令和4年(第16回)「みどりの学術賞」 北島 薫 博士

日陰でも生きていける植物の謎に挑む

光がほとんど届かない、熱帯林の森のなか。
そんな暗い場所でも、ゆっくりと成長しながら生き続けている植物がたくさんいます。
“より早く成長し、光を獲得する競争に勝った植物が生き残る”
そんなイメージをくつがえす、日陰でもしぶとく生きていく植物たちがもつ戦略とは…?

こうした植物の進化の謎に迫る研究に取り組まれてきたのが、令和4年(第16回)「みどりの学術賞」を受賞された、京都大学大学院 農学研究科 教授の北島薫さんです。今回は、これまでに明らかになった日陰で生き延びる植物の秘密と、その謎の解明に取り組んできた北島さんの姿に迫ります。

北島薫さん

教科書や論文に書かれていることと違う? ~森林をみつめて~

北島さんは大学1、2年生のとき、生物学研究会という大学のクラブに入っていたそうです。鳥や植物、虫の観察が好きな人が集まり、日本中のいろいろなところに出かけたのだとか。そうした活動を通して、「森林って素晴らしい」と思われたのだそうです。
そして、「森林の樹木のほとんどが、『暗いところ』で小さな芽生え(種子から発生した個体)としてスタートする。これらの芽生えがどのように育って、次の世代の大きな木となり、森林の更新を促すのか。」との疑問をもったとのこと。日光の届かないところで、植物がなぜ育っていけるのか、確かに不思議です。

熱帯雨林の暗い環境で発芽したばかりの多くの芽生え (写真提供:北島薫氏)

そうした森林の「更新」については、当時すでに教科書などに書かれていたそう。ただ、森の上部の1%未満の光しか届かないような、暗いところでも生育できる能力(耐陰性)が、樹種によって異なることについては色々な説明がありました。北島さんは1980年代に主流だった「耐陰性」の説明を勉強しているうちに、「実際に森の日陰で生き続けている芽生えの生き方とは、ちょっと何かが違う気がして、つきとめたい」と思ったのだそうです。

「自然を観察することと実際に研究者が論文で書いていることとのすりあわせみたいなことをしていくなかで生まれた、『自分なりの考え方(独自の仮説)』を検証していったということですね。」

北島さんは、耐陰性樹種の研究を始めたときのことをこう語ってくれました。 そして35年以上、熱帯林でフィールドワークと研究に取り組まれてきました。

日陰でも生きていける! 芽生えたちの生存戦略

例えば、熱帯のマメ科植物の タチガリ Tachigali versicolor では、森林のなかの日光のほとんど届かない暗い場所でも20年以上生きている芽生えがいるとのこと。タチガリのように、日陰でも芽生えや若木が生きていける、耐陰性の高い樹種が他にもたくさん存在するそうです。彼らはどうやって、日が届かない環境で生き続けることができているのでしょうか。

熱帯林の林内は暗い。中央の小さい木は耐陰性樹種の Alseis blackiana (写真提供:北島薫氏)

北島さんが研究を始めた1980年代ごろ。日陰の限られた光を効率よく利用することが、「耐陰性」にとって重要であると考えられていました。つまり、耐陰性樹種は日陰で成長するのが得意であるという仮説です。
しかし、1994年に北島さんは、「日向でしか生きられない種と比べて、日陰でよりよく生き残っていく樹木の芽生えの方が、日陰の環境下でより成長が早い」といった現象はみられないことを報告しました。シェードハウス(虫と太陽光の熱を避けるための網で囲まれている、植物を栽培する施設)の日陰において条件を揃えて育ててみると、日向でよく成長する樹木の芽生えのほうが、日陰でも早く成長していたのです。

様々な樹種の芽生えを日陰で育てる実験の様子 (写真提供:北島薫氏)

研究してみえてきた、日陰でも日向でも成長が遅いという耐陰性樹種の実態。 北島さんは、これらの樹木は成長ではなく、生き残ることを重視した戦略をとっているのではないかと考えました。

熱帯林のなかで育つ芽生えは、森の地面で動物に食べられたり踏まれたり、また、病原菌に攻撃されるといった災害に遭うリスクに囲まれているのだそう。そうした災害に対する防御力を高めること、また被害にあったときに回復に使えるようなエネルギーを貯めておくことは、芽生えが生き残る確率を上げるだろう、と北島さんは考えました。ただし、そうした災害に対する強靭さを高めることに資源を投資すると、成長は遅くなるだろう、とも考えました。なぜなら、植物が使えるエネルギー資源は無制限にあるのではなく、限られているからです。植物たちはこの限られた資源を、成長すること、強靭なからだを作ること、またエネルギーを蓄えておくことなどに分配して投資していると考えられます。

では実際に、成長速度を犠牲にしてでも日陰で生き残る戦略をとる植物は、どのような特徴をもっているのでしょうか? 北島さんの調査から、耐陰性の高い樹種の芽生えでは、葉と茎の強度と組織の密度が高いことがわかりました。このような性質をもつ芽生えは、害虫や病原菌などがもたらす災害に強くなり、日陰のもとでより長く生き残ることができていたのです。

芽生えが日陰で長く生き残ることができるということは、芽生えが大きな木に育つチャンス(上を覆っている木が台風で倒れるなど)をより長い時間待てることを意味します。北島さんは、「耐陰性樹種は、日陰にたくさんの芽生えを待機させておくという戦略を達成するために、災害に強靭な性質をもつことにより多く投資をし、成長することへの投資は少なくするように進化したのではないか」と考えています。

