環境問題を解決するには何が必要? 「海ごみAI」開発者といっしょに考えてみた

皆様お初にお目にかかります。科学コミュニケーターの中野夏海です。クラゲと海をこよなく愛しております。

海を眺めていて「あっ!クラゲいた!」と思ってよく見たらビニール袋だった……なんてことは、クラゲ採集をする人にとってはよくある体験ですよね。クラゲ採集をしない方でも、海に行けばごみを目にする機会は多いのではないでしょうか。ごみが世界中の海岸や海にあふれることで、その地域の生態系や、観光資源に影響が出ています。

このように大きな問題となっている海ごみ問題の解決に向けて、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の研究者が、海岸の写真から自動でごみを検出する技術、「海ごみAI」を開発し、2022年2月に論文を発表しました。

この「海ごみAI」の特色は、ドローンなどの特殊な機材を必要としないところです。海岸に人が立ってスマートフォンなどで撮影した写真からごみを検出し、海岸をどれくらいごみが覆っているかを算出することができます。

海ごみの原因は海岸で発生したごみだけではありません。街でポイ捨てされたごみは川を流れ、海にたどり着きます。このため、海ごみ問題の解決のためには海の近くに住む人も、海から離れたところに住む人も、すべての人が一緒になって取り組んでいく必要があります。

 「海ごみAI」の開発にはどんな狙いがあったのでしょうか。また、環境問題の解決を目指すこのような新しい技術は、人の意識や行動にどんな影響を与えることができるのでしょうか。JAMSTECで「海ごみAI」を開発している、データサイエンス研究グループの松岡大祐さん、日髙弥子さんに伺いました。

上画像:スマホで撮影した画像
下画像:AIで識別した画像
「海ごみAI」が写っているものを自動で識別して下の画像のように塗り分けてくれます。砂浜の上の人工のごみ(赤色)や自然のごみ(紫色)がうまく検出されていることがわかります。

研究内容の詳細については、こちらのリンクからご覧ください。

https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/20220600/

海ごみ問題についてのコモン・センス(共通認識)をつくりたい!

―ごみ問題の解決に一番重要なことって、なんでしょうか?

日髙さん:この問題について、世界中の人がコモン・センス、つまり共通の認識をもつことだと考えます。例えば、ある場所で誰かが小さなごみを気軽に捨てたとしましょう。そのごみは川を流れ、最後は海に流れ着きます。こういったつながりを、多くの人が認識できるようになってほしいのです。

 

―今回開発された「海ごみAI」は、コモン・センスの形成にどう影響するのでしょうか?

日髙さん:海ごみについては、切実な問題と捉えている人もいれば、まったく意識せずに生活している人もいます。問題の捉え方がバラバラな状態で、共通の認識をつくっていくのはとても難しいことです。「海ごみAI」のように簡単に使えて、多くの人に興味を持ってもらえるツールがあれば、今まで海ごみについて関心があまりなかった人にとっても、考え、行動するきっかけになると考えています。

―確かに、自分の撮った写真からAIがごみを見つけて判別してくれるって面白いですよね。「なんだか楽しそうだから試してみたい」と、海ごみに関心がなかった人も興味をもつきっかけになりそうです!

 

―海ごみ問題について、世界中の人がコモン・センスをもつことが重要とのことでしたが、世界全体の課題として取り組んでいくためには、どうしたらよいのでしょうか?

松岡さん:現状では、評価の方法に世界共通の基準(ガイドライン)がないのです。従来からの評価方法だけでなく、今回の海ごみAIのような新しい技術も含めて、最適な方法を樹立して、それを世界的なガイドラインというかたちでまとめていくことが必要です。

 

―世界共通の海ごみの評価方法は、どのようにして決められるのでしょうか? この海ごみAIが「最適な評価方法」のためのツールとして世界のスタンダードになっていくのでしょうか?

松岡さん:データに求められる精度と、実現可能性のバランスをみて決められていくことになると思います。実現可能性を考えると、なんといっても簡便で、特殊な機材や技術を必要としない方法が、世界共通の評価方法として選ばれるべきだと考えています。ガイドラインはこれから作成されるところなので、現時点ではなんとも言えませんが、海ごみAIが世界のスタンダードになってくれれば嬉しいです。

海ごみAIとシチズンサイエンス

―海ごみAIの今後の開発には市民の皆さんと一緒に取り組む「シチズンサイエンス(市民科学)」が欠かせないとJAMSTECの研究紹介ページで読みました。市民の皆さんはどのようにこの研究開発に関わることができるのでしょうか?

日髙さん:すぐにできることとして、AIの精度を上げていくための画像提供というかたちで参加いただくことができます。というのも、海ごみAIの精度を上げるには、できるだけ多くの画像を取り込んで学習させることが必要なのです。市民の皆さんにご協力いただくために、ごみ拾いSNS「ピリカ」というアプリを通して、海だけでなく、街などで撮影されたごみの写真も集めています。この画像収集は、20253月まで実施予定です。

ごみ拾いSNS「ピリカ」を使ったプロジェクトの詳細はこちらをご覧ください。

https://blog.sns.pirika.org/posts/28823416

―私たちの撮影した写真が、AIの精度を上げるために使われるのですね。ほかにはどんな関わり方がありますか?

