皆様、こんにちは。科学コミュニケーターの中野夏海です。クラゲと海をこよなく愛しております。今回は、「アンモナイト博士と一緒に東京で化石探し! ~入門編~」に引き続き、ディープ編をお送りいたします。
―これまでのあらすじ―
東京駅の地下の壁に謎の渦巻模様を発見した科学コミュニケーターの中野は、未来館内に不明渦巻模様対策本部、略して渦模対(うずもたい)を発足。謎の究明のため、同じく科学コミュニケーターのメンバー花井とともに訪れた深田地質研究所では、この分野の専門家である相場大佑先生を紹介される。先生による検証の結果、謎の渦巻模様は大理石の中の本物のアンモナイトの化石であると判明!
相場先生とともに大理石中のアンモナイトを探すうちに、渦模対のメンバーはすっかりアンモナイトの虜になり、さらなる化石を探して巡検を続けていた――。
入門編はこちらから!:
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20230508ammonite.html
まずは日本橋三越本店へ
丸の内を後にした我々は、「建物内に、大理石中のアンモナイトを紹介するコーナーがある」と噂のデパート、東京都中央区の日本橋三越本店へ。相場先生からアンモナイトについて濃密な講義を授かり、渦模対のメンバーの観察眼も熱を帯び、鋭くなってきています。
三越に到着すると、さっそくアンモナイトの名所として知られる本館の中央ホールへ。2階へと続く階段にきれいな模様の石材が使われていました。先ほど訪れた丸の内オアゾとはだいぶ違う見た目の石材ですが、これも大理石。石になる前の粒子の違いや、石になってからの圧力のかかり方によって、様々な見た目の大理石が存在するそうです。この写真の石材は「ネンブロロザート」と呼ばれる石です。
よく観察していると、赤茶色とベージュのまだら模様の中に、きれいなぐるぐる模様を発見できました!
地下鉄 三越前駅!
三越のデパ地下を通り抜け、東京メトロ三越前駅へ。
こちらの壁や柱も、アンモナイトがいっぱい!
「これも、これも、アンモナイト!あ、こっちにも!」
これまで相場先生に教えていただいたノウハウを生かし、どんどん化石を発見し大興奮の中野と花井。そのとき、相場先生の眼光が一段と鋭くなりました。
「いや、これはアンモナイトではなく……オウムガイです!」
本日の巡検で初めて見るオウムガイ。水族館で目にするその姿はアンモナイトにそっくりですが、いったい何が違うのでしょうか?
相場先生「そもそも、アンモナイトの殻は軟体部を収める『住房』の奥に、空洞が連なる『気房』が続く構造になっています。この気房は、『隔壁』によって『気室』という部屋に分けられています。」
相場先生「さて、この隔壁に注目して比べてみましょう。これまで見て来たアンモナイトは殻の一番外側の『殻口』に対して隔壁が凸でしたが、オウムガイでは反対に凹になっています」
中野「あの、オウムガイって絶滅してないですよね?水族館で見たことがあるような……」
相場先生「ふふ、アンモナイトは絶滅しましたが、オウムガイはまだ生きていますよ」
花井「こうやって同じ石の中で化石になっていながら、アンモナイトは絶滅していて、オウムガイは絶滅していないなんて、とても不思議です。形もすごく似ているのに、何がその命運を分けたのでしょう?」
相場先生「この化石になっているオウムガイが、現生のオウムガイと同じかわかりませんが、最近の研究によると、食性の違いや繁殖戦略、基礎代謝の違いなどが影響したのではないかと考えられています」
中野「なるほど。アンモナイトとオウムガイはよく似ているから、餌を奪い合っていたのかと思っていましたが、そうでもないんですね」
相場先生「むしろアンモナイトとオウムガイは、それぞれ違うものを食べ、海の中の違う深さで暮らしていて、お互いがライバルにならないからこそ、同じ時代に共存できていたのかもしれません」
花井「アンモナイトの絶滅と同時期の約6600万年前に、さまざまな海の生物が姿を消していますよね。オウムガイは『生きた化石』と言われていますが、なぜ彼らが生き残れたのかとても不思議です」
情報提供者、現る
こんなふうに盛り上がっていると、駅を利用する方々からしばしば声をかけられました。ある人は「え! これ化石なの? 毎日通ってるけど初めて知った」と驚き、またある人は「大理石の化石を探してんのか? なら高島屋に行くとよい」と情報提供をしてくださいました。この方の情報をもとに、今度は同じく日本橋にあるデパート高島屋へと巡検は続きます。
高島屋のアンモナイト
高島屋では、雑貨売場の壁にて、頭の高さくらいのところにとても大きなアンモナイトを発見しました。百貨店にはたくさんのアンモナイト化石があることがわかり、ショッピングの楽しみが増えそうです。
足を延ばしてお台場へ
さて、たくさんアンモナイトを見たところで渦模対の花井と中野は未来館へ戻ることに。百貨店、駅、商業ビル、地下鉄と、徒歩でまわることができる範囲にも様々な化石を含む石材が使われていました。相場先生とのお別れを前に、「街で奇妙なものを見つけるのが趣味」という花井が何やら言いたそうにしています。話を聞いてみると、「実はお台場でも謎のぐるぐるのようなものを見たことがある」と言うではありませんか。
我々のホームである未来館の近くにもアンモナイトが!? 都心と未来館のあるお台場を結ぶ電車「ゆりかもめ」に乗って最後の冒険に出発です。
花井の記憶を頼りに商業施設の壁や床に注目しながら歩くこと数分。なんと、ありました! アンモナイトです。
相場先生「これは今まで見てきた、立体的に保存された化石の断面を見ているのではなくて、『頁岩(けつがん:本のページのように薄く剥がれる岩石)』の中に、ぺちゃんこに潰れて保存された化石を見ていることになりますね。」
この商業施設にある大理石は「ゾルンホーフェン」と呼ばれる種類のもの。ゾルンホーフェンの特徴は、ふつうは化石になりにくいようなものまできれいに化石に残っていることだそう。
喜んでアンモナイトの写真を撮っている横で、相場先生もしゃがみこんで何かを見ています。視線の先にあるのは、今日の巡検で見慣れたぐるