みなさんこんにちは!
毎年この時期には、科学コミュニケーターならぬ「化学」コミュニケーターとして活動している竹腰です (笑)
10月7日(水) 18時45分(日本時間)に、2020年ノーベル化学賞の受賞者が発表されます。
発表に先駆けて、こちらのブログでは、私たち科学コミュニケーターと一緒にノーベル賞の楽しみ方を探っていければと思います!
すでに化学チームからは、メンバーの保科が我々の今年の注目テーマ「エネルギー」に関するお話をしています。
科学コミュニケーターと楽しむノーベル賞2020 分子で見る化学の世界
今回は・・・なんと! 昨年2019年ノーベル化学賞受賞者のお一人、吉野 彰博士に直接お話を伺う機会をいただきましたので、ぜひその内容をみなさまにも共有したいと思います。
2019年10月9日、3名のノーベル化学賞受賞者が発表されました。
John B. Goodenough博士、M. Stanley Whittingham博士、吉野 彰博士です。
受賞内容は、”リチウムイオン電池の開発”でした。
今回は詳しい研究内容には触れないので、詳しい概要を知りたいかたはこちらもご参照ください。
吉野氏が化学賞「リチウムイオン電池」研究の歴史がつなぐ50年後のノーベル賞(竹腰がTHE PAGEに寄稿した記事)
吉野 彰博士 にインタビュー
さっそく、リチウムイオン電池という現代に欠かせない電池を開発した吉野博士にこんな質問をなげかけてみました。
――研究を行う中で、最も”印象に残っている点“や、”こだわりの分子・材料”はありますか?
吉野博士「原子でいうと…やはり炭素ですかね。熱伝導性と絶縁性を兼ね備えた材料として、ダイヤモンド は多くの人が注目してはいますが、とにかく値段が高いですね (笑) 」
ちなみに熱伝導性とは、温度差がある物体間で熱が伝わる現象のことで、一般に、熱が伝わりやすいものは電気も伝わりやすいとされています。
しかし、ダイヤモンドは例外的に、熱は伝わりやすいにもかかわらず、電気を通さない(絶縁性)という性質をもっています。
ダイヤモンドは最も熱伝導率が高い物質としても知られています。
また、ダイヤモンドは炭素原子が結晶状に並んだものです。みなさんもご存知の通り高価ですよね。同じく炭素からできているものの代表例として黒鉛がありますが、量産して鉛筆の芯にできるくらい安いですね。
同じ炭素原子からできているのに、いろんな構造をとることや、その構造で値段がかわるのは面白いですね。
吉野博士「そこで、私はアダマンタンという分子に注目しています。電池に直接使用したことはありませんが、熱伝導率の高さを考えると、電池にした時に発熱を抑えられるので非常に良いと思います」
吉野博士一押しの分子、アダマンタンもダイヤモンドと同じ炭素原子からできており、部分的にダイヤモンドと似た構造をもちます。
また、熱伝導率が高いということは、つまり熱を逃がしやすいということになります。
電池や電子機器をつくる材料として、この性質はとても重要です。なぜなら、材料に熱がこもると、電池の内部の温度が上昇し性能が下がったり、故障の原因になったりするからです。そこで、いかに熱を効率よく逃がす材料を使うかということが重要になります。
その点アダマンタンは、熱伝導率の高いダイヤモンドに似た構造をもつため、有用な材料として期待がもてそうです。
吉野博士「また、高い熱伝導性はエネルギー問題の解決にもつながります。物質のもつ特性を具現化できたらおもしろいと思っています」
確かに、もし全然温まらない素材のやかんを使ってお湯を沸かそうと思ったら、電気や火などたくさんのエネルギーが必要になります。やかんのみならず、火力発電のような大きな装置の場合はなおさら、少しの熱伝導性の差が大きなエネルギーの差になります。
温まりやすい、つまり高い熱伝導性をもつ物質の開拓は、エネルギー問題においても重要なのですね。
ここから、さらに炭素と電池の関係に迫っていきます。
吉野博士「実は、リチウムイオン電池の研究は、白川 英樹先生のポリアセチレンという物質からスタートしました。炭素はその多様性の面で、非常に期待できると思っています」
白川博士は今から20年前、2000年にノーベル化学賞を受賞したお一人で、ポリアセチレン(いわゆるプラスチックの一種)という炭素と水素からなる物質に電気が通ることを示しました。
この発見が、吉野博士が電池開発を始めるきっかけになっています。
吉野博士はよりよい炭素材料を探し求め、やっとできたのが当時のリチウムイオン電池だったということです*。
現在のリチウムイオン電池にはポリアセチレンでない炭素材料が使用されているのですが、炭素という原子の多様性にはとてつもないポテンシャルを感じますね。
実は、白川博士受賞の19年前、1981年には吉野博士の恩師 でもある福井 謙一博士がノーベル化学賞を受賞しています。
福井博士はポリアセチレンの存在を理論的に証明しており、それを実際につくったのが白川博士だったのです。
研究の成果が積み重なって、今私たちの目の前のリチウムイオン電池ができていると考えると、なんとも感慨深いですね!
