“VR古生物学者” 芝原暁彦さんに聞く

バーチャル技術で、科学とミュージアムはどう変わる?

いま急速に身近になりつつある、VR(仮想現実)や3D技術。今年春には、メタバースと呼ばれる仮想空間に福井県産の恐竜を展示する「福井バーチャル恐竜展」が公開を始めました。遠くまで外出しにくい昨今、好きな時に好きな場所でミュージアムを体験できるデジタルコンテンツに期待が集まっています。「福井バーチャル恐竜展」実行委員の一人である芝原暁彦さんに、科学とミュージアムの未来像について伺いました。

VRで得たものを現実にフィードバックする、新しい流れ

―「福井バーチャル恐竜展」の公開、おめでとうございます。最近のお仕事の状況はいかがですか?

コロナ禍が始まってすぐにバーチャル関係の仕事を始めました。おかげさまで以前より忙しくなっています。

仮想空間を活用した、バーチャルな恐竜骨格モデルの展示風景。アバターと呼ばれる自分の分身をパソコンで操作することで、空間内を自由に移動したり、一人称視点と三人称視点を切り替えたりしながら見学できる。VR専用のゴーグルを使うと、画面越しではなくあたかも館内にいるような没入感が得られる。モデル出典:(Sellers & Pond 2015, CC BY4.0), モデル配置:今井拓哉博士

―子どもの時、博物館にある巨大な恐竜骨格を見て感動されたと伺いました。それはどんな体験だったのでしょうか?

当時4歳だったので、非常に素朴な体験です。ぱっと見て「あ、すごい。これに関わることをやりたい!」と、ほとんど反射的に思ってしまいました。

―私も子ども時代に博物館で得た感動が、科学コミュニケーションの仕事につながっていると実感しています。今回、仮想空間に展示がオープンしたことで、どんな体験が可能になるのでしょうか?

福井県や世界各地の恐竜をどういう形で見せるかは、以前からずっと課題でした。一番多い声は「もっと近くで見たい」。現実の博物館の展示では、見られるアングルが限られています。VRによって、お腹の下からなど自由な位置から恐竜を見ることが可能になりました。2020年の4月から、仮想空間で「VR恐竜シンポジウム」というイベントを定期的にやっているのですが、来場者の皆さんは必ず最初に恐竜の背中に登りはじめるんです。みんな、本当はそういった体験をしたいという欲求があることに気づきました。

通常、博物館の展示では大きな恐竜を下から見上げる場合が多いが(上)、仮想空間の展示ならティラノサウルスの頭のすぐ近く(赤矢印)から周囲を見渡すことも可能。肉食恐竜であるティラノサウルスの頭の高さから、獲物になる恐竜がどのように見えるのかが分かる(下)。モデル出典:(Sellers & Pond 2015, CC BY4.0), モデル配置:今井拓哉博士

 VRであれば、恐竜の頭の高さからの視点を来場者同士で共有するという体験も可能です。「現実をどうVRで代替していくか」という議論が多いですが、人が体験できることの幅をVRで拡張し、それで得たものを現実の博物館にフィードバックしていくという、新しい流れができつつあると思います。

VRによるシンポジウム会場の一例。まるで巨人になったような気分で筑波山とその周辺地域を散策し、地形を観察できるのが魅力。データ出典:地質図Navi (地質調査情報センター), 地形モデル出典:5万分の1地質図幅 真壁 (地質調査総合センター), 基盤地図情報(国土地理院)

VRで、ただ現実の複製をつくるだけでなく、現実をより良くするためのヒントが得られるということでしょうか?

そのとおりです。おそらく今後は、まずVRの展示でお客さんの反応を見てから、現実の展示を作ることが主流になるでしょう。予算のかからない範囲で仮想空間に設計してみて、いけそうなら図面に起こすことも今なら可能です。今は博物館が予算的に受難の時代。博物館の標本にデジタル技術で付加価値をつけていく。社会的・科学的意義も含めて標本の価値を高めていくことが、これからの学芸員の戦い方になると思います。

VRを充実させると、現実の博物館に行かなくなるのでは、という懸念も耳にします。

博物館にある化石の3Dモデルを公開する取り組みを、5年ほど前から始めています。公開するとお客さんが来なくなるから待ってくれ、と言われることもたくさんありました。しかし3Dモデルは現実の標本に匹敵するものではありません。VRVRならではの表現方法でお客さんを集めて、それをいかにコロナ終息後の博物館の集客につなげるかを、私たちは議論の中心に据えています。

アンモナイト化石(芝原さん所蔵)の3Dモデル。表面の細かい模様まで観察できる。直径約15 cm。

―仮想空間での展示制作ならではの苦労や難しさはあるのでしょうか?

