最近、ドラマなどでも目にすることが増えた「手話」。詳しくは知らなくても、「手話ってどんなことばなのだろう?」「手話を使っているろう者ってどんな人たちなのだろう?」と気になっている方が増えているのではないでしょうか。そんな方々にぜひ見ていただきたい動画を公開しました! 未来館でろう者の方々とともに取り組んだ動画制作を振り返るトークセッション「ろう者といっしょに動画をつくってわかってきたこと~未来館での実践から」のアーカイブです(本記事の末尾にリンクを記載しています)。
このトークセッションでは、動画制作の中で見えてきた難しさやおもしろさをお話ししています。さらに、耳がきこえないろう者と、きこえる聴者とがいっしょに活動するために大事なことは? という観点でもお話を展開しました。このブログでは、トークセッションの内容の一部をご紹介します。
※トークセッションを実施するきっかけとなった未来館の紹介動画(日本手話・日本語字幕・日本語音声)はこちらです。この動画(以下、手話動画)のあとに、本ブログやトークセッションのアーカイブ動画をご覧になることをお勧めいたします。
だれが見てもわかりやすい動画を目指して、ろう者とともに制作
未来館をわかりやすく紹介する動画をつくりたい――その想いを実現させるために、ご協力いただいたのは、日本手話を第一言語とする3人のろう者です。撮影・編集・監督をお願いしたのが、映画監督・映像クリエイターである今井ミカさん(株式会社サンドプラス)。ふだんから目で情報を得ているろう者の視点でつくった動画は、ろう者だけでなく、だれにとっても目で見てわかりやすい動画になるはず、と考えました。そして手話表現に関しては、日本語から手話への翻訳と動画出演を寺澤英弥さん(株式会社OSBS)に、手話監修を森田明さん(明晴学園)にお願いしました。日本語については、字幕だけでなく音声もつけています。目で見なくても、未来館のことがよくわかる動画にしました。
トークセッションでは、動画制作を企画した未来館の科学コミュニケーターの田中沙紀子が、今井さんと森田さんをお招きして語り合いました。
日本手話は、日本語とは異なる言語
まず、日本手話ってどんな言語なのでしょうか?
森田さん:日本語と日本手話は、まったく文法の違う別の言語です。手話は手の動きだけで表していると思われている方も多くいらっしゃいますが、体全体が必要です。また、表情ではなく顔の動きも文法として使用します。
具体的には、うなずく位置によって文の意味が変わることや、「すごくおいしい」の「すごく」という副詞を目で表すことなどを説明していただきました。実際の手話を見るとわかりやすいので、ぜひ動画でご確認ください(8:44~)。
日本語と日本手話は、どちらも日本で使われる言語。でも、日本語と英語、日本語とフランス語が異なるのと同様に、日本語と日本手話も異なる言語なのです。ろう者に対して、もし「耳が聞こえないなんてかわいそう」「助けてあげなければ」という考えを持っているならば、ぜひ「異なる言語を使う人なんだ」と視点を変えてみてください。
森田さん:ろう者は、自分自身は言語的少数者であり、障害者でかわいそうな存在なわけではないと考えます。聴者には、ろう者を外国人と同じだという見方をしてほしいと思います。聴者は、 耳で音を聞いて 声でしゃべる人。ろう者は、目で見て手話で話をする人。聞き方・話し方が違うだけです。
言語の違いだけではない! ろう者と聴者で異なる思考スタイル
異なる言語を使うだけで対等な存在ではありますが、音に頼らないのが当たり前のろう者と、音を使うのが当たり前の聴者では、思考スタイルにも違いがあるのだそう(18:20~)。たとえば、家の中に家族がいるかどうかを、聴者は足音などで感じとります。一方、ろう者は「私はこの部屋にいるよ」と明確に言葉で伝えて確認する習慣があります。そうした違いを理解していないと、衝突が起きてしまうこともあります。
森田さん:聴者は音を情報として捉えますが 、ろう者にはそのような捉え方はありません。例えば、ドアをバタン!と勢いよく閉めると、その音を聞いた聴者は「怒ってるのかな?」「イライラしてるのかな?」と感じますが、ろう者はそう思いません。このような違いから、「大きな音を立てて、ろう者は怖い」と聴者から勘違いされることがあるんです。
ろう者が見やすい動画にするための工夫
