昨年2019年10月よりゲノム編集食品を市場に流通させることが可能になった(※1)。こうした中、ゲノム編集食品を受け入れるかどうかには賛否両論があり、議論が平行線を辿っている様子も少なからず見受けられる。
議論を進めるにあたり重要な論点は何か。
私たちは、サイエンスアゴラ(※2)や日本科学未来館・展示フロアにおいてご来場の皆さまから様々なご意見をお聞きしてきた。こうした対話から見えてきた、議論を進める上で見落としがちなポイントを三点紹介したい。
※1(参照)厚生労働省ウェブサイト「ゲノム編集技術応用食品等」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/bio/genomed/index_00012.html
流通させることが可能になったとはいえ、2020年3月3日現在、市場で実際に流通しているゲノム編集食品はない。それには多くのハードルがある。例えば、種子を大量に確保できなければそもそも生産できず、流通ラインの整備ができなければ消費者の手元には届かない。
※2(参照)サイエンスアゴラ イベント「ゲノム編集の未来をみんなで語る。」
https://www.jst.go.jp/sis/scienceagora/program/booth/4w05/
①賛成or反対だけでは議論が進まない
「あなたは、ゲノム編集食品を食べますか?」
展示パネルの最初の一文。まず、ご来場の皆様には特に解説は行わず、「食べたい」「食べてもいい」「迷う」「食べたくない」「絶対食べたくない」の5つの選択肢に対して直感でお答えいただいている。その後、その選択肢を選んだ理由を少しずつお伺いしながら、必要なときにゲノム編集の方法や作物の特徴、賛否それぞれの立場の意見などについてお伝えしている。
これまで150人ほどの方のご意見をお伺いしてきたが、5つの選択肢の中では「食べてもいい」が最も多く、「食べたい」「迷う」「食べたくない」「絶対食べたくない」の順に意見が集まっている。ただし、未来館やサイエンスアゴラにお越しいただく方々という時点で母集団に偏りがある可能性があるので、この順番よりもその選択肢を選んだ理由を特に掘り下げたい。
理由をお伺いする中で見えてきたこととしてはまず、賛成、反対それぞれの立場の中でも度合いが異なる、ということだ。実際に出てきた理由をいくつかピックアップする。
「フードロスなど防げるような野菜が作られればいい。何となく不安な気持ちもなくならない」(食べてもいい)
「ケースバイケース。積極的に食べたいかはわからないけど、身体にいいなら食べてみたい。でも選べるようにはしてほしい」(食べてもいい)
「食べたい、というわけではないが、そういうのが当たり前の世の中になったら食べてもいい」(食べたくない)
「100年とか時間がたって問題がないとわかればOK」(食べたくない)
このように具体的に意見を聞いてみると「ケースバイケース」という返答がとても多いのが印象的だ。このことは一見当たり前のように思えるものの、賛成か、反対かどちらか、という議論をよく見かける。こうした議論では、ゲノム編集食品をどのように扱うべきか、その具体的な対策を見失うことになりそうだ。賛成、反対それぞれの裏にある条件をクリアにすることが議論のスタート地点となるだろう。
②「気持ち的になんとなくイヤ」を認めるところから始める―科学的な説明だけでは不十分―
よくいただくご質問として、「結局、安全なんですか?」というものがある。ゲノム編集技術の正確性や今までの育種方法との比較といった観点から、ゲノム編集食品が危険であると言うに足る科学的な根拠はない。
一方で、このご質問へのお答えとして、科学的な説明を行えば納得できる、という簡単な話でもない。その裏にある、「気持ち的になんとなくイヤ」という感情をクリアにできていなからだ。
さらに、こうした感情は無責任なもの、として、むしろ説明を受ける側が自分の気持ちに目をつぶってしまうことがある。この状態で議論を進めると、説明する側は「なぜこれだけ丁寧に伝えても伝わらないんだろう?」、説明を受ける側は「わかったような気もするけどやっぱりモヤモヤする...」となる。
説明する側は相手の感情面についても受け入れる、説明される側は「なんとなくイヤ」の理由を言語化するよう努めてみる、といったことがしやすい場づくりが必要となる。こうした積み重ねで信頼関係が生まれ、はじめて建設的な議論が進むように思う。そうでなければ、「なんとなくイヤ」を無理やり別の形で擁護するために間違った情報を信じてしまうことに繋がるかもしれない。
その昔、日本の一部では獣肉を食べることは穢れとして忌み嫌われることがあったし、今でも鯨肉や馬肉を食べることに対する考え方の違いは顕著に残っている。そもそも人の判断は気持ちや思想によっても変化する。また、「なんとなくイヤ」は勉強不足だからだ、というご意見もたまに聞くが、忙しい日常でゲノム編集技術の勉強に時間を多く割ける人はどれほどいるだろうか。新しい文化が根付くには時間がかかることを承知の上で地道に進めていく必要がある。
この、「気持ち的になんとなくイヤ」は立場の違う相手に無理に押し付けない限り、"間違った意見"ではない。こうした素直な感情の部分も受け止めたうえで議論を進められているだろうか。
③社会のニーズを考える―ところ変われば価値も変わる―
ご来場の皆さまとお話ししている中で、以下のようなご意見をいただくこともある。
- 「日本のスーパーの野菜にはすでに良いものがたくさんある。新しくつくるメリットをあまり感じない」(あまり食べたくない)
- 「ゲノム編集を使ってしか食べられないものがあるなら食べたい。」(迷う)
いずれのご意見もゲノム編集食品に対して積極的なものではないが、聞いてみると決して食べたくないと言っているものではなかった。今スーパーにある食べ物と比較して選ぶ価値があるのか、というマーケティングの話だ。
この論点も意外と抜け落ちがちだと思う。革新的な技術は始まりであって、それが普及するかどうかは社会のニーズを満たせるかどうかにかかっている。
「では、世界的に考えて、食糧が足りない地域でゲノム編集食品を扱うのはどうだろう?」という話題も良く出てくる。この場合、ゲノム編集食品に対して不安感を覚えている方でも、「それならばぜひ使ってほしい」と別の考え方が同時に出てくることが多々ある。ゲノム編集食品に対して消極的だとしても、消極的な理由と得られるメリットを天秤にかけて考えているケースが多い。所変われば価値も変わるため、誰にどのような価値があるのか見極める必要がある。
オープンな議論ができる文化を全員で作っていく
今後、日本の農産物の付加価値を高めたり、環境の変化に対応したりするため、ゲノム編集技術は有用な手段となりうる。一方で、消費者を置き去りにしたままの導入は長期的に見て持続的なやり方とは言えない。ゲノム編集食品の導入にあたっては今後もオープンな議論が必要だ。
ゲノム編集食品の開発も着々と進んでいる中、開発についての情報を積極的にオープンにし、対話を続けている研究者や企業をぜひとも応援したい。例えば、ゲノム編集を利用したトマトを開発している筑波大学発ベンチャー企業のサナテックシード(https://sanatech-seed.com/) は一般に開かれた説明会を数多く実施している。このように情報開示が当たり前の文化を作っていくことが、日本の農業の将来に役に立つはずだ。
科学コミュニケーターとして、私も日本の農業や食糧の在り方について今後もたくさんのご来場の皆様と一緒になって考えていきたい。