こんにちは!科学コミュニケーターの片岡です。
今年のノーベル生理学・医学賞を受賞されたのはこちらの方々です!
デビット・ジュリアス博士(カリフォルニア大学)
アーデム・パタポウティアン博士(ハワード・ヒューズ医学研究所)
受賞テーマは「温度と触覚の受容体の発見」
温度と触られたことを感じとる身体の仕組みを見つけた方々なんです!
スープを飲んだとき「温かい」と感じたり、手を握ったとき「触っている」と感じたり・・・
どうしてそのように感じることができるのでしょうか?皆さんは考えたことがありますか?
・・・当たり前すぎて、考えたこともないかもしれません。ですが、これを改めて考えてみれば、当たり前の中に隠れている実は知らなかった不思議、そして私たちの身体の仕組みのおもしろさを「感じる」ことができるはずです!
私たちはまわりの環境をどのように感知しているのか?
日差しの暖かさ、そよ風が肌にあたる感触。私たちは周りの環境を感じながら生活しています。「どうしてこれらを感知することができるのか?」これを不思議に思った人々は、この疑問に挑み続けました。
17世紀、哲学者のデカルトは「皮膚と脳は糸のようなもので結ばれていて、皮膚で受けた刺激を脳に送ることで、温度や触覚を感じることができるのではないか」と考えました。その後も研究は進み、デカルトが想定した「糸」は「神経細胞」というかたちで身体の中に存在し、温度や触覚などの「刺激」は神経細胞の中を「電気」というかたちで脳まで送られることが分かりました。(これがわかるまでにも、3つのノーベル生理学・医学賞が贈られた研究が関わっています!)
ですがまだ、温度や触覚の刺激がどのように「電気」というかたちに変わっているのか、謎に包まれていました。その謎を明らかにしたのが、先ほどのお二人です!
温度の受容体を発見したきっかけはトウガラシ!?
温度の受容体をはじめに発見したのは、デビット・ジュリアス博士です。それまでに、トウガラシがもっているカプサイシンという成分が神経細胞に作用して、「辛い」「熱い」「痛い」と感じることが明らかになっていました。しかし、具体的に何がどのようにカプサイシンを感知して、その刺激を伝えているのかまでは分かっていませんでした。そこで、ジュリアス博士は「カプサイシンを感知する受容体」を探す研究を進めます。
そもそも、「受容体」とは何なのでしょうか?
簡単にいうと、「特定の刺激や物質に反応するスイッチ」のことです。きまった刺激や物質が来ると、スイッチがオンとなり、それを受けて細胞の中などで一連の反応が起きます。受容体には様々なかたちがあります。その中でも、神経細胞などの細胞膜には「イオンチャネル」と総称される受容体があります(チャネルは運河の意味です)。イオンチャネルは開閉する通路のようなかたちをしていて、通常閉じているチャネルが刺激を受けて作用すると開き、電気的な信号が流れます。
① 刺激を受けていない状態(チャネルが閉じている状態)では、細胞の内側がマイナス(-)、外側がプラス(+)の状態が保たれています。
② ある刺激を受けて反応するとイオンチャネルが開いて、開いた隙間からプラスの電気的性質をもったイオン(Na+)が内側へ流れ込みます。
③ 細胞の外側と内側の電気的性質が、一部逆転した状態になります。
④ 逆転した状態がどんどん周りに伝わっていき、波のように電気的な信号が流れます。
ジュリアス博士は、カプサイシンによって作用する受容体を探していて、その受容体がどのようにカプサイシンを感知するのかを調べていました。このときはまだ、その受容体がどんなかたちをしているのか、イオンチャネルなのか、それとは違うかたちの受容体なのかどうかはわかっていない、まったくの手探りの状態です。どうやって研究を進めたのでしょう?
ジュリアス博士はカプサイシンに反応する細胞と反応しない細胞を用意しました。そして、「カプサイシンを感知する受容体の遺伝子が1つあり、その遺伝子を与えること反応できるようになる」という仮説を立て、カプサイシンに反応する遺伝子を探しました。
はじめに、カプサイシンに反応する細胞から、めぼしい遺伝子をすべてリストアップします。仮説では、「カプサイシンを感知する受容体の遺伝子が1つある」とのことなので、次にこれらをひとつひとつ確認していきます。カプサイシンに反応しない細胞に、先ほどリストアップした「カプサイシンに反応するかもしれない遺伝子」たちをひとつひとつ組み込んで、その細胞が反応を示すかどうかを調べていきました。
すると、ある遺伝子を細胞に組み込んだときに、カプサイシンに反応する様子がみられ、カプサイシンに反応する受容体の遺伝子を特定することができました!
