CSF(豚コレラ)の蔓延について、知っておきたいこと

CSF(豚コレラ)の発生

2018年9月9日、岐阜県岐阜市でCSF(Classical Swine Fever : 豚コレラ)が発生した。それ以来、2019年12月2日までに岐阜県、愛知県、長野県、滋賀県、大阪府、三重県、福井県、埼玉県、山梨県(1府8県)での発生が確認されており、これまでに約15万頭の豚が殺処分されるという甚大な被害が出ている。
養豚業者の皆さまや関係者の皆さまの無念さはいったいどれほどのものだったろう。

なぜ、このような被害が突如として起こってしまったのだろうか。この記事では特に発生経緯の概要と野生イノシシとの係わりについて紹介したい。

CSFとは

まずCSFとは、CSFウイルスによる病気で、豚とイノシシのみに感染し、人には感染しない。特徴としては、毒性が強く、感染した豚が助かる見込みは少ない。CSFウイルスの型と豚の個体差にもよるが、いったん豚に感染すると早い場合は10日、遅い場合でも30日程度で死亡するケースが多い。また、感染力が強いのも特徴で、鼻汁や排せつ物などから他の豚にもたちまち感染が広がってしまう。感染の拡大を止めるため、感染が発覚した時点で豚舎内のすべての豚を殺処分にし、豚舎を徹底的に消毒するよう、国のルールとして定められている。

CSFは昔から世界中で発生を繰り返してきた。日本では1888年にアメリカから輸入した豚で発症したことが始まりとされている。その後の約100年は、CSFの発生が続いた。幸い、日本において良質なワクチンの開発に成功し、豚に一斉投与することで国内のウイルスの根絶を成し遂げた。1992年に熊本で生じた発生を最後に、CSFはずっと収まっていた。今回はそれ以来の、26年ぶりの発生となった。

(参照:農研機構動物衛生研究部門 豚コレラ (Classical swine fever) 解説)

CSFウイルスはどこから来たか

今回のウイルスはどこから来たのだろうか。ウイルスの型を調べた結果、過去に日本で蔓延していたウイルスとは違う型のもので、中国で近年確認されているウイルスと型が一致した。このため、中国かその周辺国から日本にウイルスが侵入した可能性が高い。また、発生1例目から発生28例目までに発見されたウイルスはほぼ同じ型のウイルスだった。このことから、海外からのウイルス侵入は最初の1回だけだったことが予想される。さらに、CSFが発生した養豚場の様子や侵入時期を考えると、ウイルスに汚染された海外の食品から野生イノシシに広がり、そこから豚舎にウイルスが侵入した可能性が高いと考えられている。

(参照:農林水産省CSF疫学調査チーム調査報告書「CSFの疫学調査に係る中間とりまとめ」)

野生イノシシによる感染の環の拡大

感染が広がる要因はいくつか考えられる。例えば、感染した豚をそうと気づかずに他の養豚場に移動させてしまう、感染した豚がいる豚舎と共同で使用していた施設を通してウイルスが持ち込まれる、車や衣服にウイルスが付着したまま持ち込まれる場合もある。これらは、いわば人為的なケースだが、これらよりもはるかに厄介なのは、鳥を含めた大小さまざまな野生動物がウイルスの運び手となることだ。CSFのウイルスは前述の通り、豚とイノシシにしか感染しないが、感染イノシシから排出されたウイルスが動物の毛などに付着したまま運び込まれてしまうのだ。豚舎の防疫対策を徹底しても、こうした野生動物による持ち込みの可能性をゼロにするのは実に難しい。豚舎の防疫対策を行うと同時に、野生の感染イノシシを減らし、自然環境中にあるウイルスの量を減らすことが根本的な対策として必須となる。

まず、野生イノシシの分布だが、自然調査や狩猟の報告、目撃情報をもとにした環境省の調査によると、愛知県の知多半島や東京都心、東北の北部、北海道などを除いて、イノシシは全国的に分布している。毎年一定数の狩猟が行われているが、イノシシの分布は今も広がり続けている。そして、野生イノシシが生息する地域はCSFウイルスが蔓延する可能性がある地域とも言える。

