こんにちは! アクセサリーづくりが趣味の科学コミュニケーター・田中です。みなさんは生活の中で、なにか“つくること”をしていますか? 手芸や家具のDIYが趣味! という方もいれば、そんな大層なことはできない……という方もいるでしょう。ですが多くの方が、自分でゼロから“つくる”のではないとしても、市販品を自分が使いやすいようにアレンジするなど、なんらかの“つくること”を実践して生活に生かしているのではないでしょうか。今回は、そんな“つくること”とその可能性を研究者とともに考えたオンラインイベントについて、一部をピックアップしてお伝えします。
イベントのタイトルは「研究者と考える、いろんな“つくる”の可能性」。未来館の「研究エリア」*に入居するxDiversity(クロス・ダイバーシティ)プロジェクトから2人のメンバーをお呼びし、それぞれの“つくること”についてご紹介いただき、視聴者のみなさんの意見を聞きながら考えていきました。xDiversiyプロジェクトは、私たち一人ひとりの身体的・能力的な「ちがい」を起点に、それを乗り越えるようなさまざまなテクノロジーを研究しています。今回お呼びしたのは、視覚障害者のために目の前の文字を読み上げてくれるメガネOTON GLASS(オトングラス)の開発を主導した島影圭佑さん(株式会社オトングラス代表取締役)と、AI研究の一分野である画像認識技術を研究する菅野裕介さん(東京大学 准教授)です。
“つくること”は、課題に寄り添い続けること
島影さんは、お父さんが脳梗塞の後遺症で文字が読めない失読症になったのをきっかけに、OTON GLASSの開発を仲間とともに始めました。その後、文字を読むことが難しい弱視の方たちと協力して、OTON GLASSを開発してきたそうです。そんな島影さんは「“つくること”は、課題に寄り添い続けること」といいます。目の見えづらさから発生する複雑な課題を、技術で一挙に解決するような発想ではなく、小さな“つくること”を積み重ねながら、自らの力で、自らの課題を少しずつ解決していくような自分独自の生き方を実現していく。そんな姿勢が重要なのではないかと考えています。島影さんは現在、そのような発想で“つくること”を実践する人を増やしていくために、FabBiotope(ファブビオトープ)という活動に取り組んでいます。FabBiotopeは、弱視者とエンジニアが協働して発明を実践することで、OTON GLASSが生まれた瞬間と似た状況をつくり出し、そこで生まれた知を流通させるプロジェクトです。島影さん自身は、自らの身内が障害者になったというどうしようもできない課題に対して、OTON GLASSを“つくること”を通じて、考え、寄り添い続けてきました。そのような、自らが抱える課題に、自らが“つくること”で寄り添う像を、「当事者兼つくり手」と定義します。FabBiotopeでは“つくる”取り組みに参加してもらうことや、“つくる”過程で生まれた知を書籍や映画の形で流通させることを通じて、その発想や姿勢を広め、「当事者兼つくり手」を増やそうと考えているそうです。
研究も実は、“つくること”
一方、菅野さんは大学の研究者です。大学での研究というと、“つくること”とは遠い印象を受けるかもしれませんが、菅野さんはご自身の研究も“つくること”と捉えられるといいます。菅野さんの専門分野は、画像認識技術という、大きくは情報系に分類される分野です。情報系というと、身近なところではスマホのアプリやゲームなどのソフトウェア開発(人々に使われるモノを“つくること”)がイメージしやすいかもしれません。ですが、研究者として菅野さんがつくっているのは、実体を感じやすいソフトウェアのようなモノではなく、「新しいアイデア」だそうです。実体としての“かたち”はありませんが、発展させるとこれまでとは異なったアプローチでのモノづくりにつながる可能性がある、新しいモノづくりの方法のタネといえるかもしれません。そうした新しいアイデアを論文で世界中の研究者に向けて発表することによって、コンピュータで何がつくれるか、何ができるかという可能性を広げることを目指している、と話してくれました。
また、研究の重要な役割のひとつは、こうして研究者たちがつくったアイデアを、社会にある課題や困りごとに役立てるモノづくりに生かすことだ、と菅野さんは考えています。社会の中には多様な人々がいて、一人ひとり異なる課題や困りごとを抱えています。困りごとなんて一切ないという人はなかなかいないでしょうから、世の中には非常に多様な課題があるわけです。一方、研究者たちのさまざまな視点から生まれる研究成果も多様ですから、うまく生かせば多様な課題にアプローチできる可能性があります。たとえばOTON GLASSは、「目の前にある文字が読めない」という課題に対して、「カメラで撮影した文字をコンピュータで認識し、その文字を音声合成で読み上げる」ことでサポートします。ここでは、コンピュータで画像の文字を認識する技術や、音声を合成する技術などの基礎的な研究が生かされているといえます。
しかし実際には、研究成果が課題と結びつけられている割合はごくわずかだといいます。その中で取りこぼされてしまっている多様な研究成果と多様な人々の課題をすくいあげる重要なキーワードは、研究や課題に対しての「想像力」と、菅野さんは考えているそうです。「こんなニッチな課題に対して、あんな研究をしたら新しいモノができるかもしれないというふうに想像することの価値を信じたいんです」と、研究の可能性に対する期待についても話してくれました。
“つくり続ける”ために必要なことって?
