<研究エリア紹介> 知的やわらかものづくり革命プロジェクト

新しい食生活を拓くテクノロジー!? 3Dフードプリンタ

食は私たちの楽しみであり、生きる上で欠かせないことです。私たちの食生活の歴史を振り返ると、テクノロジーが発展することで選択肢が増えてきました。
例えば、冷凍・冷蔵技術の発展が、産地から遠く離れた場所で新鮮な食材を楽しむことを可能にしました。電子レンジの発明により、火を使わないすばやい調理が可能になりました。この発明をきっかけに温かい弁当を手軽に楽しむ食生活が可能になりました。そして、インターネットの普及とクックパッドをはじめとするレシピサービスの登場は、一流レストランのレシピや遠く離れた人の食卓に並ぶ料理のレシピを共有し、家庭で楽しむ食生活の選択肢を広げました。

それでは、次に私たちの食生活を変える新しいテクノロジーはなんでしょうか?
その一つとして3Dフードプリンタ (以下、フードプリンタ)が注目されています。食べ物の設計図をデジタル情報に落とし込み、それをいつでもどこでも手に入れ、好きな場所でつくることができる技術です。
未来館の中にある研究エリアに入居する「知的やわらかものづくり革命プロジェクト」メンバーの川上勝先生は、フードプリンタの日本でのトップランナーです。このテクノロジーは私たちにどのような新しい食生活の選択肢をもたらすのでしょうか?

科学コミュニケーター伊達は、川上先生の本拠地である山形大学工学部の開発現場に伺い、フードプリンタの開発の現状と研究者が考える未来の食の話をお聞きしました。今回はその取材内容をお届けします!

研究室を案内してくれた3Dフードプリンタの研究者 川上勝先生

「知的やわらかものづくり革命プロジェクト」の紹介ブログはこちら!
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200907post-360.html

“最先端”の研究開発現場は、創意工夫が詰まった小さな部屋でした

最先端の研究が生まれる場所はどんなところなんだろう… 広々とした作業台に大きな冷蔵庫が並ぶ見晴らしの良いキッチンを想像して伺った部屋は、まるで立上げ当初数人で営んでいる企業のオフィスのような風景。所狭しと開発中の機械が並んでいました。

フードプリンタ研究室の様子

ある試作機には、学生時代の化学実験室でよく見た実験用のシリンジポンプがついていました。スティックのりくらいの大きさです。もちろんフードプリンタ用につくられたものではありません。開発の最初は目的の性能が出せそうなものを研究室の棚や引き出しから見つけ出し、まずは試してみることで新しいフードプリンタのデモ機をつくっているそうです。

川上先生の知恵が詰まった、手作り感あふれるフードプリンタの試作機

“最先端”の研究開発現場は洗練されたキッチンではなく、研究者の工夫満載のDIY工房のような場所でした。それでは、この場所で開発されているフードプリンタはどのようなものなのでしょうか?

3Dフードプリンタってなんだろう?

私たちが料理をつくろうとしたとき、作りたい料理の完成像をイメージし、調理手順つまりレシピを決め、それに合わせた食材を集めて、切る・煮る・焼くなどの調理を行います。食材の良さやレシピの完成度に加えて、洗練された切り方や火の入れ方など、料理をする人の腕の見せ所がいくつもあります。

これと比較してフードプリンタを用いた調理プロセスは、つくりたい料理をイメージするところまで同じですがそれ以降はシンプル。コンピュータで料理の設計データを作成し、素材を投入、それをフードプリンタのノズルから出力します。出力する原理は、自宅でお好み焼きを楽しむときに活躍する先が細い容器でマヨネーズをグニュっと押し出して好きな場所にかけていく方法と同じ。これをとても繊細に行い、高さ方向にも食材を積み上げることでフードプリンタによる調理は行われます。
一度に複数の食材を扱うこともできます。食材ごとにとりわけておき、いつ投入するかをコンピュータでプログラムしておけば、スイッチを押すだけで自動調理することも可能です。