イノシシの分布図。西日本を中心とした分布が東北の方へ広がっていく様子がわかる(環境省「全国のニホンジカ及びイノシシの生息分布拡大状況調査」)
豚コレラに感染した野生イノシシの分布図。岐阜県と愛知県を中心に広がっている(農林水産省「豚コレラの疫学調査に係る中間取りまとめ」)

野生イノシシ向けのワクチン散布

野生イノシシに向けた対策の1つとして、ワクチン散布が行われている。ワクチン入りの小袋をイノシシが好むエサで包んで地中に埋める方法で、感染が確認されているエリアを包囲するようにワクチンの埋設が進められている。さらに、人が立ち入るのが難しい急峻な場所などについてはヘリコプターなどからの空中散布も始まっている。こうしたワクチンによる包囲網をワクチンベルトと呼び、切れ目の無いように設置が行われている。ワクチン散布の効果の一例として、2019年4月12日から8月6日にかけて愛知県北部で行われた野生イノシシに関する調査では、検査したイノシシ42頭中の31頭、つまり74%がワクチンによって免疫を獲得していた。免疫をもった野生イノシシが増えれば、ウイルスが増殖できず感染の確率も低くなる。以前、豚コレラの撲滅に成功しているドイツを含む欧州委員会が作成したガイドラインによると、CSFの感染拡大を止めるには、少なくとも野生イノシシの40%が免疫を獲得する必要があるとされている。このガイドラインと比較しても、今回のワクチン散布の効果が期待できる。
(参照:「犬山市、小牧市、春日井市及び瀬戸市(北部)での豚コレラ経口ワクチン散布及び野生イノシシの免疫獲得率について」)

自然界というブラックボックス

こうした取り組みが行われる一方で、野生イノシシの行動や生息分布についてはまだわかっていないことも多い、ということは常に念頭に置いておかなければならない。象徴的な話が、2019年9月13日の埼玉県の養豚場におけるCSF発生であった。当時、関東にCSFの発生がたどり着くのは2020年の年明けから3月末にかけてだろう、と予測されていた。感染した野生イノシシの発見ポイントの拡がり具合からの予測だった。それにもかかわらず、予測よりもはるかに早い9月に、関東にまで広がってしまった。関東には、千葉県、群馬県、茨城県、栃木県など飼養頭数が全国トップ10に入る県が多くある。こうした状況から、輸出や流通、防疫体制の観点などの理由からずっと実施を見送ってきた、飼われている豚へのワクチン接種に踏み切ることになったのだ。

また、野生イノシシの網羅的な調査が手法として難しいのも研究が進まない一つの原因になっている。まず、野生のイノシシは警戒心が強い。人が直接森に入って行う調査も、イノシシを直接捕まえたり追いかけたりすることは簡単ではない。さらに、地形などの生息環境によってもイノシシの生態は変わる。食べるエサ、行動範囲など地域ごとに多種多様なため、汎用できそうなイノシシの情報は掴めずにいる。

まとめ:わからないことに対峙している、その自覚を

今回の一連のCSF発生については、現在も調査や対策が進められている最中である。関係者の皆様のご尽力によって事態が好転することを願うばかりだ。ただ、前項の話からもわかる通り、私たちは「わかっていないこと」と対峙している。このことを忘れてはならないだろう。最初の発生前、海外からの汚染食品と野生イノシシがどのように接触したのかは今となっては知ることはできない。ただ、このときすでに、自然界というブラックボックスに危険の火種は放り込まれてしまった。その火種が今、大火となって大きな被害をもたらしてきたのが今回のCSFの事例だ。
現在、海外ではASF(アフリカ豚コレラ)というCSFとは別のウイルス病が猛威をふるっている。ASFはCSFと違い、ワクチンもなく、対策が非常に難しいと言われている。もし、ASFがひとたび日本で蔓延したら、日本の養豚業が今以上の大ダメージを受けることは間違いない。今回のCSFの一連の被害を、CSFだけではなく日本の食料安全保障のための教訓として、私たち皆が知っておくべきだろう。

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