松岡さん:研究開発のさまざまな段階で、市民の皆さんと一緒にできることを探しています。「海ごみAI」という技術は、海だけでなく街や川などさまざまなところで使うことができると期待しています。最終的に海ごみ問題を解決するには、街から川へ、そして海へごみがどのように動いていくかを解明しなくてはなりません。この大きな問題を解決するためには、研究の段階から市民の皆さんと一緒に取り組む必要があると考えているのです。

実際に研究を行う地域を選んだり、どのように開発を進めていくかの方向性を考えたり、まとめたデータを自治体や国へ届けたり、研究の各段階での市民参加を検討しています。

 

―海ごみ問題は大きな問題ですが、解決のためには一人ひとりの気づきや行動など、個人レベルの小さな積み重ねも重要になってきます。そのためには、何が必要だとお考えですか?

日髙さん:情報に触れる機会を増やすことではないでしょうか。テレビで海ごみについての特集を放送しても、その番組を見ているのは問題を切実に感じている一部の方だけです。情報発信を増やして、この問題に関心が低い人でも、無意識のうちに情報に触れてしまうくらいの状態が理想です。

―ターゲットに合わせてテレビやSNSといったメディアの種類を選んだり、研究者がデータにもとづいて話すのか、タレントを起用するのか、といった発信内容の工夫をしたりできるといいですね。

 松岡さん:一方で、問題の解決に向けて行動をしていくには、さまざまな情報を自分で理解し、解釈しなくてはいけません。そのためには科学リテラシーの向上が重要だと考えます。

人が行動するためには、確かな情報と正しい理解と、あとは何?

―確かに、情報に触れる機会を増やすこと、科学リテラシーを高めることは、間違いなく重要です。ただ、未来館で行っている「オピニオン・バンク(※)」による調査で見えてきているのは、「科学技術について関心が高い層はむしろ、環境問題の解決に悲観的になることもある」といった現状なのです。確かな情報、正しい理解も大事ですが、それだけで人が行動するわけではない、というのが現実です。

※オピニオン・バンク:科学や社会にまつわる問題にアンケート形式で意見を発信するコーナー。常設展内のオピニオン・バンク端末のほか、ウェブサイトからもご回答いただけます。

オピニオン・バンクについての詳細:https://www.miraikan.jst.go.jp/research/opinionbank/

松岡さん:なるほど! それは意外でした。我々は、科学や技術を使って問題を解決したり、装置を開発したりするのが得意分野です。一方で、「市民の皆さんに関心をもってもらうには?」「市民の皆さんに行動してもらうには?」といった課題については知見があまりありません。そういった問題は、まさに未来館の得意分野ですよね。

―得意分野というより、いちばん悩んでいるところといえます。ただ、特に環境問題など科学技術が関わる問題に対して、「いったい何が人の行動を決めるのか」、「どんなコミュニケーションが必要なのか」といった課題に取り組むために未来館が活動しているのは確かです。

日髙さん:そうですよね。海ごみ問題についても、どうすれば市民の皆さんの行動のきっかけになるか考えなくてはなりません。「海ごみAI」も使いつつ、JAMSTECと未来館で一緒に取り組んでいくのはどうでしょうか。

―はい、今後ともぜひご一緒できれば嬉しいです。今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

インタビューを終えて

海ごみ問題という大きな問題に対し個人が課題意識をもち、解決に向けた行動につなげていくことは簡単なことではありません。そのために必要なこととして日髙さんと松岡さんが挙げてくださったのは「情報発信」や「科学リテラシー」。確かにその通りと思いながらも、実は未来館スタッフは一瞬、渋い表情に……。というのも、私たちは未来館での経験から、正しい情報と理解が前向きな行動につながるとは限らないと実感していたからです。そんな私たちの話に日髙さんと松岡さんは最初「えっ」と驚き、意外そうなリアクションでしたが、お話しているうちに深く納得してくださいました。

この取材を通して、海ごみ問題について科学コミュニケーターとしてやれること、やるべきことがより明確になってきました。環境問題をはじめ科学技術に関連した話題を、見ず知らずの様々な方とお話する機会は、とても貴重なものです。置かれている状況が異なる多様な人々の意見を、研究者へ届けていくこと、人々の研究への参加を促すこと、そして大好きな海に気持ちを寄せ続けることが、今するべきこととして私の頭の中に浮かんでいます。

また、今回の取材をきっかけに、海ごみ問題に一緒に取り組んでいくという、願ってもないお申し出をいただくことができました。両者が手を取り合うことで新たな展開が生まれる予感がしています。今後の未来館とJAMSTECのコラボレーションにもどうぞご期待ください!

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