――昨年度ノーベル賞授賞理由の一つに脱・化石燃料社会への貢献があげられていましたが、吉野博士自身は開発したリチウムイオン電池がどのようにエネルギーに関わっていったら嬉しいでしょうか?
吉野博士「エネルギーという点では、電池は裏方です。発電できるわけではないので、電気をためることができるという意味でわき役だと考えています。環境問題においても、わき役という立場で重要な役割を果たしています」
太陽光発電や風力発電などの自然エネルギーを利用して電気をつくる方法は、化石燃料に依存しない、そして持続可能なエネルギーとして期待されています。
一方で、そこで発電した電気はそのままの形で貯めることができないので、太陽が出ていない日や風が吹かない日には電気をつくることができないのです。
そこで、リチウムイオン電池をはじめとする二次電池を利用すれば、発電できる日につくった電気を貯めて、必要な時に電気をとりだして使うことができるのです。
こうして我々は少しずつ環境問題に立ち向かうツールを手に入れつつあるのですね。
吉野博士「科学技術の進歩が人類の幸せにつながるのか?という問いに対して、研究者が答えを出さねばならないと考えています。世の中が便利になった一方で、我々人類は環境問題という隠れた負の遺産を抱えています。
“産業革命”という言葉は今でもネガティブにとらえられる場合がありますが、次にくる第4次産業革命は、その負の遺産を解決する革命にすべきだと考えています」
さらに、吉野博士は具体的なツールや考え方にも触れてこのように続けました。
吉野博士「これからAIやIoT、5Gを用いてどういう社会を生み出すか、サステイナブルな社会をどうつくるかが問題になってくると思います。産業界に長くいるからわかりますが、これからは便利なだけでは消費者は買わないと思います。そこに地球環境改善への貢献という価値が加わり、さらに安くて便利というものがこれから消費者に受け入れられて、売れていくのだと思います。
研究者がどんなふうに環境問題を解決していけるのか、20年30年かかると思いますが、その道筋を示さなくてはいけないと感じています」
研究者、そして開発者ならではの視点と、使命感をひしひしと感じる瞬間でした。
そして、本当にそんな社会になっていけばよいなと願いながらお話をきかせていただきました。
――最後に、吉野博士にとってリチウムイオン電池とは?
吉野博士「新しいものをつくるという点で、2つ大事なキーワードがあると考えています。
1つは、”独創的”であること。一般にシーズといわれ、知識・経験からくるいわゆる専門性のことですね。リチウムイオン電池でいうと、材料としてポリアセチレンを見出すことができたことです。先ほどの話にもあったように、この賞は白川先生、福井先生の成果の連なりであり、3つの成果がリチウムイオン電池を生み出したと言えます。
2つ目は、”未来からのメッセージ”です。10年、20年後を見抜くことができるかということですね。リチウムイオン電池のような小型で軽量な二次電池が本当に必要だったかというと、開発当時は今のようなIT社会など考えられていませんでした」
確かに、リチウムイオン電池の開発を始めた当時、現代のようにみんながスマートフォンをもち歩いたり、パソコンを外でつかったりなど、コンセントなしで電子機器を使う日がこようとは誰も想像しなかったでしょう。
吉野博士「その上で、私にとってリチウムイオン電池とはというと、1つは原点をたどることで生まれたものであるということ。サイエンスであり、真理の探求ですね。もう1つは、これからの電池の重要性、モバイル社会の可能性を示してくれたということです。
この2つを信じられるかということが研究を行う上で非常に重要だと考えています。マラソンを例にとると、ゴールがあると信じているからこそ頑張れるということ。30km地点で突然ゴールが消えたら力が抜けてしまいますよね…」
みなさんへのメッセージ
吉野博士から、ノーベルQという展示にメッセージをいただいております。
このメッセージにこめられた思いについて伺ってみました。
吉野博士「情報化社会が進みすべてが知り尽くされ、これから発見できることはないように思っているかもしれませんが、実際には、自然の摂理の中で我々が理解できているのは1%にも満たないように思います。みなさんが活躍する場はまだまだたくさんある、自分で未来を考えてほしいと思って書きました。
未来は私たちに常に信号を送ってくれていますから、私たちがそれを逃さずキャッチできるように、しっかりアンテナを張り巡らせておいてほしいと思います」
参考文献
*リチウムイオン電池が未来を拓く: 発明者・吉野 彰が語る開発秘話 吉野 彰 著