#Miraikanで考える生物多様性

いま世界で注目されている生物多様性のいろいろ ~香坂玲さんに聞いてみた【前編】~

香坂さんから伺った注目ポイント

今年の秋にも、生物多様性条約に関するCOP15が開催されます。COP(コップ)とは締約国会議という英語の頭文字で、COP15なら15回目の締結国会議のことです。昨年末にCOP26というワードをニュースで聞いた方がいると思いますが、こちらは世界の温暖化対策を話し合う国連気候変動枠組み条約の方の締約国会議。今回は生物多様性条約のCOPの話です。

生物多様性条約は、①生物多様性の保全、②生物多様性の構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分、の3つを大きな目的としています。今回の会議の注目ポイントはどこなのか、東京大学大学院教授の香坂玲さんに話を伺いました。

香坂さんは、森林・農業の担当者として国連の生物多様性条約事務局に勤務経験があり、2010年の名古屋市で開催された生物多様性条約のCOP10にもアドバイザーとして参画されていました。今も科学と政策をつなぐIPBES(生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)という組織の委員を務めるなど、グローバルな話題に詳しい研究者です。一方で能登半島をフィールドにしいたけや伝統野菜などの地域資源の利用や伝統知識についての研究を行うなど、ローカルな視点もお持ちです。

このブログではCOP15というグローバルな話題の中で、香坂さんから伺った注目ポイントを皆さんにお伝えします! 後編はテロワールというキーワードに注目した話をお伝えする予定です。

図1.インタビュー中の様子。香坂さん(画面左下)に話を伺う科学コミュニケーターたち

香坂さんから伺った注目ポイント

香坂さんから伺った話には、これからの生物多様性の保全を考える上で重要な考えや話題がたくさんありました。ここからは実際の取材時の質疑応答の様子や、それを受けて私が調べた内容を読者の皆さんに共有したいと思います。灰色のボックス内の情報は香坂さんの話をうけて、私が調べた内容を載せたものです。もっと詳しく知りたいなという方はぜひ読んでみてください。

―今回会議の特徴は何ですか?

「今回の会議では愛知目標※1の次の目標を決める大事な会議です。2010年のCOP10では2020年までの具体的な目標を決めました。COP15では2030年までの目標を議論しています」

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1 愛知目標の概要とその結果

愛知目標では2050年までに「自然と共生する社会」を実現するために2020年までに達成する20の目標を設定しました。日本国内でも生物多様性国家戦略2012-2020をたてて、目標達成を目指してきました。しかし2020年に発表された最終報告書(地球規模生物多様性概況第5版)では、世界全体で20ある目標のうち達成できた目標はなく、小目標のいくつかが限定的に達成できている状況でした。

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図2.愛知目標(日本語版)(画像出典:令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書/環境省< https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r03/index.html>)

2050年までに自然と共生できる社会を目指すには「今までどおりからの脱却」を目指した行動変容が必要と言われています。

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図3.今までどおりからの脱却に必要な行動変革(画像引用:地球規模生物多様性概況第5版/環境省 みんなで守る、みんなで学ぶ生物多様性https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/aichi_targets/index_05.html

参考

2030年までに達成する目標の中で重要なポイントはなんですか?

2030年までに海と陸それぞれで30%以上の面積で生物多様性が保全されていることを目指しています※2。この目標を30by30(サーティ・バイ・サーティ)と呼んでいます。これまでと大きく違う点としては海と陸を一体的に保全していこうとなっていることです。また30%という数値目標を達成しようとすると国立公園などの保護区だけでは足りないので、国や公的機関だけではなく、社有林や鎮守の森など民間が主体となって保全されている土地が重要なのです」

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2 30by30の概要と今検討されていること

生物多様性の豊かさを守るためには2030年までに気候変動対策と共に世界の少なくとも3割程度の面積が保全されることが望ましいと言われています。日本国内でもすでに検討が開始されていますが、国内の土地に注目した時、保護地域は陸域20.5%、海域13.3%しかありません(2021年時点)。里地里山や企業林、社寺林のような別の目的ではあるものの結果的に生物多様性の保全に貢献できるような土地(OECMOther Effective area-based Conservation Measures)を検討していくことが重要と言われています。

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図4. 30by30のロードマップイメージ
(出典:環境省30by30ホームページ https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/

参考

―ほかにも重要なポイントはありますか?

「どこの土地が保全地区になるかに注目が集まると思いますが、やはり実際にその土地でどのような取り組みが行われているかが大事です。
異なる話題でいうと、生産や製造など様々な経済活動の観点から生物多様性をどう保全していくか3ということも議論されています」

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3 経済活動と生物多様性

自然環境は、人の生活や経済活動を支える基盤になっています。ここでは、自然環境を陸、海、淡水、大気の4つの領域に分けてみてみましょう。そうすると、図の中に書かれているようにそれぞれがどのようにわたしたちの社会の基盤になっているかが見えてきます。それらは私たちに利益をもたらしてくれているものですが、それにもかかわらず私たちの生活がそこに負の影響を与えていることもあります。海洋プラスチック問題や気候変動問題がその例です。

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図5.私たちの社会と領域ごとの資源や大気システム、生態系との関係(図はTNFDが公開したベータ版フレームワークの図9をもとに上田が翻訳・作成したもの
<https://tnfd.global/wp-content/uploads/2022/03/220321-TNFD-framework-beta-v0.1-FINAL.pdf>)

