イネの収量3割増?植物体に大号令をかけたある遺伝子とは

―ある遺伝子がたくさん働くようにすると、米の収量が3割以上増えた。

今年2月2日に発表された名古屋大学のプレスリリース(※)を見て驚いた。一般的な大きさの田んぼ1枚から500kgのお米が収穫できるとして、3割収量が増えると150kgの増収となる。農家1戸あたり10枚田んぼを持っているとして、1,500kgの増収となる。すごいインパクトだ。

(※)「イネの収量を増加させる画期的な技術開発に成功~食糧増産と二酸化炭素や肥料の削減に期待~」
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20210202/index.html

この「ある遺伝子」とは、プロトンポンプというたんぱく質の設計図だ。このたんぱく質はプロトン(H+)を細胞の外へ出すポンプの役割を持っている。これにより、カリウムイオン(K+)のような、別のプラスイオンを物々交換するように吸収することができる。

プロトンポンプによって、細胞内外でイオン(H+やK+)の交換が行われている様子のイメージ。実際はプロトンポンプを動かすためにエネルギーが必要

プロトンポンプが働くことで、どのような変化が起こるのだろうか。例えば、二酸化炭素を吸収する窓口となる気孔を開けやすくしている。また、根からアンモニウムイオン(NH4+)をはじめとした栄養分を吸収する際にも活躍する。二酸化炭素は光合成に、アンモニウムイオンは植物の体を作るのに大切な窒素分として、それぞれ使われる。つまり今回の研究では、プロトンポンプを増やすことでイネの体の材料がたくさん入ってくるようになり収量が増えた、ということだ。

特に葉の裏側に気孔がたくさんある。実際はプロトンポンプの働きに加え、光の刺激などほかの条件も必要。気孔が開くと、二酸化炭素をはじめとしたガスの交換が行われる
根の細胞表面にもプロトンポンプがあり、アンモニウムイオンをはじめとした栄養分の吸収が行われる

さらに、プロトンポンプを増やしたイネは窒素肥料の吸収効率も良くなっていた。与える窒素肥料の量を標準的な量と比べて半分に減らしても、標準より収量が増えたそうだ。実は一般的に、イネに与えた肥料の一部は使い切ることができずに環境中に流れていく。今回の研究成果により肥料の量を単純に減らせるとなれば、経済面や環境負荷の面において喜ばしい。

実験結果の一部に関するイメージ。左側は、通常量の肥料で育てた普通のイネ。右側は、半分の量の肥料で育てたプロトンポンプを増やしたイネ。左側のイネと比べて右側のイネの方が、肥料は少ないが収量が増えており、肥料の吸収効率が良くなっていることがわかる

収量や肥料の吸収効率だけじゃない!研究の面白ポイント

この一連の発見は、こうした実利的な貢献につながる可能性がある。もちろんこのことも素晴らしいが、むしろ筆者は生物の仕組みに関する基礎研究的な面でも内心ワクワクしていた。

光合成や栄養分の吸収といった植物の基本的な活動は想像以上に複雑なプロセスを踏んでいる。例えば、二酸化炭素を取り込んだのち、それが糖に変換されて植物内に蓄積されるまでには長い道のりがある。根から吸収したアンモニウムイオンについても同様に複雑だ。そうかと思えば、葉と根でプロトンポンプという同じ仕組みをうまく使いまわしていたりもする。植物の体はとても巧妙にできていて、その仕組みの多くはいまだに謎に包まれている。

先ほどは、「イネの体の材料がたくさん入ってくるようになり収量が増えた」とシンプルに書いたが、実際ここまでうまくいくことは多くない。植物の研究において、材料を吸収させてもその後のプロセスで流れが止まり、結局材料を持て余して効果が無かったといったことも現実にはよくある。今回の研究で面白かったのは、意図的に増やしたプロトンポンプの働きだけでなく、関連するたくさんの遺伝子もパタパタと働くようになっていたことだ。一つの変化に反応し、植物の体全体が調和的に動いたというのはとても面白いと思う。

この研究は実用面において大きな可能性を持つだけでなく、多くの謎を含む植物の体のシステムを解明するのに非常に役に立つのではないだろうか。今後の研究の展開が楽しみだ。

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