令和3年(第15回) みどりの学術賞 受賞記念イベント報告

人と自然が共生する世界、どうすればつくれる?

みなさんは、勉強、スポーツ、お仕事、趣味などで達成したい目標はありますか?

実は、世界の国々が一緒になって、たてている目標があります。人類が将来もずっと地球で暮らし続けられることを目指すもので、例えば、SDGs(持続可能な開発目標)は、2030年までに「持続可能でよりよい世界」にしようと、国連に加盟している193か国がともに掲げている目標です。

このようなよりよい社会を目指した国際目標はいろいろありますが、今回注目したいのは、2050年までに「自然と共生する世界」を実現するという目標です1。私たちの生活はあらゆる面で自然からの恵みに支えられていますが、私たちはその自然を壊したり、自然の回復力を上回る形で利用を続けてきてしまいました。この自然破壊を止め、むしろ自然を再生していくことが、将来もずっと続いていく、持続可能な社会をつくるうえで求められています。それも、これからの10年がこの目標を達成するうえで非常に重要であるとのこと!

この「自然と共生する世界」とは、いったいどんな世界なのでしょうか。そして、私たちは、自然とどんな付き合い方をすることで、この目標を達成することができるのでしょうか。

オンラインイベント「令和3年(第15回)みどりの学術賞 受賞記念イベント 武内先生と考えよう!自然も人も大切にできる社会のつくりかた」では、令和3年(第15回)みどりの学術賞受賞者である武内和彦先生にご出演いただき、自然と人とが共生できる社会についてのお話とその取り組みについて伺いました。

イベント当日の様子

日本の里山・里海は、自然と人とが共生してきた場所

「みなさんは、「自然」というとどんな景色を思い浮かべますか?」

イベントの開始前に、視聴者のみなさんにこのような質問をしました。すると、Youtubeのチャット欄には「子どもたちが水遊びしている川」との書き込みが! 「自然」といっても、身近にある川や森、人の手が入っていない原生林など、さまざまな風景が思い浮かびますよね。

生き物調査の様子 (写真提供: 佐渡市)

その身近な自然のひとつに、里山里海があります。武内先生は、このような「日本の自然は、人によって持続的に使われてきたという歴史がある」と言います。どういうことかというと、里山や里海では、その土地で収穫されたものをそこで消費する地産地消の仕組みがありました。その土地の自然と人とが持続的に共存していける仕組みが自然と成り立っていたのです。

その後、経済成長が始まり、地域や国境を超えた交流が行われるようになりました(グローバル化)。そして、人は都市に集まり、農村地域では高齢化が進むようになりました。生産地(農村)と消費地(都市)とが分かれてしまい、食べ物は、自分たちの地域で作らなくても、海外から安いものを大量に輸入することができるようになったのです。

この変化に対して、武内先生は「このような社会が本当に持続可能な(ずっと続いていける)社会に繋がるのかというと、私は繋がらないと思います」と言います。そして、里山のような、「人と自然が持続的に共生できる仕組みを、現代社会のなかでどう活かしていくかを課題とし、これまで研究に取り組まれてきた」とのことでした。

日本から発信: 世界の人たちとともに

「人と技術・情報の交流のグローバル化はあっていいが、自然と人間が良好な関係をつくる社会、自然共生社会をつくろう」

「日本だけでなく、世界の人たちと一緒にそれぞれの地域でやっていきたい」

このような思いが実践されている、「SATOYAMAイニシアティブ」という取り組みをご紹介いただきました。

SATOYAMAイニシアティブとは、日本の里山のような環境で、人と自然のよりよい関係を再構築していくことで、将来もずっと続く自然と人とが共生できる社会をつくる国際的な取り組みです。これは、2010年10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)という国際会議で提唱されました。この「SATOYAMA」、当初英語として広めることは大変だったそうですが、今では国際共通語になっているのだとか。

「海外に行くとですね、スウェーデンで、ここがスウェーデンでの里山ですって逆に説明をされたり、あるいはオーストリアの里山ですっていうふうに説明を受けたりすることがしばしばあります」とのこと。そして「世界にも、日本の里山のような、人と自然とのよい関係がはぐくまれている場所はある」と武内先生は言います。 そういった海外の土地も「SATOYAMA」と総称することに関して武内先生は、「世界には(その土地それぞれの)里山的環境の呼び方がある。世界中でSATOYAMAって呼んでくれっていうよりも、むしろそれぞれの固有の名称を大事にしながら、再生をはかっていくことが大切」という想いがあったそうです。現在、世界にある里山的景観、里海的景観に対しては、「社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(Socio-Ecological Production Landscapes and Seascapes)」という言葉が使われているとのことでした。

