炉以外の設備の建設など、坦庵さんと仲間たちはすべてをひとつずつ進めていきました。天災などにも見舞われ、工事は遅れ、ようやく完成した時、坦庵さんは病ですでに亡くなっていました。

その後、ようやく目的だった鉄製大砲の製造が始まりますが、完成した大砲は、確認されているものではわずか4挺。まだまだ技術的に難しいことも多く、製造はなかなか進まなかったようです。着工からわずか10年の1864年には幕府の設備としての韮山反射炉は廃止されてしまい、明治時代には使われることもなくなってしまいました。

その後、地元の人や国によって修理・工事が行われ大切に残されてきた結果、平成27年に世界遺産に登録されたことが冊子では紹介されています。

しかし、世界遺産として現代にも残されている、とは言え、坦庵さんからすれば、江戸の海を守る大砲を作る、という目的を達成できなかったことは残念だったのではないでしょうか......。

韮山反射炉は「最新」?「最先端」?

現代で鉄づくりの研究や開発に携わってきた私にとっては、反射炉はあまりなじみのない存在です。現代では、反射炉は使わず、転炉と呼ばれる装置を使って鋼をつくる方法が盛んで、日本では年間約8,000万トンの鋼が当時よりもはるかに効率の良い方法で作られているからです。(注:反射炉による大砲製造は鋳造で作られているので、転炉で作る鋼とは少し異なりますが、ここでは各時代で主要な鉄鋼製品の製造方法という意味で転炉鋼と比較しています。)

実は転炉は、韮山で反射炉が作られていたのと、同時代にヨーロッパで発明された技術です。つまり、当時すでに反射炉の技術というのはすでに古くなり始めていた技術だったのです。

「最新」ではない技術に取り組んだ坦庵さんらの努力は、時代遅れの無駄な努力だったのでしょうか?

坦庵さんらの韮山反射炉は「最新」ではありませんでした。

「最新」とは言葉の通り、いちばん新しいことです。一方、似た言葉ですが「最先端」という言葉があります。ある分野で、現在いちばん進んでいるところを示す言葉です。同じじゃないか、と思うかもしれませんが、「最新」の技術でなくても、その技術を今まで使われてなかったある特定の場所で使うことで、その分野でいちばん進んだ成果が得られれば「最先端」と言えるでしょう。

韮山反射炉は「最新」の技術ではなくとも、その知識を得ることも難しい当時の日本を発展させる「最先端」の取組みだったと思います。大砲が製造できただけでなく、後に続いた人たちによって日本の鉄づくりをはじめとする産業は大きく進んだからです。

■現代、未来の鉄づくりの「最先端」

現代の日本の鉄づくりの分野は、世界の「最先端」にあります。鉄をつくるには、鉄を含んだ鉄鉱石だけでなく、鉄に結合している酸素を引きはがすための還元剤になったりする石炭(コークス)が必要ですが、日本には鉄鉱石も石炭も不足しています。だからこそ、資源やエネルギーを無駄なく使い鉄をつくることを究め、この分野では「最先端」の技術を持っています。

RITE システム研究グループ「2015年時点の鉄鋼部門のエネルギー原単位」を参考に筆者作成
現代製鉄法のエネルギーを無駄なく使う技術の一例

そして、さらに今、企業や研究者が注目しているのが、環境に配慮した鉄づくりです。中でも鉄づくりから排出されるCO2の量は、日本全体で排出される量の約15%と言われ非常に多いため、CO2排出量削減の努力が必要と考えられています。

日本ではCO2の排出量を減らした鉄づくりを目指して企業や大学の研究者たちが取り組んでいる「革新的製鉄プロセス技術開発(COURSE50)」というプロジェクトがあります。様々な研究が同時に進められていますが、代表的な取り組みが鉄をつくるために必要な石炭の代わりに水素を使う研究です。

石炭の代わりに水素を使うと鉄をつくる化学反応において、CO2ではなくH2O、つまり水が排出されるので、CO2の排出量を減らすことができます。ただし、水素を使うと石炭を使って得られていた熱が不足するため、余計な燃料が必要になることなどの問題もあります。

高炉で石炭の代わりに水素を使う時の課題

COURSE50では、原料となる鉄鉱石の使い方や水素を使った様々な条件をシュミレーションするなどの研究が進められています。今取り組まれている、未来の鉄づくりの「最先端」と言えるでしょう。

世界遺産の韮山反射炉から現代、未来の鉄づくりの「最先端」についてお話ししました。みなさんも、自分の置かれた場所や条件を見つめなおしてみましょう。オリンピックで金メダルが取れなくても、ノーベル賞に値する発見をしていなくても、あなたがいる場所で、自分の仕事や勉強の分野で努力していれば、それはきっと「最先端」なのではないでしょうか?

韮山南小学校6年生のみなさまへ

みなさんは、もうまもなく韮山南小学校を卒業して、中学生になりますね。ぜひ、みなさんが暮らす韮山でかつて「最先端」を作った人たちのように、みなさんが自分の活躍できる分野で、新しいことに精一杯挑戦し、未来の「最先端」を作ってくれたらと思います。ご卒業おめでとうございます!素晴らしい冊子をありがとうございました。また未来館にも遊びに来てくださいね!

参考資料

韮山南小学校6年生作成「韮山反射炉」

仲田正之「江川坦庵」日本歴史学会編集 吉川弘文館

RITE システム研究グループ「2015年時点の鉄鋼部門のエネルギー原単位」https://www.rite.or.jp/system/latestanalysis/2018/01/Comparison_EnergyEfficiency2015steel.html

日本鉄鋼連盟 COURSE50 HP http://www.jisf.or.jp/course50/

韮山反射炉については、先輩の科学コミュニケーター村嶋恵が書いたこちらの記事もどうぞ。

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