こうした課題に対する想像力を広げるためには、研究をする側に多様な人がいることもまた重要だと、菅野さんはいいます。これに対して視聴者からは「研究者を増やすために、古代ギリシャ、ローマのような暇な社会をつくりたい」というコメントが寄せられました。一方で、「余暇があっても“想像する”習慣がないと、無為に過ごしてしまうようにも思いますね」というコメントも。身につまされます……。では、無為に過ごさず、モチベーションを維持しながら研究のような“つくること”を続けるためには、どんなことが必要でしょうか? 菅野さんは、「新しいモノを創造することを“かっこいい”と思う価値観や文化は、すごく重要なんじゃないかと思います」というご意見でした。たしかに、周りから“かっこいい”とポジティブに受け止めてもらえると思えていれば、安心して新しい“つくること”に挑戦できますし、それを続けたいとも思えそうです。
さらに、自分ならではのユニークな“つくること”を続けるうえで原動力となる魅力も語ってくれました。「ひとつの論文を何人が読むかと考えると、YouTubeのトップ動画よりもかなり少ないと思います。でも、僕が昔書いた論文を読んで影響を受けたんですっていう研究者と学会で会ったりするんですよね。全然知らない国の、全然面識のない研究者にも、論文でアイデアが伝わる喜びもあります。今の世の中はバズることに自分を最適化しがちですけど、その流れとは離れて自分のユニークさを世界に投げかけたら、だれかがどこかで見てくれているみたいな気持ちも重要だと思います」
後押ししてくれる仲間も大切
島影さんにとって“つくり続ける”ために重要なのは、菅野さんをはじめとするxDiversityの仲間だそうです。「メインストリームから外れていて、自分自身でも『これをやっていいのか?』と思うような創造行為を実践することや、社会に提示することって、ものすごく怖いんです。でもそれを後押ししてくれる人たちというのはいて、僕にとってそれはxDiversityのメンバーです。そういう仲間がいるという環境が、受動的になにかを消費しまくる生活から、なにかを“つくって”いくことへと自分の日常を組みなおす、最初の一歩につながると思います」と話してくれました。
加えて、強烈なケーススタディや奇抜なことに挑んでいる論文に出会うと元気がもらえるという話もありました。今回のイベントでは、視聴者の中に「水力発電機をつくっています(小学6年生)」という方がいました。その理由は「自分の住んでいる地域が水資源が豊富で、この水資源を使ってみたいと思ったから」だそうです。小学6年生にして水力発電とは驚きです。水力発電機を“つくること”もメインストリームから外れたチャレンジだと思いますが、そんな実践者がいて、その方が今回のイベントを見てくれたことは、イベントを“つくった”私にとってすごく元気をもらえることでした! 島影さんからは最後に、「僕も、水力発電機をつくっている人に負けないよう、がんばろうという気持ちになりました」と前向きなコメントをいただきました。
みなさんもぜひ“つくって”みてください!
いかがでしたか? 今回、“つくること”を改めて考えてみると、その可能性はとても大きいように感じました。みなさんもなにか“つくって”、発信したい気持ちになったでしょうか? 島影さんや菅野さん、そして未来館のメンバーも、みなさんの“つくること”を後押ししたいと思っていますので、ぜひ少しずつでも実践してみてください!
*未来館の「研究エリア」とは
展示エリアの隣にある「研究エリア」には最先端の科学技術研究を進める12の外部プロジェクトチームが常駐しています。化学、生命科学、ロボット工学、情報学、認知科学、心理学など多様なプロジェクトチームが、日々研究にとりくんでいます。ですがここは、研究者だけのための場所ではありません。来館者のみなさんが最先端の研究に参加する場所でもあります。研究者たちは、ともに研究を進め、未来をつくっていくために、みなさんをお待ちしています。