お話を聞いていて、日本の里山の見方が少し変わった方もいらっしゃったかもしれません。私たちの身近なところに、人と自然が共生していくヒントがあったのです。

私のものでも、公のものでもなく、
“わたしたちのもの”として守っていく自然と文化

ただ、里山のように人と自然が寄り添い暮らしていた場所において高齢化が進むなど、土地の管理が難しくなってきていると武内先生は指摘されました。そこで重要な役割を果たすのが、「コモンズ(共有地)」という考え方だそう。

これまで、里山などでは、農業は農業、林業は林業などそれらにかかわる人達が独立して活動してきたとのこと。その境界を取り払い、地域で暮らす人たちがその土地の自然を「わたしたちのもの」として適正に手を入れ守っていくというのが、「コモンズ」という考え方だそうです。 例えば、阿蘇山には広大な草原がありますが、これらは火入れによって維持されています。それが、農家の方の高齢化によって、火入れを農家だけでやっていくのが難しくなったそう。そのような状況でしたが今は、火入れの時期になるとボランティアの人がやってきて、みんなで火入れをするというかたちで維持されているとのこと。まさに、「コモンズ」として、阿蘇山の草原が維持されているという事例のご紹介がありました。

「現代版の自然共生社会」をつくる

ここまでのお話を聞いていて、これから目指す「自然と共生する社会(自然共生社会)」は、昔の暮らしに戻ることではないことがわかります。

人と自然がお互いに関係を持ちながら、農林水産業を中心として維持されてきた里山や里海といった景観。このような環境を大事にしていくために、「これらの地で育まれてきた知恵を集めて、世界の人とともにそれらの知恵を今後の地域づくりに活かしていくこと」人と自然が関わりながら維持されてきた土地を、みんなの共有地として管理しようという「コモンズという考え方」。そして「伝統的な知恵と近代的な知識を組み合わせることによってこれからの時代にも里山的な社会が通用する仕組みをつくっていくこと」、この3つが重要であると武内先生はいいます。

現代版の自然共生社会の実現に必要なこと (SATOYAMAイニシアティブの3つの行動指針(注2)をもとに作成。一部改変。)

農業で起きた自然共生社会に向けた大きな方向転換:
世界農業遺産の誕生 

農業の分野においても、グローバル化に伴い、大きな動きがありました。1940年代から国際連合食糧農業機関(FAO)によって、生産向上を目的とした緑の改革が推進されました。緑の革命は、農地を大規模にし、農薬・化学肥料をたくさん投入して生産効率を高めようというものです。しかし、「これらの土地では一時的に生産は増えても、(のちに)生態系が破壊されて、その土地が荒廃して不毛地になってしまう」ことがわかったそうです。つまり、自然を破壊して利用するかたちの農業だったのです。

そのような状況のもとで、小規模農業、家族農業など生態系と調和した農業を活かしながら、持続的に食料を供給できるシステムがないだろうかと模索され、生まれたのが「世界農業遺産」とのことでした。

中国のお茶畑:左は大規模化が行われた茶畑、右は森のなかでお茶の木が栽培されているお茶の森(写真提供: L, Liang)

「世界農業遺産」について、武内先生は「世界農業遺産は生きている遺産。人々が次世代につないでいく遺産」とおっしゃられていました。これまで大規模化の開発が行われてきた農地においても、自然と調和した農地への転換が行われている場所もあるそうです。

人と自然とのよりよい関係を目指す取り組みが、農業の分野でも世界的に動いていました。

~質問コーナー~

海外の農地の大規模化のお話に関連して、日本の農業の状況についての質問がありました。

〇日本の農業も似たような現象(農地の大規模化や農薬・化学肥料の多投入)が発生しているのでしょうか?

武内先生のご回答:

日本では、グローバル化にともなう農産物の輸入の自由化により、日本の農業が海外から安く入ってくるものに太刀打ちできないという状況があり、そのため、農地の大規模化、作業の機械化によって生産性を上げて、海外に立ち向かっていくという考え方がある。しかし、日本の里山のような繊細なひだのある自然のもとで、土地の条件を考えずに大規模にしてしまうといろんな意味で問題が生じる。環境にとっても問題があるし、地域の景観も破壊される。(そして、このような方法で海外と)本当に戦えるかというと、日本ではアメリカのカルフォルニアのような(広大な)圃場にすることはできないので結局は勝てない。
そこで、日本の農産物に価値を付加(自然を大事にしている農法であって、高いけれども、高品質で健康にいいなど)して売ることなどを農林水産省では議論している。これらが事業として推進されていることは、世界農業遺産といったような環境に配慮しながら農業をすることが認められ始めている(ということでもある)。

