みんなでかぞくを考える~誰もが生きやすい社会のために~

今年の1月27日、トークイベント「みんなでかぞくを考える~誰もが生きやすい社会のために~」を実施しました。今回は2015年度から続けてきた「みらいのかぞくプロジェクト」の最後のイベントとして、これまでの活動を締めくくるものでした。

みらいのかぞくプロジェクトでは、多様化する家族のかたちについて、科学技術だけでなく社会学や人の心といった観点も踏まえながら、誰もが幸せに暮らせる社会のあり方について語り合う場を作ることを目的とし、さまざまな活動を行ってきました。

これまでに家族にかかわる3つの科学技術を取り上げました。

  • ヒト受精卵へのゲノム編集
  • 出生前検査
  • 第三者が介入する生殖補助医療

活動を通してたくさんの方からさまざまな意見をいただき、そこから何が課題であるかが見えてきました。プロジェクトの目的でもある「多様性を認めつつ誰もが幸せに暮らせる社会」のハードルになっている課題、すなわち3つのテーマに共通する"人の心"に関わる課題でした。

みなさんは、自分と周りの誰かとの、ライフスタイルや家族のかたちが違うことで、"なんかもやもやする""なんか居心地が悪い"と感じたことはないでしょうか。人によってはそれが"生きづらさ"になっているのかもしれません。少し難しい言葉でまとめると「葛藤や違和感」です。

例えば、結婚しているかいないか、子どもがいるかいないかといったよくあるケースでも、このような気持ちを感じたことのある方は少なくないでしょう。

今回のイベントでは、この「葛藤や違和感」がなぜ生まれるのかを探り、誰もが生きやすい社会に向かうために、その気持ちとどう向き合っていけばよいのかについてみんなで考えることを目的としました。

 
ご登壇いただいたのは、みらいのかぞくプロジェクトの発足当初からともに活動を続けてくださった武藤香織先生(東京大学医科学研究所 公共政策研究分野 教授)です。

イベントで話す武藤先生

イベント前半では、これまでに取り上げた3つのテーマについて振り返りながら、「違和感や葛藤」の要因について武藤先生にお話を伺いました。

出生前検査

出生前検査は、おなかの赤ちゃんが順調に育っているか知りたい...という素朴な願いから生まれました。生まれる前に赤ちゃんの病気を知ることができれば、家族も、医療に携わる人も、出産に備えて適切な体制を整えられるというメリットがあります。しかし現状、おなかの赤ちゃんに対してできる積極的な治療は限られています。実際のところ、両親は「産むか産まないか」というとても苦しい決断をせまられることも多いです。

健やかに生まれてほしいという願いから生まれた出生前検査が、生まれてくる命を選ぶことになるのではないか?という議論あり、これが「葛藤や違和感」の要因となることがあります。

出生前検査の種類と検査時期

武藤先生に、「子どもをえらぶ技術がなぜ議論をよぶのか」についてお話を伺いました。武藤先生も今まで改めて考えたことのなかった難しい質問だとおっしゃっていました。

この技術の難しいところ、つまり議論をよぶ要因は、子の利益のために使うのか親の利益のためなのかという点だと武藤先生は言います。生まれてくる子の特徴を知り、迎える準備ができるという観点では子どもの利益のためと言えますが、どちらかというと日本では、親が望まない形質の子どもである場合に生むかどうかの判断をする情報として使われる傾向が強いように思うとのことでした。「子どもをえらぶ」ことには賛否の議論があるため、「葛藤や違和感」を生む要因となっているようです。

出生前検査:武藤先生のスライドより

ヒト受精卵へのゲノム編集

ゲノム編集とは、DNAの特定の部分(塩基配列)を狙い、そこに含まれる遺伝子を効率よく改変する技術です。狙ったところを切断することで、もともと持っていた機能を失わせたり、遺伝子の改変で機能を獲得させたりすることができます。

遺伝子が関わる病気への治療が期待されているだけでなく、例えば外見や身体能力なども変えられる可能性を持っています。

ヒト受精卵へのゲノム編集:病気の治療
ヒト受精卵へのゲノム編集:外見や身体能力

この技術をヒト受精卵、つまり赤ちゃんになる前の段階に使う研究を進めてもよいのかどうか、また研究をするとしたらどこまで認めるべきなのかについて議論があります。今はまだ、この技術を使った赤ちゃんが生まれることはありませんが、将来的にもし仮にこれが両親の選択肢の一つとなれば、出生前検査と同じように「葛藤や違和感」の要因となることが考えられます。

