特別企画「超人たちの人体」好評開催中!オンライン観覧も同時公開中です!
先月7月17日(土)より、特別企画「超人たちの人体」が始まりました。
本展は、NHKの特別番組NHKスペシャル「タモリ×山中伸弥 超人たちの人体」と連動した展覧会です。
世界の頂点を極めたトップアスリートたちの人体の仕組みや美しさに迫り、私たちにも秘められた人体のさらなる可能性を肌で感じることができる、体験型の展覧会となっています。
入場無料、9月5日(日)まで休館日なしで開催しています!
事前の入場予約など、詳細はHPよりご確認ください。
特別企画「超人たちの人体」:https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/spexhibition/chojin.html
※入場は無料ですが、事前にオンラインで入場予約をしていただくことをおすすめします。
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、入館者数の調整などを行っています。
また、直接会場にお越しいただけない方々にもご観覧いただけるよう、会場の様子を360°カメラで見ることができる、オンラインコンテンツも同時公開中です。
360°で楽しむ!オンライン「超人たちの人体」:https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/spexhibition/chojin.html#appended-anchor-0
ということで今回は、オンラインでも本展を十分に楽しんでいただけるよう、特別企画「超人たちの人体」のブログツアーを行いたいと思います。
このブログを読みながらオンラインで観覧するもよし、読んだあとに実際にご来場いただくもよし、お好きな方法で、ぜひ本展を楽しんでください。
はじめに
それではまず、こちらのページからオンライン会場に入場してみましょう。(登録やログインなどは不要です)
360°で楽しむ!オンライン「超人たちの人体」:https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/spexhibition/chojin.html#appended-anchor-0
入口を入ると、右側に「史上最速を実現した奇跡の身体 ウサイン・ボルト」と書いた大きな垂れ幕が目に入りますね。
本展では、ウサイン・ボルトの他に、タチアナ・マクファーデン(アメリカ・パラ陸上)、ケレブ・ドレセル(アメリカ・競泳)という3名の世界的アスリートにフィーチャーし、MRI(核磁気共鳴画像法)などのさまざまな科学技術を駆使して、彼らの体の秘密に迫っていきます。
本展で紹介する3名のアスリートは、もちろん世界の頂点を極めたとてつもなくすごい選手たちなのですが、本展で伝えたいことは、彼らがいかに特別かということではありません。
超人たちの体を通じて皆さんに感じてほしいのは、私たち一人ひとりの体“人体”が秘める驚くべき可能性です。
アスリートたちは誰も、生まれながらにして超人だったわけではありません。
実はそれぞれ、一見ハンディキャップとも思えるような体の特徴や、苦悩を抱えていました。
そして、それらを乗り越えようとする並外れた努力や工夫が、普通では考えられないような大きな体の変化をもたらしました。
その大きな変化こそが、本展で伝えたい人体の可能性です。
もう少し具体的に言うと、私たちの人体に備わる“変われる能力”の大きさ、つまり可塑性(かそせい)の大きさを、超人アスリートを通して実感できるということです。
本展を通じて、あなたの体にも眠っている大いなる可能性を感じていただけると幸いです。
それでは、前段が長くなりましたが、コーナー1から順に見ていきましょう。
コーナー1 ウサイン・ボルト 〜史上最速を実現した奇跡の身体~
本展の最初の主役は、言わずと知れた陸上界のレジェンド、ウサイン・ボルト。ジャマイカの元陸上選手です。(2017年に現役を引退しました。)
ウサイン・ボルト選手と聞いて、皆さんまっさきに何を思いうかべますか?