発見した遺伝子を調べたところ、この遺伝子は、細胞膜にあるイオンチャネルをつくることが分かりました。このようにジュリアス博士は、身体の中にあるカプサイシンに反応するイオンチャネル型の受容体を発見し、「TRPV1」と名付けました。
そしてさらに調査を進めると、カプサイシン受容体として発見されたTRPV1は、熱(高い温度)にも反応することが分かったんです。トウガラシを食べたとき、「辛い」だけでなく「熱い」と感じることがあると思います。ジュリアス博士も、TRPV1は熱にも関係しているかもしれないと考えました。そこで、TRPV1が存在する細胞に熱の刺激を与えたところ、40℃以上の熱によって、反応を示すことが分かりました。これにより、トウガラシの有効成分であるカプサイシンに反応する受容体TRPV1は、40℃以上の熱(温度)にも反応する受容体である事が明らかになりました。
さらに!
TRPV1が反応する「40℃以上の熱」は、私たちが「痛い!」と感じる温度(43℃以上)と近く、熱による「痛み」とも関係していることが分かりました。「痛み」は私たちの身体に何かしらの異常が起こったことを知らせてくれます。もし痛みを感じることができなければ、身体が命に関わる危険な状態であっても気づくことができないかもしれません。ヒトにとって害をもたらすおそれのある43℃以上の熱(温度)をTRPV1は感知して、身を守るための様々な反応と関係するとても重要な役割をもっていました。
温度に関する受容体はひとつではなかった!
私たちは「43℃以上の熱」以外にも様々な温度を感じることができます。温度に関わる受容体は、ジュリアス博士が見つけたTRPV1だけではなく、他にもいくつかの種類が発見されています。
- 刺激のある化学物質に反応する受容体「TRPA1」
この受容体は、ワサビ、シナモン、ショウガなどに含まれる化学物質を感じることに関わっています。ヒトだけでなく、さまざまな生物がこの受容体をもつことが確認されていて、生物によって反応する温度が異なります。例えば、多くの防虫剤には、昆虫がもつこの受容体をスイッチオンにする物質を含んでいます。昆虫はその物質をTRPA1で感知し、痛みや熱さとして感じるため、近寄らないようになる仕組みになっているそうです。
- 冷たさを感じる受容体「TRPM8」
この受容体は、トウガラシのカプサイシンとは反対の「涼しさ」を感じさせてくれるミントがもつ化合物「メントール」を使って発見されました。25~28℃の低めの温度とメントールによって反応するこの受容体は、ヒトにとって害のない冷たさを感知するセンサーです。この受容体は、ジュリアス博士の研究グループとパタポウティアン博士の研究グループのそれぞれで発見されました。
これらの温度に関する受容体がお互いに影響し合うことで、私たちは環境中の「温度」を感じることができます。生きていく中で私たちの身体は、痛みを感じるような有害な温度だけではなく、害のない温度も含めて常に周りから感じとり、生命を維持する活動がはたらいています。さらに、風邪を引いて熱を出したり、怪我をした部分が炎症を起こして熱くなったり・・・など、身体の外だけではなく内側でも熱をもつことは生命活動と関係しています。このように、温度を感じる受容体の発見は、当たり前のことだけどよくよく考えると不思議な、私たちと温度の関係を紐解くことにつながっているんです!
触覚の受容体の発見
次に、触覚の受容体を発見したのは、もう一人の博士アーデム・パタポウティアン博士です。パタポウティアン博士は、哺乳類の身体について触られたことを感じる(触覚)仕組みを明らかにしようと調べていました。
まずパタポウティアン博士は、細胞をとても短い時間だけへこませて、細胞から電気的な反応がみられるかどうかを確認する技術を開発しました。へこませたときに、電気的な反応がみられる細胞は、触られることに対して反応しているということになります。この方法によって、触られたことに対して反応する細胞を見つけだしました。
次に、触られることに反応する細胞で、はたらいている遺伝子をすべてリストアップします。この時見つかった候補の遺伝子は、全部で72個ほどあったそうです。温度の受容体を見つけたジュリアス博士は、リストアップした候補の遺伝子を一つずつ「はたらかせて」、カプサイシンに対して細胞が「反応するかどうか」を確かめました。パタポウティアン博士は、その反対で、触ることに反応できる細胞の中にある遺伝子を一つずつ「はたらかなくなるようにして」、細胞が触ることに「反応しなくなる」のを確認していきました。
一つずつ調べていった結果、めぼしい遺伝子を発見することができました!
この遺伝子を調べると、温度の受容体のときと同じようにイオンチャネルをつくる遺伝子であることが分かり、もともと触ることに反応をしない細胞にこの遺伝子をはたらかせてみると、触ることに対する反応がみられたのです!