未来館の手話動画制作においても、未来館の聴者メンバーのみで進めれば、こうした言語や思考スタイルの違いを見落としてしまうだろうと考えていました。そこで、まずはろう者である今井さんと相談するところからスタートさせました。
今井さんがろう者視点で見やすい動画をつくるために考えた工夫について、いくつかお話しいただきました(34:36~)が、ここではそのうちのひとつをご紹介します。
今井さん:画面の中には、手話だけではなく日本語の字幕も入れています。一般的には、字幕は画面の下に細長く表示されることが多いですよね。その配置だと、手話をどの位置に入れたとしても、手話と日本語字幕の両方が目に入ってきます。日本語と英語の字幕が同時に表示されていると想像してください。混乱しますよね。ですので、手話と日本語字幕を左右に分けました。自分が見やすい方の言語だけを見られるレイアウトにしたんです。
手話に翻訳したからこそ気づいた、日本語の曖昧さ
トークセッションでは、具体的な制作の流れについても紹介しました。その中で未来館メンバーとして想定外だったのは、日本語原稿から翻訳してもらった手話表現を見て、日本語の原稿を追加する必要が生じたことです。
田中:なぜ日本語の追加が必要になったかというと、日本語の表現が曖昧だったからだと感じています。曖昧なままでもあまり気にならないというのが日本語の特徴なのではないかと改めて思いました。
たとえば、「科学的な『モノの見方』」という言葉(43:18~)。「“おや?”っこひろば」という親子で参加する遊び場について説明するために使っているのですが、振り返ってみると確かに曖昧な表現でした。
「体験型の展示を楽しみながら、科学的な『モノの見方』を体験する無料のスペースです」
この説明だけでは、どんな体験ができる場所なのか想像がつきません。ですが、寺澤さんが実際の「“おや?”っこひろば」を体験したうえで翻訳した手話表現では、具体例としてこんな説明を加えてくれていました。
「さまざまな形のボールを転がしてみると、予想外の転がり方をすることもある。どうしてだろう?」
この手話の説明を見て、未来館の側で「さまざまな形のボールを坂の上から転がすと、どんな転がり方をするでしょうか?」という日本語を追加したわけです。これによって、「科学的な『モノの見方』を体験する」とはどのようなことなのかが、日本語の情報としてもわかりやすくなりました。また、この部分の手話表現は、手話がわからない人にも視覚的なイメージとして伝わりやすいと思います。ぜひ注目して見てみてください。
このように、翻訳というプロセスを入れることで、元の日本語の表現を見直すきっかけになるというのは、手話に限らずどの言語に翻訳するときにも起こり得ることです。もちろん、元の言語のすべての意味を翻訳しきれないこともあります。それを前提に試行錯誤することが、手話を含めた多言語・多文化対応のおもしろさであり、難しさでもあるのではないでしょうか。
相手を知り、違いを楽しみながら尊重する
今回の動画制作のようにろう者と聴者とがいっしょに活動するために重要なことは何か(01:03:16~)、お二人は次のように考えているそうです。
今井さん:お互いの違いを知っていくこと。これがなければ企画は進まず、結果的には成功できないと思います。非常にもったいないですよね。時間はかかりますけれども、お互いを理解し合っていくことが非常に大事だと思いました。そのためには、やっぱりインターネット上の情報に触れるだけではなく、本物のろう者と出会って、コミュニケーションすることが大事ですね。
森田さん:まず自分と相手とは「違う」と考えることが大事だと思います。同じ人間同士ではあるけれど、同じだと思いこんでいることで、かえって混乱することもあります。まず「もしかしたら違うのかもしれない」というところから入る。そして楽しみながら交流を深めて、進めていくのがいいと思います。
今回は、日本手話で生きるろう者に注目した内容でしたが、そのほかにも、きこえにくい難聴の方、目の見えない方、車いすの方などさまざまな人がいて、「自分とは違う当たり前」を生きています。このトークセッションが、みなさんが自分とは異なる立場の人と一緒に何かやってみたいと思うきっかけになれば、とても嬉しいです。
もっと知りたくなった方は、ぜひ動画で!
ここで紹介した以外にも、「国によって違う、文化が反映された手話表現(1:17:25~)」「手話の言葉遊びってあるの?(1:19:16~)」など、おもしろいお話が盛りだくさんでした。ぜひ動画で、お二人が手話で話す姿も含めてご確認ください!