斜め前に向かって弓を引くような、あのポーズではないでしょうか。本展の会場の中にも、よくよく見るとあのポーズが…。
コーナーのはじめは、彼の生い立ちや、記録を打ち立てたさまざまなレースに関する写真群から始まります。
ボルトは何度も世界記録を更新しましたが、中でも2009年に打ち立てた100m 9秒58という記録は、“人類初の9秒5台”として世界中を驚かせました。これは、10年以上たった今でも世界記録です。 (2021年8月27日現在)
ボルトの見どころ①:脊柱側わん症と、それを克服した全身の筋肉群に注目
ボルトの輝かしい功績写真たちを過ぎると、いよいよ、ボルトの体内に迫る展示が始まります。
本展では、何百、何千枚もの医療用MRI画像を重ね合わせて3次元像を作成する「シネマチックレンダリング」という技術を用いて、超人たちの体内を詳細に可視化しました。
シネマチックレンダリングによってより鮮明に見えてきたボルトの大きな特徴のひとつが、「脊柱側わん症」です。
背骨は、一般的に体の前後の方向に緩やかなカーブを描きますが、ボルトの背骨はそれに加え、右方向にも大きくわん曲していたのです。
このわん曲は、動作の左右バランスに影響を与え、ランニングフォームを不安定にしてしまうので、100分の1秒というわずかなタイム差を競うスプリンターの世界では、大きなハンディキャップと思われていました。
そんな側わん症を抱えながら、ボルトは如何にして世界最速を実現したのでしょうか?
その秘密は、他でもない“筋肉”にあります。
厳しいトレーニングによって全身の筋肉を鍛えぬいたボルト。本展では特に、背骨の周囲を鎧のように覆って守る腹部、走る際の体のバランスを保つ腕、大きく力強い一歩を生み出す太もも、大地を蹴るときの強力なバネになる足の裏の4つの筋肉群に着目しています。
これらの筋肉が、脊柱側わん症によるハンディキャップを克服するだけでなく、ボルトの走りを支える大きな武器となったのです。
中でも、特に際立っているが太ももの筋肉です。
ボルトは、スプリンターの中でも群を抜いて太ももの筋肉を発達させており、その筋力はなんと成人男性の平均値の2倍も大きかったそうです。
その一方で、ボルト最大の武器であるこの太ももは、皮肉なことに選手生命を縮める原因にもなりました。
側わん症により左右のバランスが崩れるボルトは、走る度に太ももの筋肉が無理にのばされ、何度となく同じ場所で肉離れが起こりました。その痕は、今もくっきりと体に刻まれています。
ボルトの見どころ②:ボルトのパワーを体感!太ももの筋力測定
本展では、実際に自分の太ももの筋力を測定することができるコーナーがあります。
主に太もも前側にある大腿四頭筋により発揮されるひざを伸ばす力を測り、ボルトの記録に挑戦してみましょう。
ということで、最近運動不足ぎみの筆者もボルトに負けじと挑戦したところ、記録は26.0kgfでした!(ちなみに、kgfは重量キログラムという力を表す単位です。)
ボルトの記録はなんと127kgf(!) ですが、8月27日時点でこの記録を超えるお客様は現れていません…!(写真を撮影した日の最高記録は90 kgf)
太ももの力に自信がありそうなそこのあなた…ぜひ来館してウサイン・ボルトの記録に挑戦してみませんか?
