<研究エリア紹介> 光電変換プロジェクト

化学の力で太陽電池の常識を超えろ!

スマホにエアコンに、ふだん何気なく使っている「電気」。さて突然ですが、皆さんは電気を"つくった"ことがありますか? そう言われても、今はあまりピンと来ないかもしれません。でも、将来は一人ひとりが暮らしの中でどこでも電気を"つくる"のが当たり前になっているかもしれないのです。化学の力でそんな未来を実現するべく挑戦しているのが、研究エリアの「光電変換プロジェクト」です。このプロジェクトでは、名古屋大学の松尾豊教授を中心に、次世代の太陽電池の開発に取り組んでいます。

去年、未来館でトークを行った松尾先生

プロジェクトの説明をする前に、まず太陽電池とは何かを簡単におさらいしましょう。太陽電池とは、太陽光のエネルギーを電気にかえる装置です。大型の太陽電池はソーラーパネルとも呼ばれていて、建物の屋根に設置されていたりします。皆さんも、どこかで見たことがあるかもしれません。おうちに太陽電池を取りつけている方もいらっしゃるかもしれませんね。

 太陽さえあればどこでも電気を作れる、便利でエコな太陽電池。……ということは、太陽電池を持ち歩いていればどこでも発電できて便利そうな気もしますよね。しかし、そんな人はあまり見かけません。どうしてでしょうか? 理由はいたってシンプル。ずばり、持ち運びに向いていないからです。

 「太陽電池が持ち運びに向いていない」といえる根拠は主に2つあります。1つは重いこと、そしてもう1つは硬いことです。一般に市販されているソーラーパネルの多くは、1 m2あたり1015 kgもあります。しかも石のように硬いので、曲げたりすることもできません。もしもソーラーパネルが軽くて曲げられたら、丸めて簡単に持ち運べるのですが……。

 こうした背景のもと、光電変換プロジェクトで挑戦しているのが、「軽くて」「やわらかい」太陽電池の開発です。といっても、普通のソーラーパネルを少し改良しようというのではありません。ソーラーパネルは硬いシリコンの結晶でできているので、同じやり方で太陽電池を作ろうとすると、どうしても重く硬くなってしまうからです。したがって、まずシリコンに代わる新しい材料を開発し、普通のソーラーパネルとは違う製法で太陽電池をつくることを目指しました。

 新しい材料づくりにおいて、ベースとなった物質が「フラーレン」です。フラーレンは、炭素原子がサッカーボールのように組み合わさった丸い分子で、電子を受け入れやすいという特殊な性質をもっています。このフラーレンをインク状にして、電子を受け渡しやすい分子と一緒に塗り重ねると、紙より薄くて電気が流れる特殊な膜をつくれます。この特殊な膜がシリコンの役割を担うので、軽くてやわらかい太陽電池の材料になるのです。

フラーレンの分子模型

 しかし、フラーレンをそのまま使うと、よい膜をつくることができません。というのも、フラーレンは液体にうまく溶けないので、よいインクをつくれないからです。そこで化学を専門とする松尾教授らは、フラーレンの分子構造に着目しました。分子の骨格にうまく手を加えれば、フラーレンの電気的な性質を保ちつつも液体に溶けやすいという、絶妙なフラーレン誘導体(フラーレンの仲間のこと)をつくれると考えたのです。そして実際に新しいフラーレン誘導体をたくさんつくり、さらには様々なフラーレン誘導体の合成法をも確立しました。*1

 松尾教授らは、合成法をさらに改良しながら、新しいフラーレン系のインクを次々と開発しています。そして未来館の実験室では、このインクをどのように塗ればよい太陽電池ができるかを追求しています。太陽電池を作製する研究にあたっては、カーボンナノチューブ(炭素でできたナノサイズの細長いチューブ)を専門とする東京大学の丸山茂夫教授らとともに進めています。詳しい内容は次回以降の記事でご紹介しますが、フラーレンとカーボンナノチューブを組み合わせることで、これまでにない特長を実現できることもわかってきました。*2こうしてできたのが、写真のような太陽電池です。

軽くて曲げられる太陽電池

 新しいフラーレン誘導体を用いたことで、効率よく発電できる太陽電池が作れました。もちろん軽くて柔らかいので持ち運びもラクそうですし、インクを塗るだけで作れるのでお手軽です。将来、このような太陽電池を被災地に持ち運んで簡易発電所をつくる、なんて使い方もできそうですね。

 ちなみにこの太陽電池、普通の太陽電池と違う点がもう1つあるんですが、気づきましたか……? そう、色が違うんです。太陽電池の材料を変えることで、好きな色に変えることもできるのです。最近では、光を通す透明な太陽電池までできています。窓に貼って使うなど、ユニークな活用もできそうですね。

 このような次世代の太陽電池、実用化を目指してまだまだ開発は続いています。未来館内の研究室には、太陽電池を作製、評価する実験設備が備えられており、松尾先生と丸山先生を中心に1015人ほどの研究員や学生が入れ替わりながら研究を進めています。コロナが収束すれば、来館者の皆さんを研究室にご案内する「研究室ツアー」を開催する予定です。案内してくれるのは、わかりやすい解説で人気の板橋勇輝博士(名古屋大学)です。一緒に未来の太陽電池の世界をのぞいてみませんか?

案内してくれる板橋博士

*1. Y. Matsuo et al., J. Org. Chem. 2019, 84, 16314.

*2. S. Maruyama and Y. Matsuo et al., J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 16553–16558.

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