武藤先生に、「生命を技術的にコントロールすることは悪いことなのか」についてお話を伺いました。

この技術は、出生前検査と同じく「子どもをえらぶ」ことにつながる特徴に加え、「生命を人工的にコントロールする」という特徴が加わります。世界的にも技術のあり方やその規制について議論がされているところですが、日本でも政府や専門家が議論を重ね、その方針が出されました。まず、ゲノム編集によって遺伝子を改変したヒト受精卵を子宮に戻さない「基礎的研究」は、受精卵が育つメカニズムや病気の治療法の開発など、適切な目的であれば慎重な検討を経た上で実施できるものとしています。一方で、ゲノム編集した受精卵を子宮に戻す「臨床研究」については、以下のような課題があることから、現時点では容認できないとしています。その課題とは、技術的な安全性がまだ確立していないこと、遺伝子の改変による他の遺伝子への影響が現時点では全く予想できないこと、ほどこした改変による影響は世代を超えて引き継がれるが、その影響に伴うリスクを拭える科学的な実証が十分でないことなどです。子どもを救うつもりで行うゲノム編集が、子どもやその子孫、さらには人類集団にもマイナスの影響を与える可能性があるこの技術を、将来的にいったいどこで線引きをするべきかという議論はまだまだ続くと考えられます。

第三者が介入する生殖補助医療

生殖補助医療とは、自然には妊娠・出産が難しい場合に、医療によってそれを手助けする技術(不妊治療)のうち、精子や卵子を体外で扱う高度な技術のことを言い、体外受精や顕微授精があります。

その中でも、精子、卵子、胚(受精卵)の提供や代理懐胎のように第三者が介入するケースでは、血縁のない親子関係となることから、周囲と家族のかたちが違うことによる「葛藤や違和感」に悩む方たちがいます。また、日本でも1984年から行われている精子提供(AID=非配偶者間人工授精)においては、提供者は匿名とされており、事実を知った子どもが自分のルーツに悩むケースもあります。

AID(非配偶者間人工授精)の匿名制度

武藤先生には、技術の発展により選択肢が増える中で、人々が求める家族のかたちの多様化と、どこまでそれを追い求めてよいのかという生命倫理とのギャップについて、お話を伺いました。

日本における生殖補助医療は、出生前検査やゲノム編集が厳しく規制されているのと比べると、法的な規制がなく、実施事例も多い技術です。世界を見渡すと、精子提供からはじまったこの技術は、卵子提供や代理出産など形態も広がり、利用する人の属性も多様化してきました。そんな中、日本では「異性カップルと、自力でもうけた健康そうな子」で構成された家族が「幸せ」「普通」「当たり前」と考えられる傾向があり、これらの技術の利用者に加え、里親・養子縁組の利用者にとっても「葛藤や違和感」を生む要因となっているようです。

生殖補助医療:武藤先生のスライドより

みんなでかぞくを考える

さて、前半での振り返りから見えてきた「葛藤や違和感」となる論点を踏まえ、イベント後半では、参加者に自分の家族観を探るたくさんの質問に答えていただきました。質問への回答は選択式で、参加者が匿名で回答できるよう投票システムを使いました。これは、手元に配ったリモコン端末を使い、回答の番号を押すとすぐに自動集計され、参加者全員がその場で結果を共有できるというものです。

みなさんに投げかけた質問は全部で16問。ところどころで自由に発言する時間もはさみながら進めていきました。

最初の質問は、今回のイベントのキーワード「葛藤や違和感」についてです。

やはり、大半の方が何かしら「葛藤や違和感」を感じたことがあるようです。「みんなもやもやしているんだな」と知れただけでも、私自身少しほっとするような気持ちになりました。

すべての質問と回答結果を表にまとめました。

参加者への質問と回答結果

参加している方は、もともとこうしたテーマに関心のある方が多いと思われ、回答結果にも多様性を受け入れる傾向が見えました。みなさんだったら、それぞれの質問にどんな回答を選ぶでしょうか。