ボルトの見どころ③:1歩で2m80cm超え!ボルトの歩幅を体感しよう
そして、ボルトのもう一つの大きな特徴が、大きな歩幅です。
世界記録9秒58を出したレースで最高速度に達した地点での歩幅は、な、なんと2m86cmにも及ぶそうです。
本展では、実際の大きさを体感することができます。ぜひ自分の歩幅と比べてみてください。
また、ここでは紹介しきれていませんが、他にも、シネマチックレンダリングで構築したボルト体内の様子をリアルサイズで立体的に観察することができるプロジェクションマッピングの展示などもあるので、ぜひ続きは会場やオンラインで自由に鑑賞してみてください。
コーナー2 タチアナ・マクファーデン 〜未知の能力を覚醒させる“超適応”〜
さて、それでは2つめのコーナーに参りましょう。
次の主役は、アメリカのパラ陸上タチアナ・マクファーデン(Tatyana McFadden)選手です。(現役の選手です。)
マクファーデンは、100mなどの短距離種目からマラソンなどの長距離種目まで、ひいては冬季種目のクロスカントリースキーにまで挑戦し、次々とメダルを獲得してしまう、信じられないくらいチャレンジングでパワフルな選手です。
展示の最初に、マクファーデンがメダルをとったいくつかのシーンが並べられていますが、彼女がいかに多彩な種目で活躍しているかが見てとれます。
2021年8月に開催されている東京パラリンピックでの活躍も、注目されます。
マクファーデンが生まれたのは旧ソビエト(今のロシア)・サンクトペテルブルク。二分脊椎症(にぶんせきついしょう)により腰から下がまひした状態で生まれ、孤児院で育ちました。
当時はソビエト崩壊の混乱期で施設に余裕がなかったため、車いすすらも与えられない環境でしたが、マクファーデンは「Ya sama!(わたしはできる)」を合言葉に、腕で体を引きずって歩いたり、逆立ちで階段をのぼったり…。誰に言われるでもなく、自分なりの工夫で“できない”と思われていたことを、できることに変えていきました。
この経験こそが、人体の可塑性を引き出すトリガーとなりました。彼女の脳では、普通では考えられないような大きな変化が起こっていたのです。
マクファーデンの見どころ①:手を足のように使うことで起こった脳の大きな変化、超適応
マクファーデンが右手を動かすときの脳の動きをfMRI(機能的磁気共鳴画像法)という手法で観察したところ、健常者であれば脚の指令を出す領域まで使っていることが分かりました。
また、体幹を動かすときも、同じく脚の領域まで使っていることが分かりました。なんと、脚の領域は手と体幹の両方をコントロールしているのです。
このことは、使われていないはずの脚の領域を別の部位の指令に使っているということと、本来重なり合わないはずの手と体幹の領域が重なっているということ、2つの点において新しい発見でした。
マクファーデンの脳では、幼いころから脚の代わりに手を最大限利用してきた経験によって、考えられないような大きな変化、いわば“超適応”が起こっていたのです。
ちなみにこの超適応は、本展の監修者の一人である内藤栄一先生が所属する日本の研究グループが研究を進めている比較的新しい考え方です。脳には進化や発達の過程で使われなくなる部位があります。脳や体に異変が起こると、脳がこの使われない部分などを使って新たな神経ネットワークを再構成し、新たな回路で異変が起こった部位のはたらきを肩代わりしようとするのです。
こうした超適応は、障害の有無などにかかわらず実は誰にでも起こりうる現象で、まさに脳の“可塑性(変われる力)”を示していると言えます。
超適応の研究内容について詳しく知りたい方はこちらへ。
文部科学省 科研費 新学術領域研究「超適応」 :https://www.hyper-adapt.org/
マクファーデンの見どころ②:レーサー(競技用車いす)体験
そして、本展では、陸上競技用の車いすを2台展示しています。
1台目は、マクファーデンが競技で使用しているものと同型の競技用車いす(「レーサー」と呼ばれます)で、その特徴的な形や大きさをじっくり観察することができます。
筆者は、その座面の狭さとタイヤの細さに驚きました!
そして、もう1台の車いすは、漕ぐと前の映像が進み、トラックを走るマクファーデンの視点を疑似体験することができます。マクファーデンの世界記録100m 16秒13に挑戦してみましょう! (制限時間60秒)
筆者も例にもれず「目指せ世界記録!」 と息巻いて挑戦しましたが、記録は43秒07でした。(腕が…痛い…!)
