ノーベル賞の楽しみ方を科学コミュニケーターに聞いてみた──化学賞チーム編

本日はノーベル賞3日目!化学賞の発表です。

日々、研究の面白さを追求する日本科学未来館の科学コミュニケーターたちは、ノーベル賞をどのように見ているのでしょうか。この記事では科学コミュニケーターへのインタビューを通してノーベル賞の楽しみ方を紹介します。

インタビューブログ三部作、第三弾。
化学賞チームの3名です。

化学ができることはまだたくさんある
科学コミュニケーター・竹腰 麻由(たけこし まゆ)

「分子が世界を変えるんだ!」

大学時代、そうした言葉が飛び交う研究室に竹腰さんは配属されました。物理学にも生物学にも惹かれ、迷った末に選んだのは化学の道。化学は応用の幅が広く、いろんな分野に関われそう、というのが決め手となりました。

化学の魅力のひとつはいろんな分野にかかわれることという竹腰さん

「自分の手の中で新しいものを生み出せる感覚も魅力です」

自分が設計した分子がフラスコの中で、思い通りに美しく発色する。

「正直、つらかった」という研究生活の中で、苦労が報われる瞬間でした。

竹腰さんが扱っていたのは非対称アントラセンという物質。ベンゼン環がまっすぐに3つ繋がった構造を持つ分子をアントラセンと総称していますが、竹腰さんはその中でも全体が非対称になっている分子を専門にしていました。この分子の構造を変え、様々な色に発色させるのが研究テーマでした。

ベンゼン環が3つ並ぶアントラセン

非対称アントラセンはまだ研究が進んでいない分野でした。当時は応用を考える段階ではありませんでしたが、体の中の特定のタンパク質を光らせ、その機能を知るバイオイメージングといった分野への応用も考えられます。こうした未知の分子の研究が、やがて世界を変えるのかもしれません。

科学コミュニケーターとして働く中で関わる機会が多かった分野が電池。今まで竹腰さんが研究で扱ってきたものとは違う、新しい化学の分野でした。ただ、関わり始めてすぐに面白いと感じるようになったと言います。

「電池は生活に欠かせません。それゆえに、化学が暮らしを変える力を持つ、ということを実感することができました」

人類に最も貢献した人へ贈られるノーベル賞。化学賞を追うことで、化学がいかに世界を変えてきたかを知ることが出来そうです。

―分子が世界を変える!

ノーベル賞イベント通して、この感覚をぜひ一緒に味わってみませんか?

化学で世界はどう見える?
科学コミュニケーター・保科 優(ほしな ゆう)

「ポール・ボイヤー博士は、論文の一文目でいきなり、『ATP合成酵素が最も美しい』と書いておられました。これはいったい、どういう感覚なのでしょうか…」

―分子が、美しい!?

この表現に保科さんは驚嘆しました。分子の研究者に、この世界はどのように見えているのでしょうか。

ATP合成酵素とは

ATP(=アデノシン三リン酸)を作る酵素。ATP合成酵素の構造とはたらきを解明したことで、ジョン・ウォーカー博士とポール・ボイヤー博士が1997年にノーベル化学賞を受賞。

「体感できる地球の現象を知りたい」という原動力から、いつしか氷河や雪を追い求め、ついには南極で研究を行っていた保科さん。化学の研究者とは「興味の出発点が違う」と言います。実験手法の一部として化学を使うことはあっても、それを突き詰めることは今までありませんでした。

研究の一環として南極にも行った保科さん

ただ、ノーベル化学賞チームとして活動する中で、化学の面白さを感じる場面が増えてきたと言います。

「私が化学の研究を知ることは、私の生活に直接は役に立たないのかもしれません。ですが、身の回りに起こる現象がなぜ起こっているのか、腑に落ちる感覚が面白いです」

例えば、2液性のパーマ液があったとしても、今までは説明書通りにタイミングよく使うだけ。それが、液を2種類に分ける理由や、順番通りに使う意味がわかります。パーマをかける、ということには変わりないのですが、ちょっと誰かに自慢したくなる、そんな気がしてきます。

「今では、自分の体の中で小さな分子たちがきちんと動いていることに、怖さすら感じることがあります。ちょっとでもエラーが起きたら、大変なことになりそうだな、と」

分子は私たち人間をふくめ、あらゆる現象のもとになっています。分子の世界で見てみると、ありふれた日常も別の楽しみ方が出来そうです。ノーベル化学賞を通して、私たちの当たり前が、化学的に腑に落ちる瞬間に出会えるかもしれません。

化学の面白さに向けて、もう一歩前へ!
科学コミュニケーター・廣瀬 晶久(ひろせ あきひさ)

廣瀬さんは小さいころ、ボールペン、ラジコン、時計…と、いろんなものを分解して遊んでいたそうです。

「どんな構造になっているんだろうと、気になってよく分解していました。仕組みを実感できるのが面白かったです」

マジックが好きなことや米村でんじろう先生の影響もあり、興味の対象はやがて化学にも及びます。化学においても仕組みを突き詰めていく面白さにハマっていきました。

「仕組みを深く理解してはじめてわかる面白さがあります」

仕組みを突き止める面白さにはまったという廣瀬さん。手にしているのはフラーレンの模型

廣瀬さんが紹介してくれたのが導電性ポリアセチレン。2000年に白川英樹博士がノーベル化学賞を受賞したことでも有名な分子です。「プラスチックは電気を通さない」という当時の常識を覆した発見となりました。

ポリアセチレン。これがずらっとつながっています。

なぜ、この分子は電気を通すのか。高校化学の範囲から少し背伸びして、π結合(ぱいけつごう)という考え方を取り入れるとこの理由がわかると言います。

左が高校までの知識で見る二重結合、右がπ結合の考え方をふまえて見る二重結合。π結合は電子の通り道となるため、電気が通ることがわかる

「高校までの知識ではこの理由を説明できません。それでは知識の暗記で止まってしまいます。その先に、化学の本当の面白さが眠っています。その面白さをぜひ、たくさんの人にお伝えしたいのです」

暗記でおわらず、なぜ?と一歩踏み込むことが大事。

私たちはすでに、面白がる一歩手前まで来ているのかもしれません。ぜひ、廣瀬さんに背中

を押してもらい、一歩を踏み出しましょう!

おわりに

いかがでしたでしょうか。私たちの生活を豊かにしてくれる、さまざまな化学の世界。化学の視点を取り入れれば、きっと世界の見え方が変わることでしょう。

なお、化学賞チームのリサーチ内容や、2019年化学賞を受賞した吉野 彰先生へのインタビュー記事を保科さんと竹腰さんがブログでまとめています。ぜひこちらもご覧になってください。

分子で見る化学の世界
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200928post-369.html

未来からの問いかけを受信していますか?
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200929post-372.html

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