未来館には気象に関するワークショップ、「気象マスターを目指せ!雲ができる仕組み」というコンテンツ(要申し込み。現在は準備中のため募集していません。以下、気象WS)があります。私大澤はその担当の1人です。
こちら、雲ができる仕組みを私たちが教えるためのワークショップではありません。いったん教科書的な説明のワークシートを穴埋めしてその説明で「わかったつもり」になってから、参加者同士が「自分の言葉」で説明しあい、問いかけあう過程を通じてさらに考えを深めていく体験をするワークショップです。今回はこのブログで、そんなワークショップの中で見られた面白い対話と学びの場面について皆さんにご紹介できたらなと思います。
シーン1:豆腐の話
気象WSの中では、雲のでき方について考える前に考える前にまずは準備運動をします。といっても身体を動かすわけではなく、参加者同士で「好きな給食のメニュー」を聞いていく、というものです。「お互いに質問しあうこと」がルールで、これは問いかけの練習として行われるだけでなく、「自分の持っている経験や当たり前に思える前提が、意外と伝わらない」ことに気づいてもらうという意図があったりします。紹介するのは、このブログのタイトルにもなっている、豆腐の話。ある参加者が、好きな給食のメニューは麻婆豆腐だと表明してくれた時の一場面です。
A:麻婆豆腐。辛いところがおいしい
B:どのくらいの辛さが好きですか?中辛、辛口、甘いやつ。。。
C:甘口?
B:そう甘口とか。(中略) あと豆腐は?木綿か絹か
A:木綿って?
B:うーん……ちょっとかたいやつ
A:じゃあ絹かな?わかんないなぁ
SC※注:表面がざらざらなのが木綿で、つるつるなのが絹だよね
A:じゃあ木綿だ!
注:文中「SC」は科学コミュニケーター(Science Communicator)の略。
ちょっとこのシーンの大澤なりの解釈を記述してみます。まず、Aさんは麻婆豆腐が好きだという告白をしてくれます。先にも書いたように、ここでの目的は、「問いかけあう練習」です。ちょっと考えてからBさんが最初の問いかけとして「辛さ」を聞いてくれました。CさんはBさんの質問を補足してくれていますね。(中略)の間には、辛さに関する簡単なやり取りが交わされています。
興味深いのはここからです。Bさんは二番目の問いかけとして、「木綿か絹か」という問いをしてくれます。これもある意味、麻婆豆腐に関する問いかけとしてはステレオタイプなものかもしれませんね。Bさんも、もしかしたら一言どちらなのかを答えてもらってこのやり取りを終わりにする想定だったかもしれません。しかし実際には、Aさんは「木綿って?」と問い返したのでした。Aさんは、木綿と絹との違いを知らなかったのです。
Bさんは自分が問いかけた手前、木綿と絹との違いをAさんに分かってもらったうえで答えてもらう必要が出てきました。「うーん……」と少し考えた後、まず言ったのは「かたいやつ」。確かに、木綿は絹と比べればかたいですね。Aさんはそれを聞いて、それならば自分が好きなのは絹かもしれない、と言います。Aさんは、自分が食べていた豆腐をかたいとは思っていなかったのでしょう。しかしここではまだちょっとAさんの答えはあいまいです。Aさんが「わかんないなぁ」と言っていたのを聞いて、今度はSCが助け船を出しました。「表面がざらざらなのが木綿で、つるつるなのが絹だよね」。それを聞くとAさんは、「じゃあ木綿だ!」とはっきり言ってくれて、この問題は解決されました。
このシーンのどこが面白いか。それは、二種類の豆腐をどちらも知っているBさんが提案した「かたさ」の基準が、Aさんには誤解して伝わってしまった、というところだと私は思いました。その誤解は、どちらも正しいこと(Bさんにとっては木綿は絹よりかたい、Aさんにとっては豆腐はやわらかい)を言っているのに起こってしまったことなのです。
この経験をした参加者と私たちSCは、説明の大切さと難しさをさらに自覚しました。この後も、一口に「雲」と言ったときにも、もしかしたら頭の中で思い浮かべていることは違うかもしれない。だから、説明も問いかけも丁寧にしていこう、と。
シーン2:学びの中の葛藤
2つ目に紹介するのは、「雲のでき方の説明」に入ってからのこのシーン。実験として置いてある「コンロの上のヤカンから出る湯気」を眺めながら、雲のでき方について考えを巡らせているところです。ここではSCは「道化役」として、なんとなくみんなの議論がまとまりかけたときにあえて面倒な問いかけをしてさらなる議論を引き出す役割を担っています。
SC:湯気って水蒸気?
