2018年ノーベル物理学賞を予想する

① 光を自在に操る人工素材!

20世紀の進歩を支えた技術は、"電気"を巧みに操るエレクトロニクスだった。そして次は、"光"さえも自在に操ろうと挑戦が行われている...

 

 

こんにちは!ノーベル物理学賞チーム、通称「ぶつりーず」の伊達です。今回は、ノーベル物理学賞の予想ブログ第1弾! 私が受賞を予想するテーマはこちら!

光を自在に操る素材「フォトニック結晶」の研究と開発

そして、私がこのテーマでの受賞を予想する研究者の方々は、こちらの3人!

左から、
エリー・ヤブロノビッチ (Eli Yablonovitch) 博士
オーストリア生まれの物理学者 (現在の国籍はカナダ、アメリカ)。1946年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校所属。写真提供:Eli Yablonovitch

サジーバ・ジョーン (Sajeev John) 博士
インド生まれの物理学者。1957年生まれ。トロント大学所属。写真提供:University of Toronto

野田 進 博士
日本の物理学者。1960年生まれ。京都大学所属。写真提供:野田進

1987年、エリー・ヤブロノビッチ博士とサジーバ・ジョーン博士による研究概念の提唱により、光を3次元的に操る事ができる可能性が提示され、これをもとに次々と研究成果が発表されました。この概念を実際にモノとして実証し、応用面で多大な貢献をし続けている方が野田進博士です。

◆この研究のどこがすごいのか?

身の回りの電気製品を見て下さい。いわゆる電気コードがありますよね。銅などの導線を絶縁材でくるんだものです。電気の通り道(導線)を、電気を通さない素材で包んで、電気を好きな場所へと導きます。
光を操ろうとした場合も、狙った場所に運ぶ「光の通り道」を、光を通さない何かで囲めば、簡単に光を運ぶことができそうな気がしますが、長年これがうまくできませんでした。光を通さず、吸収もしない「光の絶縁体」がなかったためです。
そこに登場したのが、「フォトニックバンドギャップ(PBG)」を備えた素材です。PBGとは、特定の波長を持った光だけを全く通さない性質があり、「光の絶縁部」として使えます。この素材が開発されたことにより、人類は光を巧みに操る道具を獲得しました。

◆フォトニックバンドギャップを持つ素材ってどんなもの?

下図がPBGのある素材のイメージ図です。屈折率の異なる素材が周期的に並んだ構造をしています。このような素材を「フォトニック結晶」と呼んでいます。

https://www.photonic-lattice.com/ja/technology/photoniccrystal/より引用

原理は後ほど説明しますが、特定の波長の光が入ろうとしてもこの中には入れません。こうした結晶ができれば、光を操れるとまずは理論的に提唱されました。理論的には可能とはいえ、「こんな繊細な構造をどうやって作るんだ...」ということを見事に達成されたのが野田博士です。
下図は、2000年に野田博士が作製したフォトニック結晶です。米粒の1/5000以下の間隔 (700 nm)で積み木のようにヒ化ガリウム (GaAs)を周期的に並べています。

Noda, et al., Science 289 (2000) 604 を元に作成

◆光を自在に操る方法

光の絶縁体ができれば、後はこれで囲った「通り道」を作れば光を狙った場所に届けられます。下図 aのように周りをPBGを持つ周期構造で囲み、その構造の一部の周期を崩した「欠陥」部分を通り道にすることで実現しました。フォトニック結晶の中に入った光が「通り道」を通って曲がりながら、出口まで進んでいることが確認できます (下図 b)。

(a) ,(b) Ishizaki and Noda, Nature Photon., 7 (2013) 133. を元に作成

この周期構造と欠陥の配置を工夫することで、光を一点に強く閉じ込めたり、長く閉じ込めたりすることもできるようになりました。

◆なぜ光を通さないのか?