生態系が社会や経済にもたらす利益を生態系サービスと呼びます。生態系サービスには食料や医療資源のように直接的な利益をもたらす供給サービスや人間活動を行う環境を整えてくれる調整サービス(気候調整や水量調整など)・基盤サービス(生息・生育環境の提供など)、そして自然景観などを保全し我々にレクリエーションの機会を提供してくれるような生活の豊かさにつながる文化的サービスがあります。ここで生物多様性は生態系サービスのもととなる生態系資産の質や回復力、量を維持し調整するような特性という位置づけです。

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6.生態系と社会や経済のつながり(図は環境経済統合会計システム (SEEA)Ecosystem Accountingにある図2.1をもとに上田が翻訳・作成したもの
<https://seea.un.org/sites/seea.un.org/files/documents/EA/seea_ea_white_cover_final.pdf>)

このように経済活動は大なり小なり自然に依存しています。その活動がどれだけ自然に影響を与えているかの影響評価と情報開示の仕組みを検討する自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD: Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が202164日に発足しました。まずは各々の組織が自然との接点やその依存関係と影響などを評価する手法が検討されています。最終的にはこれまで社会が自然に与えてきたネガティブな影響をポジティブなものに変えていくことを目標としています。
※評価手法は非常に細かいものなので、ここには掲載しませんでした。詳しく知りたい方はTNFDが公開したベータ版フレームワークをご確認ください。

参考

―具体的に話されている内容で、香坂先生が読者の皆さんに注目してほしいポイントを教えてください。

「現在ヨーロッパで活動が盛んにおこなわれている土壌生物多様性の保全4や有機農業の話などでしょうか。ヨーロッパでは『ハチを救え』というスローガンとともに、生物多様性の保全と農薬を使用しない有機農業の推進活動が行われました5。生物多様性への配慮のために、これから世界中で有機農業が推進されていくと思います。日本やアジアではヨーロッパにおける「ハチと農業」のような象徴的な関係性は生まれるのか、そしてそれはどのような形になるのか気になりますね。
日本の農業政策においては生産効率がこれまで重要視されてきましたが、みどりの食料システム戦略6のような環境への配慮と生産効率の両立を目指した戦略が検討されています。2050年までに有機農業の農地を全体の25%に増やすことを目標としており、この数値が実現可能かという議論もありますが、数値の議論と同じくらいその数値を目指してどのような行動を起こしていくかが重要です」

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4 土壌生物多様性の保全

文字通り土壌で生きる生物たちの多様性の話です。土壌で生きる生物たちはミミズなどの土壌動物はもちろん、人の目に見えない土壌微生物も重要な存在です。私たちの足の下にはたくさんの土壌動物が生息しています。そして土壌微生物も含むとその数は膨大なものになります。スプーン1杯の上にある1gの土の中には数千種類もの生物群がいると言われています。

その膨大さもあり、土壌微生物を含んだ生物多様性はまだまだ解明されておりません。未解明な部分が多いにも関わらず、過剰な土地利用や過剰な栄養負荷などの人間活動により土壌の劣化が進んでいます。土壌(やそこに住む生物多様性の)保全は食料生産の基盤となることや気候変動対策にもつながることから、保全対策が議論されています。

参考

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5 生物多様性の保全と有機農業の推進活動

農薬の利用が羽をもつ昆虫の減少に関わっている可能性があるという指摘を受け、ドイツのバイエルン州では生物多様性の保全と有機農業の推進を訴えるキャンペーンが行われました。羽をもつ昆虫の中には農業生産に必要不可欠な花粉を運ぶハチも含まれたことから「ハチを救え」というスローガンのもと活動が進められ、州の農業戦略に影響を与えました。

農薬や化学肥料の過度な使用は陸上や土壌、水中の生物への影響が示唆されており、持続可能な農業生産のためには過度な使用を控えることが望ましいです。

参考

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6 みどりの食料システム戦略

気候変動対策や生物多様性の保全対策などの持続性と生産力の向上を両立する食料システムを目指す戦略です。調達や生産、加工・流通、消費の各段階でイノベーションを実現することによって目標達成を目指しています。農業の担い手が減少する国内において生産効率は大事な一方で、環境への依存度が高い農業では持続可能な生産活動のためには環境への配慮も重要です。

参考

香坂さんに伺ったCOP15での注目ポイント等は以上になります!
COP15では2030年に向けた数値目標が決まり、それを目指してどのような行動を起こしていくかが大事だという印象を上田は受けました。

前編ではCOP15というグローバルな話をお伝えしました。後編では香坂さんから伺った別の話題を皆さんにお伝えします!
後編へ続きます!


取材させていただいた方

香坂玲 先生
東京大学農学生命科学研究科 森林科学専攻 教授

生物多様性条約の技術会合専門家にも選出されています。 https://www.a.u-tokyo.ac.jp/news/news_20220607-1.html
また、YouTubeで「テロワール」に関する過去の講演会の動画を何本か挙げていらっしゃるので、興味がわいた方はそちらも見てみてください。
(「テロワール 生態系」などで検索!)

追記(2022/6/16)

香坂さんのプロフィールを追加しました。

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