<研究エリア紹介> 知的やわらかものづくり革命プロジェクト

研究者と考えよう!やわらかいゲルの新しい使い方

「ほしいと思ったものを好きなときに取り出せる、ドラえもんの四次元ポケットがある未来の生活をつくりたい」。こう話すのは、「知的やわらかものづくり革命」プロジェクトの代表を務める古川英光先生(山形大学工学部教授)。やわらかい「ゲル」という物質を自在に操る研究を進めるために、2020年4月に未来館の研究エリアに入居されました。このブログでは、古川先生に直接取材した内容を交えて、「知的やわらかものづくり革命」プロジェクトを紹介します!

ゲルってなに? どこがすごいの?

「プリンや寒天、ソフトコンタクトレンズ、おむつに含まれる高吸収ポリマー……これらに共通している性質は何でしょうか? どれもやわらかくて弾力がありますよね。このように形は保っているが水分を含み、液体と固体の中間の性質をもつ素材を「ゲル」といいます。ちなみにゲルとは、正確には素材の“名前”ではなく、物質の“状態”を指します。
では、なぜゲルにはそのような特徴があるのでしょうか。答えは網目状の分子構造にあります。
下図は米粒の100万分の1以下のサイズ、分子の目でゲルをみたイメージ図です。長いひも状の分子が網目ネットワークをつくり、網目の間に水分をつかまえています。ひも状の分子と水が強く結合しているため、水を含んだまま形を保っていられる一方で、網目が柔軟に動くことで弾力も生まれます。

ゲルの分子構造

ゲルの面白いところは、ひも状分子の設計、網目の状態、含まれる水分の状態の3つを制御することで、ゲルならではの性質を自在につくりだせるところです。例えば、大量の水を吸収する高吸収ポリマーをつくりたいなら、水を強力に捉まえるひも状分子を用意し、それをほどけやすい網目状態にしておくことで、水分を大量に含むゲルが調合できるわけです。何をつくるかはアイデア次第。研究者はつくりたいゲルの性質に合わせて特別なレシピを考えています。

さて、そんなゲルの最先端研究を手がける「知的やわらかものづくり革命」プロジェクトでは、どんな“ものづくり”をしているのでしょうか。研究代表者の古川先生の歩みを振り返りながら紹介していきましょう。

最先端のゲルってどんなもの?

古川先生は2009年に山形大学に移る前は北海道大学大学院理学研究科で、新しい特徴をもつゲルを開発する研究に注力されていました。例えば、図のようにカッターの刃でも切れない世界最高強度(当時)をもつ高強度ネットワークゲルや、大きく変形することができる高伸長ゲルなどです。

最先端のゲル素材

新しいゲルが開発されると、それを新しいものづくりに応用しようという期待が高まります。ただ、ゲルは加工の難易度が高い素材でもあります。やわらかく変形しやすいためきれいに切ったり削ったりすることが難しく、またすべりやすいためにつかもうとして強い力をかけると構造の弱い部分に力が集中し割れてしまいます。そのためにせっかく面白い特徴をもつ素材が生まれても、なかなか応用につながりづらい状況がありました。

ゲルを思い通りの形にするためには?

ゲルの加工方法まで含めて開発すれば、応用先が広がるのではないかと考えた古川先生は、2009年から山形大学工学部に移り、ゲルの加工方法の研究に着手します。そこで先生らのグループが開発したのが、2011年に論文発表した3Dゲルプリンターです。光を当てたところだけゲル状態になる特殊な溶液を用意し、さらにその溶液で満たした水槽の中の狙ったところに光を当てて、ほしい形状のゲルをつくるという装置です。下の動画のように、一面ずつ順に光を当てていき、高さ方向にその層を積み上げていくことで3次元加工するという独自の手法を採用しています。ゲルを切る・削るという、これまで難関だった工程なしに、思い通りの形をつくることが可能になったのです。

3Dゲルプリンター「スイマーのデモ動画」 (0:50から実際のゲルプリンタを用いたデモがはじまります)

出典:山形大学古川研究室Youtubeチャネル

下の写真は、高強度ゲルを腎臓や指の模型に加工した例です。このように柔らかい触覚をよりリアルに再現したゲルは、医者の手術練習に役立てられています。

3Dゲルプリンターで作成した構造物

下の動画は、3Dゲルプリンターでつくったものをつかむ「ゲルグリッパー」です。温度で形が変わる形状記憶ゲルを2つ貼り合わせた構造をつくり、外部の温度を変化させることで、ものをつかんだり放したりします。ものを傷つけずにつかむことができ、ロボットへの応用が期待されています。

最先端ゲルの使い方

現在、古川先生はじめ「知的やわらかものづくり革命」プロジェクトの研究者たちは、次のステップとしてゲルの新しい「使い方」の研究にも注力しています。

例えば、2019年に渋谷で行われた「超福祉展」に向けてプロジェクトに所属する小川純先生が開発されたゲルハチ公 (写真下) 。ゲルのようなやわらか素材で体を覆うことでやわらかい触り心地を出しつつ、やわらか素材の内部に配置した圧力センサーとカメラが周りの状況を認識します。その情報をもとに、驚き、楽しさなどの8つの感情のなかで一番傾向の強い感情を首輪の色で表現します。例えば写真のゲルハチ公は喜びの感情が一番強い状態で、首輪が青く光っています。

会場では、やわらかい触り心地と感情表現を兼ね備えたゲルハチ公の周囲に、小学生から商談に来たスーツ姿の方まで様々な立場の方が数多く集まっていました。ゲルのようなやわらか素材とデジタル技術の融合によって、人の輪を生みだす新しい形の展示物になり得るという発見があったそうです。

ゲルハチ公が喜びを表現する様子 (首輪が青色)

プロジェクトではこのほか人工関節ややわらかいロボット、そしてたんぱく質の模型、食べられるゲルを望みどおりの形に成形する3Dフードプリンターの開発など、ゲルの使い方を広めるべく研究開発を進めています。

みんなで考えよう! 新しいゲルの使い方

古川先生らが未来館で取り組みたいことは、開発途中のものを含めた最先端のゲルをいち早く来館者に見てもらうこと、そしてそれらを生活のどんな場面で使いたいかについてみなさんと意見交換をすることです。さらには、みなさんにもらった意見から着想を得て研究開発を進め、応用先を開発していくなど、いわば「みんなで研究開発を進める場所」にしたいと考えているそうです。

「すぐに実現することは難しいですが、一般の方とやわらかものづくり研究を進める『未来館・やわらかものづくり研究プロジェクト』ができることが目標」と古川先生。現在、未来館の古川研究室では3Dゲルプリンタのー設置など、研究開発のための整備が進められています。みなさんも「知的やわらかものづくり革命」プロジェクトを訪れ、研究に参加してみませんか? さまざまな発想をもつみなさんとお話しできることを楽しみにしています!

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