皆様、こんにちは。科学コミュニケーターの中野夏海です。クラゲと海をこよなく愛しております。が、今回は海ではなく大地に関する話題です。
2022年12月10日、日本科学未来館で「VRでさぐる! 東京のデコボコ地形と大地のヒミツ」というイベントが行われました。
イベントページはこちら:https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202212102788.html
その人工的なイメージとは裏腹に、東京は高低差のある「デコボコ地形」の上に築かれた都市です。なぜ東京の地形は複雑なのでしょうか? そして、そこで営まれる人々の生活は、どのように成り立っているのでしょうか? 今回のイベントでは、街と大地に隠された秘密を、VRゴーグルなど最新のツールを使って探ってみました。
案内を務めるのは、街と大地に詳しい二人のプロフェッショナル。山口県にある、火山で有名な萩ジオパークの白井孝明さんと、地球の歴史を「見える化」する技術の研究に取り組む芝原暁彦さん(地球科学可視化技術研究所)です。ファシリテーションは未来館の科学コミュニケーター、花井智也が務めました。
今回は機材の都合等により限られた人数の方にしかご参加いただけなかったため、その内容を前後編に分けて徹底レポートします。
前編では、VRゴーグルを使って萩と東京の大地を眺める様子を紹介。
後編では、VRを体験した後のディスカッションと、このイベントを企画した科学コミュニケーター花井の感想をお届けします。
では早速、イベントの様子を当日の写真を見ながら振り返ってみましょう!
萩の街に見る、「人と地球のつながり」
白井さんは、美しい城下町と絶品グルメを誇る萩市(山口県)でジオパーク専門員をされています。ジオパークとは、珍しい地形や景色などをきっかけとして、地球とわたしたちの過去・現在・未来について考える場所。萩を含め、日本全国の46地域がジオパークとして認定されているそうです。萩の街では「人と地球のつながり」を実感できると語る白井さん。その「つながり」とはいったい何のことでしょうか?
萩ジオパークについてはこちら(外部リンクです):https://hagi-geopark.jp/
人気観光スポットである萩(長州)の城下町は日本海に面し、三方を山で囲まれた三角州に構築されています。
白井さん:
萩の土地は、川が運んできた砂や泥が海を埋め立てることでつくられました。さらに、北から強く吹く季節風の影響で、海に面した北西部は小高い砂丘になっています。江戸時代、砂丘には上級武士の屋敷や寺、そして城下町がありました。一方、低地(三角州の中央部)は水田でした。三角州の両側を流れる川は大雨が降ると氾濫することがあります。その際、低地に水を逃がすことで屋敷などを守るという土地利用の工夫です。大雨が降れば川はあふれるという前提で、人々がそれに合わせた暮らしをしていたのです。
土地の特徴と人々の暮らしについて、白井さんのお話に聞き入っていると、白井さんから一言。
「では、そんな萩の地形をVRで見てみましょう」
白井さんだけではありません。参加者の皆様にもVRゴーグルを着用いただき、みんなでメタバース(仮想空間)へ!
ゴーグルの向こうに、いったい何が見えるのでしょうか?
それがこちらです。ここは、もうお一方の案内人である芝原暁彦さんがCluster(メタバースプラットフォーム)内につくりあげた「メタバース地球科学ミュージアム」。参加者はアバターを操作してメタバースにつくられた萩の立体模型の上に立ち、白井さんの説明に耳を傾けます。
白井さん:
萩のまわりには、たくさんの小さな火山(阿武火山群)があります。その特徴は、火山なのに平らな形をしていること。山間部には珍しい平地なので、この地形は畑としても使われています。溶岩の上ですから、水はけがよく、野菜や果物がよく育ちます。この溶岩に水がしみこみ、川を流れ、山のふもとではお米がよく育ちます。
海の中にも水没した火山があります。海流が火山にぶつかり、栄養のある砂や泥がまきあげられます。その養分でプランクトンが育ち、それを食べるために魚が集まるので、おいしい魚も萩の自慢です。萩のおいしいものたちは、萩の特徴的な地形とつながっているのです。
バーチャル空間なら、巨人になった気分で萩の特徴的な火山地形を俯瞰できます。これには参加者の皆さんも大興奮。白井さんのお話を聞きつつ、アバターをコントローラーで動かして様々な角度から地形を観察することができました。萩で豊かな城下町が栄えたのも納得です。
東京の「人と地球のつながり」は?
大地の特徴と見事につきあってきた萩の人々。しかし、今回の主題は「東京のデコボコ地形と大地のヒミツ」です。都市化が進んだ東京で「人と地球のつながり」など感じられるのでしょうか?
科学コミュニケーター花井の問いかけに答えるべく、次は芝原さんのレクチャーです。レクチャーは、実験室内のスクリーンではなく、メタバース内で実施されます。黒い服のアバターにいざなわれ、参加者の皆様、今度は別の地形図の上へやってきました。この地形図の上で、参加者は東京における「人と地球のつながり」について芝原さんの解説に耳を傾けます。
古生物学者である芝原さんは、ご自身で立ち上げた地球科学可視化技術研究所の所長を務めるほか、恐竜で有名な福井県立大学にて教鞭をとっておられます。
人工物で隠された東京の地形も、バーチャル空間であれば丸見えにできます。すると、場所による標高の違いが明らかに。東京駅よりも西側の各所で、「渋谷」などの谷地形が「白金台」などの台地の間を縫うように存在しているのがわかります。これは長い時間をかけて、川が流路を変えながら大地を削った結果だそうです。「水害に遭いにくい台地の上には、江戸時代によく武家屋敷が建てられていたようです」と芝原さんは語ります。
次に芝原さんたちが向かったのは、東京の東側にある下町と呼ばれるエリア。西側に比べて低く、平坦な土地が広がっていますが、ここにも秘密があるようです。
たとえば、東京スカイツリーがある墨田区押上にはこんな過去が。
芝原さん:
約2万年前の地球は今よりも寒く、海水準が今より120mほど低くなっていました*。東京湾の海岸線は今よりずっと沖合のほう。なんと、当時の押上地区は大きな川の中流域でした。水流の働きで深い谷ができましたが、やがてその上に柔らかい泥がたまり、今わたしたちが歩いている押上の地面ができています。
*地球が寒いときは、海から蒸発した水が陸上で凍ったり、水そのものの体積が小さくなったりするため、海水準が低くなりやすい。一方で暖かいときは、陸上の氷が解けて海に流れ込むなどして、海水準が高くなりやすい。
そこにスカイツリーのような大きな建物を建てるには、柔らかい泥の層を超えて、かつての川底に到達するまで30m以上も杭を打ち込まなければいけなかったそう。押上ではついつい頭上に目が行きがちですが、こんな話を聞くと足元も気になってしまいます!
「古くから、東京の街は自然の地形と地質を考慮してつくられてきました。その点で萩と共通するものがあります」という芝原さんの語りに、参加者の皆さんが大きくうなずきます。非常に人工的に見える東京の都市部ですが、私たちの暮らしは、意外なところで地球の活動とつながっていました。
さて、白井さん、芝原さん、それぞれのレクチャーが終わったところで、レポートの前編はここまで。
後編では、VRの世界から現実世界に戻ってきて行われたディスカッションの様子をお届けします。企画者の裏話からあふれる熱い想いにも、乞うご期待!
後編はこちら:https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20230417vr-1.html