本展でも1位2位を争う人気コンテンツなので、来館された際はぜひ挑戦してみてください。
コーナー3 ケレブ・ドレセル 〜究極の美が生むスピード〜
それでは3つめのコーナーに参りましょう。本展最後の主役は、アメリカの競泳選手ケレブ・ドレセル(Caeleb Dressel)選手です。(現役選手です。)
先日の東京オリンピックでは、出場した100mバタフライ、100m自由形、50m自由形、400mフリーリレー、400mメドレーリレーの5種目で金メダルを獲得するという、まさに怪物のような強さを誇る、アメリカ競泳界の若きエースです。
7月31日の東京オリンピック100mバタフライ決勝では、2019年に自身が打ち立てた世界記録を0秒05更新して優勝しました。
本展ではちょうど100mバタフライの世界記録の変遷を紹介していたので、オープンからたった1週間で、パネルの情報が古いものになってしまうという珍しい事態に。(急いで新記録情報を追加しました。)
2019年に打ち立てた49秒50という世界記録も、10年間破られていなかったマイケル・フェルプスの記録を破ったということで大変な話題でしたから、さらにそれを自分で更新してしまうなんて、すごすぎて想像が追いつきません…。
ドレセルの見どころ①:呼吸筋の使い方
ドレセルの強さの一つに、レースの後半で息継ぎをしない“無呼吸泳法”があります。
息継ぎをしない方が水の抵抗が少ないためスピードが落ちにくいという利点がありますが、レース後半は疲労がたまり呼吸がどんどん苦しくなる局面なので、これは容易にできることではありません。
ドレセルの無呼吸泳法の秘密は、胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん)にあります。胸鎖乳突筋は、耳の下あたりから鎖骨や胸骨にまでつながっている筋肉です。
普段、呼吸を制御するメインの筋肉は横隔膜ですが、激しい運動などで息が上がったときには、胸鎖乳突筋などの補助的な筋肉が呼吸を助けます。
逆に言うと、激しい運動などの緊急時以外は、胸鎖乳突筋はほとんど呼吸には使われません。
しかし、ドレセルは激しい運動をしていないときからこの筋肉を呼吸に使うことができていることが分かりました。さらに、ドレセルの胸鎖乳突筋はチームメイトと比べて1.5倍も大きく発達していました。
激しいトレーニングによって胸鎖乳突筋が鍛えられ、運動が激しくない段階から効率よく利用できるようになったと考えられます。
これにより、横隔膜などほかの呼吸筋の疲労を遅らせ、一度に多くの酸素を肺へ吸い込むことができるため、他の人では滅多に真似できない無呼吸泳法を実現できたのではないかと考えられます。
ドレセルの見どころ②:飛び込みの力
そして、ドレセルのもう一つの強みは、弾丸スタートです。
世界記録を出したレースでは、スタートからわずか15mの地点ですでに他の選手より体半分、0.5秒以上の差をつけていました。
これは、スタート台から飛び出す力、つまりスタート台を蹴りだす脚の力によって生み出されています。
ドレセルの蹴りだす力を垂直跳びによって計測したところ、記録は75.3cmでした。これは陸上の跳躍競技のトップ選手に匹敵します。
…ということで、本展の最後の体験コーナーでは、垂直跳びです!
簡易的な計測器を用いて、垂直跳び(≒蹴りだす力)を計測してみましょう。
例のごとく、筆者もやる気満々で挑戦し、記録は25cmでした…!(写真から伝わる必死さの割に記録が伸びない…)
ちなみに、撮影日の最高記録は57cm。こちらも、ボルトコーナーと同じく、いまだにドレセルの記録を超えるお客様は現れていません(8月27日現在)。
…垂直跳びにも自信がありそうなそこのあなた、ぜひ挑戦してみませんか?
おわりに
ここまで、3名のアスリートの体の秘密を細かにご紹介してきました。長文にお付き合いいただきありがとうございました。
実は、まだまだ紹介しきれていない展示がたくさんあります。
「もっと知りたい!」と思ってくださった方は、ぜひ来場して、あるいはオンラインの360°ツアーで、じっくり観覧してみてください。
それぞれのアスリートが見せてくれたのは、鍛え抜かれた肉体の強さや美しさだけではありません。
彼らが、世界の頂点に登りつめるまでには、自分の体の特徴をよく理解し、強い意志の力で工夫や努力を重ねてきた長い過程があります。
人体には、その努力や工夫に応えて、変わることができる力“可塑性”が備わっています。それは誰の体にも、必ずあります。
ぜひ本展をきっかけに、自分の体に眠る新たな可能性を見つめなおしてみませんか?
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