A:いや、だったら見えないはず。
SC:それ(水の三態を解説するスライド)が嘘なんじゃない?
A:水蒸気に光が当たって、目で見えるなら、外で遊んでいるときも見えちゃうはず!
C:(水蒸気の中でも)見えない時と見えるときがある。(雲は、そういう)中途半端な状態なんじゃないかな。
A:水たまりの実験※注はできるんじゃない?
注:ここまでの話の中で出てきていた、「水たまりは沸騰していないけどいつの間にかなくなっている」「水たまりからは(目の前で行っているヤカンの実験では確認できる)”湯気”が見えたりしない」の2つの話題から、「本当に水たまりから蒸発している水は見えないのか、確認しよう!」と発展して提案された実験。
みんな、教科書的な説明として「液体の水は目に見えて、水蒸気は目に見えない」と知っています。だからSCの問いかけに対して、Cさんは湯気が水蒸気ならば目に見えないはずだ、と主張します。そこでさらにSCは、水の三態について説明するスライドの方が嘘なんじゃないか、とさらに議論を促します。
Aさんはこれに対して少し考えてから、もし水蒸気が目に見えてしまうならば外で遊んでいるときに空気の中の水が目に見えてしまって、曇りみたいになってしまうはずだ、と主張します。自分の身の回りの経験からの主張で、多くの参加者がこれに対して頷いていました。
みんなとはちょっと違う反応をしたのがCさんです。Cさんは、議論の他の部分でも、「雲が水蒸気だ」と聞いたことがある気がする、だけど「水蒸気は目に見えない」と言うのも正しい気がする、じゃあなんで雲は見えるんだろうとずっと悩んでいた参加者でした。だからSCが言った「スライドが嘘なんじゃない?」に対して、いったんその可能性も考えてみようと判断したのだと思います。そこで出したアイデアが、水蒸気の中にも見えるものと見えないものがある、というアイデアでした。
このやりとりを、Aさんは正しいことを言っていて、Cさんは正しいことを言っていない、と断じてしまうことを、私たちSCは良しとしません。ここで重要なのは、納得いくように、(SCも含めた)自分たちで突き詰めていくことです。実際ここでの対話は、そんな風に進んでいきました。Cさんが自分なりに新しいアイデアを提案したうえで、Aさんは「水たまりの実験=水たまりが蒸発するときに出てくる水蒸気は湯気みたいに目に見えるか、それとも見えないかを観察すること」を提案するのです。
(そしてこの議論が進んだときに私たちSCが言うのは、「それを確かめるためにはどうしたらいいかな……?」。なんだか、SCは参加者に嫌われてしまいそうですが(笑)、それでも「本当に分かったのかな?」を突き詰めていくのが気象WSです!)
私は、教わった”正解”よりも、むしろ自分の体験や考えに基づいた「仮説」を参加者が語ってくれる方がうれしいなと思います。なぜなら、このワークショップの中では、自分で考え説明することで新たな疑問が浮かび、そしてまた考えるというサイクルこそが重要だと考えているからです。そんな「気象WSの理念」が現れたように感じるワンシーンだと感じました。
さて、今回は前編ということで、実際にワークショップの中で見られた興味深い学びの場面をご紹介しました。後編では、私たち科学コミュニケーターが気象WSにむけてどんな準備をしているのか、“私たちの対話”の場面をご紹介したいと思います!