フォトニック結晶中での、ある一方向 (1次元)への光の進み方を下図に示します。結晶は半透明の物質でできているため、入射した光の一部は反射して一部は通過します。フォトニック結晶中では、数層進んだ先で、結果的にすべての光を反射します。

ここで、反射した光にだけ注目しましょう (下図)。結晶は、特定の波長と同じ幅の周期構造を持ち、その波長の光を位相の揃った形で反射していきます。各層で反射した光は、干渉して強め合い再び1つの光に合体して入射波と同じ強さになります。入射波と反射波が同じ強さになっているため光を結晶の中に侵入させずに、表面で反射させるのと同様の現象が起きていることになります。今回は一次元の光で説明しましたが、どこから来た光に対しても同じことができれば、まったく光を通さないものが実現できることになります。

◆どんなところに応用されるの?

応用先① 「フォトニック結晶レーザー」

野田博士を筆頭に研究が進められて実用化までこぎつけているのがレーザーへの応用です。小さなチップを使って、10cm先の紙を燃やすほどのパワーを実現しています (下図)。さらに、燃やした場所は米粒の1/10程度の大きさの細かい穴になっています。

野田博士提供資料に一部加筆

従来のレーザーは、反射鏡を利用して光を何度も通して増幅していました。この原理では、増幅する段階でビームが広がる点、高出力化は大掛かりな装置になってしまう点が課題でした。野田博士らが開発したレーザーは、フォトニック結晶の表面で光を増幅します (下図)。周期構造をナノレベルで調整し、光を強め合わせて (共振させて)増幅することで、直進性が高く出力が高いレーザーを作成しました。
この成果のさらなる発展により、(金属やアクリルなどの)加工用レーザーが超小型化できるようになると期待されます。また近年開発が加速している、自動運転車の目の役割をする"LIDAR"という物体との距離を測るための装置の高性能化も期待されています。

野田博士提供資料に一部加筆

応用先② 「情報処理」

コンピュータやスマートフォンなどは、たくさんの情報を「電気信号」としてやりとりして計算することで、その性能を発揮しています。計算を担う部分は、非常に細かい部品や配線を1つのチップ上に乗せた「プロセッサ」と呼ばれる部分 (下図)です。プロセッサはどんどん高性能になっていきましたが、消費電力が飛躍的に上がってしまうことが大きな課題です。その解決策になりうると期待されているのが、フォトニック結晶です。

フォトニック結晶の登場により、消費エネルギーの少ない「光」を細かいチップ上に閉じ込めて扱うことができるようになりました。「電子デバイス」に代わる、「光デバイス」への応用の道が拓けた、と言えます。まだ処理速度で電子回路に勝てていないので、実用化はあまり進んでいないのが現状ではありますが、光の特性をうまく使う事で電子デバイスの性能を超える可能性に注目されています。

3氏の研究成果によって、これまで操れなかった「光」を3次元的に操ることができるようになり、さまざまな応用の可能性が切り開かれています。これはノーベル賞の受賞基準である、「人類のための最大の貢献」と言えるのではないでしょうか?

【参考文献】

・「光技術 その軌跡と挑戦」 別冊日経サイエンス202 (2014)

・フォトニック結晶入門 迫田和彰著 (2004)

2018年ノーベル賞を予想する!

生理学・医学賞
その① アミノ酸、足りてますか?あなたの体の栄養分の見張り番
https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201809102018-4.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)
その② 腸内細菌が医療を変える!?
https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201809132018-9.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)
その③ 適応免疫に必須なリンパ球と器官の発見
https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201809262018-12.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

物理学賞
その① 光を自在に操る人工素材!(この記事)
その② カーボンナノチューブの発見から実用まで(Coming Soon!)

化学賞
その① 脂質なしには成り立たない細胞内シグナル伝達
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その② ほしいものは折りたたんで作る!DNAオリガミ
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その③ 発想の転換でDNA解読の新時代を開く(Coming Soon!)

番外編:研究者にとってのノーベル賞
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