日本では、海外との競争という面から、農地の大規模化が行われるようになったのですね。そして日本でも、農業の在り方が変わろうとしている、そんな現状をお聞きすることができました。

農業大国ではないけれど、農文化大国である日本

日本には世界農業遺産に指定されている地域が11か所あります(2021年8月時点)。 「日本は農業大国ではないけれども、「農文化大国」だ」と武内先生は言います。「農文化とは農がはぐくむ文化」だそう。

みなさんのなかには、農業にまつわる文化的行事をご存じの方もいらっしゃるかもしれません。武内先生がご紹介してくださったのは、新潟県佐渡の「能」という文化と「農業」のつながり。佐渡では島内の各地で「能」の文化がみられます。「能」はかつて佐渡の外からきた人たちによって広められたそうですが、それと同時に農業の催事としても島内で展開されていったとのこと。佐渡では、農業の営みのなかで伝統芸能である「能」が受け継がれているのです

その土地の農業を守っていくということは、その土地の文化を守っていくことにつながるだということに気づかされました。

和歌山県のみなべ・田辺の梅システム。山には薪炭林(炭や薪(まき)などの原料となる木材がとれる森林)。山を下りると梅の林。薪炭林と梅林の間には棘のある植物が生えていて、二ホンミツバチが生息しているとのこと。そのミツバチたちが梅の受粉をしているのだそう。ウバメガシの薪炭林では「紀州備長炭」がつくられ、梅林では梅が生産されている(注4)。人の暮らしと自然のつながりがみられる。 (写真提供: みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会)

人と自然が共生できる農業を保全していくための課題: 
解決のカギは近代の科学技術

しかし、世界農業遺産のような自然と調和した農業にも課題はあるそうです。

「このような農業は、環境や持続可能性からいうとよいのですが、経済的な利益のでるかたちにするのが難しい」と武内先生は指摘します。「いわゆるアグロフォレストリー(森を管理しながら、そのなかで農作物の栽培や家畜の飼育をすること)は複雑であり、これまでは利益につなげることが難しいとされてきました。(そのため)どんどんなくなっている。」とのこと。つまり、「生産が複雑すぎて、利益のでるかたちにできていないこと」が、問題点だったそうです。ここで活躍が期待されているのが、近代の科学技術!

これがどういうことかということを、視聴者の方からの「里山の再構築にAIや自動ロボットが応用されているのか?」という質問への武内先生のお答えを引用しながらご紹介します。

視聴者の方がご指摘くださった「現代のデジタル技術」が、まさに農作物の生産が複雑すぎるという問題点を解決するカギとなるとのこと!例えば、「何時ごろに収穫をすればいいか、そしてどこに売れば一番高く売れるのか、そして1年を通してどうやって収益を確保するかということを、これまでのような勘に頼るのではなくて、世界と繋がったデータとして管理する」ことで、利益につなげることが期待できるそう。 さらに、「農作物の国際認証のシステムにより、(環境に配慮した土地で)生産されたものが他のものよりも価値のあるものなのだという見方もされるようになってきているし、そういうものしか買わないという企業もでてきた」とのことでした。

「このように、新しいいろんな仕組みが付加されることによって、以前は複雑で利益があがらないとされていた農業の方法も生きながらえていくことができるようにする。そういうことにしていきたい」と武内先生は語ってくださいました。

伝統的な知恵と現代の知識と技術が組み合わさることで、環境に配慮した農業が現代のなかでも続いていける、そんな姿がみえてきました。

現代版 自然共生社会のかたち

それでは、現代における自然共生社会とは実際にはどういったものになるのでしょう。

地域という場で、社会、環境、経済の問題を統合的にみて、(それらの解決のため)実践していくことが重要」と武内先生は言います。そのような取り組みの一例として、北海道の下川町にある「一の橋バイオビレッジ」が紹介されました。ここでは、「地域における超高齢化社会」の課題と「環境問題解決のための脱炭素化」、「経済の活性化を促す新産業の創造」に地域ぐるみで取り組んでいるとのこと。例えば、ここは木質バイオマスによるエネルギー生産をしていることで有名です。このような再生可能エネルギーの利用を通して、脱炭素化に取り組んでいます。また、写真にある集住住宅では、高齢者と若い人に一緒に暮らしてもらうのだそうです。「子育て中の家族のお父さんとお母さんが職場で働いている間は、(集住住宅で一緒に暮らしている)高齢者が(子どもたちの)面倒を見てくれる。そのことが高齢者の生きがいにもつながる」といった好循環を生み出すライフスタイルがつくられつつあるそうです。高齢者と若い人がともに助け合いながら、自然とも寄り添いながら暮らしていける、あたたかい社会のかたちがみえてきました。