この受容体は、ギリシャ語で「圧力」を意味する「piesi」からとって、「PIEZO1」と名前が付けられました。この発見の後、PIEZO1と似た特性をもつものがもう一つ見つかり、「PIEZO2」と名前が付けられました。
触覚の受容体の特徴
パタポウティアン博士たちによって発見された触覚の受容体は、これまで見つかっていたイオンチャネル型受容体の特徴とは異なる特徴をもっていました。
これまで見つかっていた多くのイオンチャネル型の受容体は、特定の化学物質が作用することで通路が開く仕組みをもっていました。しかし、この新しく発見された触覚の受容体は、細胞膜がへこむと細胞膜がへこんだときの「力」によって通路が開く仕組みをもっていたのです。このような仕組みをもつイオンチャネルが存在するということは、大きな発見でした!
私たちの身体の中でたくさんはたらいている触覚の受容体
触覚の受容体は、私たちの身体の外からの触覚を肌で感じることだけでなく、身体の中の触覚を感じることにもはたらいています。特に体内の触覚の受容体は、私たちが健康で、そして自由自在に体を動かすことに大きく関係しています。
後に見つかったPIEZO2はPIEZO1よりも小さな力に反応する触覚の受容体でした。小さな力を感じることができると、例えば、物の質感や髪の毛のたわみなど繊細な触覚の違いを感じることができます。反対にこれが無いと、洋服を選ぶとき材質やさわり心地を気にしている人は、その違いが分からず、困ってしまうかもしれません。
さらに、実験でPIEZO2を無くしたマウスでは、身体の動きがぎこちなくなる様子が確認されました。なんとPIEZO2は、自分の身体の向き、態勢、手足の位置など、自分の身体が今どのような状態になっているのかを理解することに重要な役割をもっていることが分かりました。
「自分の身体が今どのような状態なのかを理解する」?少しイメージしにくいかもしれません。
例えば、今あなたはイスに座っていて、手を膝の上に置いている状態です。その状態から「手で自分のあごを触ってください」と言われたら、どのように身体を動かしますか?多くの人が、膝の上に置いている手を自身の顔あたりまで上げるように動くと思います。恐らくこれは目をつぶっていてもできると思います。それは、今自分がイスに座っていて、手は膝の上にあって、自分の頭がどの位置にあるのかを、目で確認しなくても頭の中で把握できているからです。
では現在、あなたはどんな姿勢になっているか分かりません。両手をあげて、バンザイをしているかもしれないし、布団に寝ている状態かもしれない、はたまた「T」の字のように手を横にして立っているかもしれません。そこから「手で自分のあごを触ってください」と言われたら、どのように身体を動かしますか?まず、どんな姿勢になっているか確認する必要があると思います。しかし、頭の中で自分の状態が分からないため、自分の目で自分がどのような姿勢になっているかを確認する必要があります。その後も手足がどのように動いているかも、実際に見ながら動かす必要があり、一つ一つの位置や動作を確認しながら手をあごまで移動させます。
このように身体の中にある触覚の受容体PIEZO2は、目で見て確認しなくても、自分の身体がどんな姿勢で、今どのように動かしているのか頭の中で把握することに重要なはたらきをしていたんです。
さらに、身体の中にある触覚の受容体(PIEZO1, PIEZO2)は、呼吸をしたときどれくらい肺が膨らんでいるか、血管にどれくらいの圧力がかかっているか、また「おしっこがしたい!」と思うようにどれくらい尿がたまって膀胱が膨らんでいるか、などの様々な身体の中の器官の状態を把握して、調整することに関わっていることも明らかになりました。私たちの身体のなかで「触覚」に関係するはたらきや仕組みが多いことに改めて気づかされますね。
今年の生理学・医学賞の受賞テーマは「温度と触覚の受容体の発見」
今年のノーベル生理学・医学賞では、「温度と触覚の受容体の発見」というテーマで、デビット・ジュリアス博士とアーデム・パタポウティアン博士が受賞をされました。
しかし、それだけではありません。
「温度や触れたことを感じるのはなぜ?」という当たり前を深く調べた結果、これまで知られていなかった、とても複雑な身体の仕組みがわかったというところも、すごいことだと思います!だって、自分の身体の中にとてもとても細かなセンサーが無数に存在していて、そのすべてが生活に活かされていると思うと、なんだか不思議な気持ちになりませんか?生き物の身体ってすごい!と思いませんか!?もし、目に見えないほど小さなこれらの受容体が身体から消えてなくなったら、変化としてはとても小さなものかもしれないですが、これまでの生活は大きく一変するでしょう。
新型コロナウイルス蔓延の影響により、人との交流が規制された昨今では、直接人々と交流することの意味を考える機会が多かったのではないでしょうか。だからこそ、これまでの当たり前なこと、ぬくもりや触れあうことを「細胞レベル」から考え直すことができる今回の受賞テーマは今年にぴったりなものだと、片岡は思いました!
ぜひ、皆さんもこれを機に身近な「なんで?」を探してみてはいかがでしょうか?
そして来年は、どんな研究がどんなテーマで受賞するのでしょうか。今からとても楽しみです!