下図は、川上先生が食データを作成し、開発したフードプリンタで出力を行った事例。2色の食材が複雑に入れ子になった綺麗な食が出来上がっています。

フードプリンタによる調理プロセス

「これまでの研究開発で、やわらかい食材を好きな場所に配置して複雑な形状の食をつくることができるようになりました。ただ、まだまだ水あめのように粘り気の強い食材やさらさらで形の維持が難しい食材の造形は難しいので、まずはなるべく幅広い食材を扱えるように研究を進めています」と川上先生は語ります。

「また、他に調理プロセスの課題も残っています。ゼリーのように熱をかけずにそのまま食べられる食材や、チョコレートのように熱で溶け、冷えて固まる食材は、フードプリンタで出力してそのまま食べることができます。一方で、現時点では煮る・焼く・蒸すなどの熱をかける調理は別で行う必要があるため、その後の工程を別の機械で自動で行うように設計するなどの工夫が必要です」と続けて話してくださる川上先生。その横では研究室の学生さんが、複雑な形状に出力したクッキー生地をフライパンで焼いていました。

フードプリンタは現時点では要素技術となる技術開発段階で、最初に例示した電子レンジのように汎用性の高い技術ではありません。
しかし「課題をクリアしたときに、時間・場所を超えて食を楽しむ新しい可能性を秘めている」と話す川上先生。この言葉に伊達は自分の食生活がひろがるのではないか!と可能性を感じました。

それではフードプリンタが普及した未来食生活はどのように変わるのでしょうか?開発現場で実際のフードプリンタの働きぶりを見学した科学コミュニケーター伊達が未来のフードプリンタの使い方を考えてみました。

フードプリンタがある未来の食生活 (伊達の空想)

① 自宅で様々な料理を楽しみたい方へ
食データが集まる“食データサイト”にアクセスし、ここにアップロードされている世界各国の家庭で普段食べられている料理を自宅で出力。遠く離れた土地に住む人の生活を想像しながら、その土地の食を味わうことができる未来の食生活──こんな未来はいかがでしょうか?
例えば、下図は山梨県の郷土料理 ほうとうを印刷する事例。私が山梨に旅したときに小さな食堂で食べた想い出の食です。

こだわりの麺と口に入るととろける柔らかさのかぼちゃ、にんじんなどの野菜をフードプリンタで出力。それをフードプリンタに接続した自動調理機に投入し、お店自慢の出汁と合わせる。長年研究を重ねた茹で時間を待てば、ご当地でしか食べられなかった食堂のほうとうが再現できるかもしれません。

食データサイトから、世界各国の郷土料理を自宅で楽しむ未来の様子

② 自分で創意工夫して新しい料理を生み出したい方へ
味、食感、色の異なる食材を自在に配置できることがフードプリンタの新しいところ。どんな料理をつくるかはあなたの想像力次第。
例えば、これまでは熟練のパティシエにもできなかった独創的な構造や、そのときの感情をウェアラブルデバイスで計測し、その要素を取り込んだ新しい食などができるかもしれません。

フードプリンタの研究の今後は?

研究室見学後は、研究代表者の古川英光先生も交えて研究の今後についてお話しを伺いました。

古川先生、川上先生との打合せ様子

古川先生は、「現状のフードプリンタは開発途上。どんな食がつくれるのかを試行錯誤を重ねている段階です。どんな使い方の可能性があるのかは工学者である自分たちだけでなく、様々な人の声を聞き、それを実現するために技術を開発していきたい」と語ります。
また、「食文化に精通する料理人の方や、このブログ読者をはじめとする多様な方の創造力あふれるアイデアを伺い、研究者だけでは思いつかない突飛な食をフードプリンタで実現することに私たちは本気で挑戦していきたい。この過程として、現状のフードプリンタでは実現できないこと、つまり新たな研究課題が見えてくるので、それを解決していくことで研究を進めていきたい」と話してくれました。

今回研究室を訪問して私が感じたことは、フードプリンタはこれまでの調理方法とは発想が異なる食の可能性をひろげる技術だということ。そして、私たち食を楽しむ側の想像力が研究の起点になって新たな食を生み出すことができるかもしれないワクワク感でした。

日本科学未来館の「知的やわらかものづくりプロジェクト」では、未来の食を一緒に考え、フードプリンタの研究開発を皆さんと進める企画を進めていく予定です。さまざまな発想をもつ皆さんとお話しできることを楽しみにしています!

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