たいていの仮想空間は「Unity」というゲームクリエイター向けのソフトウェアで作られており、専門家ではない人が扱うには少々クセがあります。またVRにはいくつかプラットフォームがあるのですが、将来的にどれが主流になるか分かりません。今後、古生物学に適したプラットフォームの見極めも必要になるかもしれません。

バーチャル技術による「見える化」で、人と科学の距離は縮まっていく

―芝原さんはこれまで、地質など様々な地球科学のデータを、3Dやプロジェクションマッピングで「見える化」してきました。「見える化」によって、従来と何が変わってくるのか気になります。

地球科学では何億年というスケールの情報を扱うため、簡単にはお客さんにイメージが伝わりません。このスケール感覚の差をどうやって埋めるのか、そして基礎研究が社会の何に役立っているか伝えることが、博物館の重要課題としてあると思います。3D技術による「見える化」で、そのハードルがガクンと下がりました。地球科学が人間の生活に直結するということを、誰もが見て分かるようになりました。プロジェクションマッピングやVRなどの技術を多くの人々が体験できる世の中になり、科学と人の距離が近くなったと感じます。

地質標本館(茨城県つくば市)の第一展示室にある、日本列島の大型プロジェクションマッピング。左の写真はまだ何も投影していない白無垢の状態。陸上と海底の地形が精密に作られている。右の写真は地形図と高速道路(蛍光グリーン)をプロジェクションマッピングした状態。地形と生活との関係がわかる。

―たしかに科学の非日常的な側面は、魅力でもあり難しさでもありますね。未来館で来館者と話していると、スケールが大きすぎて想像がつかないという声も聞きます。

非日常性がいいと思う人もいれば、そうした展示に予算をかけることに対して疑問を抱く人もいます。いろいろな方に楽しく納得してもらえるようなツールが増えました。今、海外のベンチャーは基礎的な生命科学や宇宙工学、地質学などに投資しています。これまで遠大な科学だと思われていたものが、医療や通信、防災などのかたちで急に生活に直結するような時代になってきて、日本がこれ以上、出遅れてしまうのはまずいと思っています。科学のファンが増えることは非常に良いことです。そういう意味で、博物館は人と科学を結びつける場。国の発展に関わる重要な施設だと思います。

オンライン取材の様子。芝原さん(左)の背後にティラノサウルスが!

―すでに恐竜や科学のファンは社会に一定数いますが、芝原さんはより幅広い層に訴えようとしているわけですね。その意義について、さらに詳しくお聞かせください。

昔は、研究分野では「科学は重要なんですよ」という啓蒙的な文脈で活動していました。これからは、科学は具体的に何の役に立っているのか、ガチンコで語っていく必要があります。税金を含めた様々な予算で研究するということは、自分を含めて世の中の全員がステークホルダーになるということ。皆様にどう「いいな」と思っていただくかが重要です。

 特にその思いが強くなったのは、2020年にワシントンDCの世界銀行に呼ばれ、講演をした時です。NHKの人気番組「ブラタモリ*」の話が聞きたい、とアメリカの人たちから言われました。私は「ブラタモリ」に資料提供をしているのですが、日本人はなぜ地質に関心があるのか、それは日本で自然災害が多発するからではないか、とアメリカの人たちは考えていました。彼らは復旧やレジリエンス(危機に対し、しなやかに適応すること)が、2030年を区切りとするSDGsの後に重要になると予想しており、自然災害が多い日本はレジリエンスの潜在能力を持つと認識しています。そして今、情報を共有する場として博物館が重要なのではないか、といった議論が活発に交わされています。