質問の合間に参加者からいただいた意見を少しご紹介します。

まず「葛藤や違和感」をなぜ感じるのかについてのご意見です。その方は、ご結婚をされており、お子さんを持たない選択をされました。共働きのため、日々の家事が追いつかないこともあります。「周りと(家族のかたちが)違うね」と誰かに言われたときに、その方は必ずしも責めているつもりはないけれど、なぜか責められているようにご自身の中でそう感じてしまうことがある、とおっしゃっていました。

私は独身で「結婚はまだ?」と言われることがよくあります。尋ねた人は責めているつもりはないのですが、なんとなく気持ちがもやもやとすることがあります。結婚していないことへの引け目のようなものを無意識に感じているのかもしれない、と自分の気持ちを振り返ることのできたご意見でした。

次に「結婚」についてのご意見です。その方は独身の男性ですが、いわゆる昭和的な価値観から「独身男性はマイノリティ」と感じており、やはり一度は制度上の「結婚」を経験してみたいとのこと。ただ「事実婚」「同性婚」など、今の日本で認められている「異性婚」以外の形は全く否定しないとおっしゃっていました。質問4「法律上の婚姻関係にこだわらない(事実婚でもよい)」に「はい」と答えた方が53%、質問5「同性婚が日本で法的に認められてもよいと思う」に「はい」と答えた方が78%いたことからも、婚姻の多様性には寛容な方が参加者には比較的多かったようです。

また、出生前検査に関する質問8「たとえ重篤な病気や障害があることがわかっても産むと思う」についてご意見をくださった方もいました。その方はお子さんを授かったときに医師から出生前検査を提案されたそうです。もし病気が見つかったらどうするかということを夫婦で話し合いましたが、結果が出てから考えようと決断し検査を受けました。検査で病気は見つからなかったようですが、もし病気が見つかっていたら、その子を受け入れる体制を本当に準備できるのかなど考えることがたくさんあり、この質問には「わからない」とお答えになったとのことでした。

検査を受ける前と受けた後で、ご自身のお気持ちに変化があったかどうかを尋ねたところ、受ける前はやはり「検査を受けることで子どもを選んでしまうことになるのではないか」と感じたそうです。受けた後、大きな心境の変化はなかったものの「受けてよかった」と思えたそうです。このご意見に武藤先生は「受けても受けなくても、その選択がよかったとご本人が思えるような周囲のサポートがあってほしいと思う」とおっしゃっていました。

たっぷり自分の家族観を考え、また他人の家族観にもふれてもらった後、いよいよ締めくくりです。最後にもうひとつ、この質問をみなさんに投げかけました。

最後の問い

みらいのかぞくプロジェクトの壮大なテーマでもあり、このイベントで参加者のみなさんと考えたかったことでもあります。

あらかじめ用意した紙に一人ひとりに答えを書いてもらい、ワードクラウドというシステムを使い、会場全体で共有しました。

それがこちらです。文字が大きいほど、同じ答えが多いことを表しています。

参加者の意見
誰もが生きやすい社会のために大切なこと

それまで、黙々と質問に答えていたみなさんが少し沸き立った瞬間でした。

私自身、「こんなにいろんなことをみなさんが考えてくださっていたんだ」と最後に実感することができました。多くの言葉に「相手を理解しようとする心」が含まれているように思います。

こうして締めくくったイベントでしたが、イベント終了後に何人かの方が話しかけてくださり、「単純に知識を得るために来たつもりが、こんなに自分自身のことについて考えさせられるとは思ってもいなかった」とか「こういう課題を科学館でやることは画期的だし、これからも続けてほしい」といった声をいただきました。

この2年半ほどの活動の中で、これまで知らなかった家族のかたちやそこに関わる科学技術を知るとともに、葛藤や違和感と向き合っているたくさんの方に出会いました。そこには、悩んできたからこそ芯があり、そしてよどみのない言葉がありました。その時々に感じたことは、私自身のこれからの糧です。

これまでの活動が、「誰もが生きやすい社会にするにはどうしたらよいのか」という一つの答えでは語りきれない壮大な問いについて、少しでもたくさんの方が考える場となっていればと願っています。

みらいのかぞくプロジェクトは昨年度をもって終了となりましたが、これまでの活動から得られた知見は、こうした課題について多くの人と語り合うための大切なノウハウとして、今後の活動に生かしていきます。

これまで、みらいのかぞくプロジェクトに関わってくださった全ての皆さまに心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました!

ご参考
トークイベント動画

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