北海道下川町の一の橋バイオビレッジ(図提供:下川町)

このような複数の社会課題を統合的に解決していこうという取り組みは、「地域循環共生圏」という政策として日本各地で実施されはじめているとのことでした。さらに、東南アジアや南アジアの国などでの展開に向けても話が進められているそうです。「里山(「SATOYAMAイニシアティブ」)を越えて、「地域循環共生圏」ということで、日本発の提案として世界に広げていくといいのではないか」と武内先生は話してくださいました。

現代の自然共生社会のかたちを覗いてみたら、自然だけでなく、人々の暮らしもより大切に、豊かにしていける社会の姿がみえてきました。

地域循環共生圏(図提供: 環境省)

これからの10年、あなたはどこで、どのように生きていきたいですか?

現在私たちが直面している新型コロナウイルスの感染拡大や気候変動の背景には、人と自然との不適切な関係があると武内先生は言います。新型コロナウイルスといったような人獣共通感染症の根本的な背景には、野生動物の領域に人間が入りすぎている状況があるとのこと。こういった感染症といった面でも、人と自然がよりよい関係を築く自然共生社会を目指すということは、人類にとって重要な課題であることがわかります。

その一方で、コロナ禍によって新たにわかったことも大事にしていきたいと武内先生は言います。

例えば、インターネットを使用することで、遠くにいても仕事や会議ができること。この「デジタル技術を使ってできる」経験をもとに、新たな取り組みも始まっているそう。例えば、国立公園で仕事ができる、ワーケーション。国立公園で、休暇を取りながらテレワークができないかということで、環境省のレンジャーの方たちが自らモデルになって、ワーケーションの試行実験を始めているそうです。

将来は、会社の場所にとらわれることなく、自分の好きな土地で仕事ができる、そのような暮らしが普通になる時代がくるのかもしれません。そしてそのようなライフスタイルが、地域の自然や暮らしを守ることにつながるのであれば、 とても素敵な未来だと思いませんか?

(写真提供: 環境省)

環境問題というと、その解決のためになにかを我慢しなくてはならないと考えてしまいがちかもしれません。しかし、今回のお話にあった自然と寄り添いながら生きていく未来の社会像は、むしろ私たちに新しい“幸せ”のかたちをもたらしてくれるもののようにみえました。

みなさんは、自然と共生する未来、どう感じましたか?

~質問コーナー~

こちらのイベントでは、事前に武内先生への質問を募集しておりました。そこで質問を応募してくださった砂漠化半蔵門さんからの質問を紹介します。

〇 武内先生は多くの学生を指導されてこられたと思います。学生さんには研究を進める上で、どのような視点や意思が重要だとお考えですか。

武内先生のご回答(抜粋): (すべての学生に共通のお話ではないとの前置きがありました)

(武内先生の分野では)現場の声を聴くこと。現場に入って泊まり込みで、地元の食べ物を食べて、それを論文化する。なかなか成果がでてこないが、環境を保全していくうえで大事である。

武内先生が研究に取り組むうえで大切にしてきたこと、大変だったことを、この質問の答えを通して伺うことができたように思いました。 事前に、また放送中にご質問くださったみなさま、どうもありがとうございました!

こちらのイベントは、現在アーカイブ動画を配信しています。興味を持たれた方は、ぜひご覧いただけると嬉しいです。


注釈

1: 生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で採択された、「Strategic Plan for Biodiversity, including Aichi Biodiversity Targets 2011-2020 (愛知目標を含む、生物多様性戦略計画2011-2020)」の長期目標として記載されています。このあとに続く、「The Post-2020 Global Biodiversity Framework (ポスト 2020グローバル生物多様性 枠組)」の内容の検討が現在進められており、2021年10月、2022年4月~5月に中国(昆明)にて開催予定の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)にて採択が議論される予定です。

2: 環境省 生物多様性地球戦略企画室・国連大学高等研究所、SATOYAMAイニシアティブパンフレット、2010年4月

3: 佐渡市、『トキと共生する佐渡の里山』 新潟県佐渡市 世界農業遺産保全計画(第3期)、令和3年4月

4: みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会(みなべ町うめ課内)、パンフレット『世界農業遺産 みなべ・田辺の梅システム 里山が育み、人がつなぐ梅づくり』

5: 2018年4月17日に閣議決定した第五次環境基本計画のなかで提唱されました。


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