植物の資源分配のイメージ図(北島さんのスライド資料をベースとして作成)

研究が変える、ものの見方

「1994年の論文に書いてから20年以上が経ち、ふと気がついたら、みんな私が言ったことを当たり前のように書いたり話したりしている。けれど、(以前は)そうじゃなかったのだよなあと思うと、ちょっと不思議な気持ちになります。」と北島さんはいいます。

「1986年からデータをとりはじめて、まとめるまでに時間がかかりましたね。他の8割型の人が『こうだろう』といっていることに反論して、でも証拠はこうではないから、こう解釈したほうがいい、つまり、ものの見方を変えるべきだという論文を書くのは大変でした。」
耐陰性樹種の戦略についての理解を変えた北島さんは、そんな風に当時を振り返られました。

これまでに研究されていたことも、新たな視点から調査したり、解析したりすることで、これまでとは全く違う生き物たちの生き様がみえてくる可能性があるのです。

耐陰性樹種の芽生えの光合成を測定する北島さん (写真提供:北島薫氏)

多様性への挑戦 ~熱帯林で研究するということ~

北島さんが長年フィールドワークに取り組まれてきたのは、バロコロラド島の熱帯林。
なぜ、熱帯林での調査を始めようと思われたのでしょうか。

熱帯林での調査の様子 (写真提供:北島薫氏)

「大学生のときに、熱帯林の生物多様性がこんなにすごいのだということを勉強しました。勉強したうえで熱帯に行ったら、ほんとにそうなのだと思って。この感激はやっぱり何事にも代えられませんね。」

日本全体で樹木種は1200種ぐらい。一方で、地球全体では7万種以上の樹木種が存在し、そのうち5万種ぐらいが熱帯林に生きていると推定されています。北島さんによると、「どうやってこの桁違いの多様性が生まれて、持続していくか」という疑問については、複雑なだけに科学的に証明はできない、といった意見もあったとのこと。それに対して北島さんは、「こんなにも複雑な生物多様性そのものも研究しないといけないし、複雑だからこそみえてくるものがあるのではないか」と思われたそうです。

生物多様性が研究者に出す挑戦、すごくわくわくするなあと思ったので、そこをやりたかったんですね。」

熱帯林の生物多様性の解明に挑む、その熱い思いが熱帯林での研究に北島さんを導いていたのでした。

約20年の時を経て撮影された北島さんと Tachigali のある個体のツーショット写真。 (写真提供:北島薫氏)

森林が私たちに教えてくれること

北島さんが小学生のとき、日本では公害が問題になっていたとのこと。
「地球全体の環境がどんどんおかしくなっていくようなときに、地球のお医者さんがいてもいいんじゃないかなと。」、思われたそうです。そして現在、気候変動などの地球環境問題に関わる研究についても精力的に取り組まれています。

北島さんは、これからの地球の環境を考えるうえで大切なことを、森林生態学という科学が教えてくれるといいます。
「科学の長い歴史のなかで、森林がどうやって『再生していくか』についての知見があるんです。」 森林は、台風などで木が倒れてしまってもちゃんと森林にもどる、つまり「再生する力」があり、そのメカニズムは長年多くの研究者によって研究されてきました。北島さんは、この森林がもつ「再生する力」を理解し、維持できるようにすることで、地球環境を壊さないようにする必要があると言います。

北島さんの言葉から、“持続可能な社会をつくっていくヒントを、森の生き様が教えてくれる”という、森林の研究の新たな一面に出会うことができました。


ここまで、熱帯林を長年みつめてきた北島さんが出会った森林の姿をご紹介してきました。
森のなかで出会う景色やそこから得るものは、きっとひとりひとり違うはず。
今は、みどりが美しい季節です。みなさんも森にでかけてみませんか?

参考文献

・Kaoru Kitajima (1994) Relative importance of photosynthetic traits and allocation patterns as correlates of seedling shade tolerance of 13 tropical trees. Oecologia 98: 419-428.
・Jonathan A. Myers & Kaoru Kitajima (2007) Carbohydrate storage enhances seedling shade and stress tolerance in a neotropical forest. Journal of Ecology 95: 383-395.
・Kaoru Kitajima& Lourens Poorter (2010) Tissue‐level leaf toughness, but not lamina thickness, predicts sapling leaf lifespan and shade tolerance of tropical tree species. New Phytologist 186: 708-721.
・Keiichi Fukaya, Buntarou Kusumoto, Takayuki Shiono, Junichi Fujinuma & Yasuhiro Kubota (2020) Integrating multiple sources of ecological data to unveil macroscale species abundance. Nature communications 11: 1-14.
・Roberto Cazzolla Gatti, et al. (2022) The number of tree species on Earth. Proceedings of the National Academy of Sciences 119: e2115329119.
・J. W. Ferry Slik, et al. (2015) An estimate of the number of tropical tree species. Proceedings of the National Academy of Sciences 112: 7472-7477.


【関連リンク】
内閣府ウェブサイト: 「みどりの学術賞」
https://www.cao.go.jp/midorisho/index.html
日本科学未来館 科学コミュニケーターブログ: 令和4年度(第16回)「みどりの学術賞」受賞者が発表されました!
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220411416.html


*追記(2022年7月19日):本文に北島さんの所属先の情報を追記しました。

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