*タレントのタモリさんが日本各地をブラブラしながら、その土地の地質や歴史に迫るテレビ番組。

ワシントンDCで講演をされた時の様子。

 さらにすごいのは、銀行の中なのに生物学や社会学の博士号を持っているような人たちが、自然科学の視点から経済を捉えるといった議論をしていたことです。今後、科学と日常生活が、これまで以上のスピードで融合していくのではないでしょうか。この流れの中で、博物館は博物学的な展示施設から大きく変化するのではないかと考えています。

 博物館はこれから、最新技術の実証場所にもなります。これまで先端科学は細かい分野に分かれて先鋭化してきましたが、博物館はそれらが一堂に会する数少ない場所です。VR技術とあわせて、人間の体験・知覚を拡張できる最先端の施設になりえます。未来館はそれをずっと前から実証してこられたと思います。

 これまで地方の博物館がどんどん疲弊していく様子を見てきた経験から、博物館が生き残るにはどうしたらよいかずっと考えてきました。地方ごとの特性、たとえば化石の価値をデジタル技術で引き出して、人間の知覚を拡張する拠点として博物館があるとよいと思っています。

―地方博物館の問題には私も関心があります。地方のニーズや課題に対応しようとしつつも、対応しきれず苦しむ学芸員たちを見てきました。新技術がそれらの課題を解決する一助になるのは、とても希望が持てます。

首が折れる程うなずきたくなる話です。恐竜や古生物学に着目した博物館の場合、恐竜の研究は一般の方々への訴求性が高い一方で、経済的な効果がどれくらいあるか、それを調べることでどうなるのか、一言では説明しづらい分野でもあります。たとえば恐竜学研究所では以前から「実践恐竜学」という授業をおこなっており、学生さんが恐竜を主軸にして、CAD*などの周辺技術を身につけられるようにしています。本当は恐竜の研究が何の役に立つのか言葉で説明したいのですが、まず事始めとしてそういうことをやっています。このような取り組みが地方ごとのコンテンツに合わせてできると、博物館や研究所の重要性も伝わると思って四苦八苦しているところです。

*Computer-Aided Designの略語。コンピューターを用いた設計作業のこと。

キーワードは「恐竜学の社会実装」

―今後、一般の皆様と一緒にやりたいことはありますか?

仮想空間上の博物館に来場された皆様と一緒に、展示を作る取り組みを始めました。いただいたご意見に従って展示を更新・拡充するようにしています。最新の情報が寄せられたら、現実の博物館より早く対応し、最新の博物館を作る。その次の展開として、VRのツールを使って皆様と一緒に手を動かしながら、展示を作っていきたいと思っています。

―私どもが働く未来館という現実の空間を使って、芝原さんが挑戦してみたいことがありましたら、お聞かせください。

たとえば、恐竜の皮膚を再現したものに触れてみるイベントをやってみたいです。今、3Dプリンター用の軟素材の開発が進んでいます。単に作るだけでなく、古生物学的な考証も加えて、皆で恐竜に触れてみよう、ということをやりたい。従来よりも精密なデータでAR(拡張現実)を行うのも良いですね。目の前に恐竜が出てきたらお客さんはどう反応するのか、興味があります。

―今日は、地球科学や恐竜を研究する意義を社会の人々にどうやって感じてもらうか、芝原さんが熱く語る姿にグッと来ました!

たとえば、恐竜や古生物がもつ「生物としての優れたデザイン」を応用工学的に活用することも、将来的に実現できるかもしれません。「恐竜学の社会実装」をキーワードに、これからもがんばります!

社会におけるミュージアムの役割がますます拡大している様子が、バーチャル技術を生かした最新の試みから見えてきました。「これからはアーティストとコラボしてみたい」と語る芝原さん。現実をより豊かなものにするため、仮想空間を舞台にした芝原さんの挑戦は続きます。


関連リンク

福井バーチャル恐竜展(外部サイトへ)
https://idr-fpu.jimdofree.com/%E7%A6%8F%E4%BA%95%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AB%E6%81%90%E7%AB%9C%E5%B1%95/

地球科学可視化技術研究所(外部サイトへ)
https://revj.co.jp/

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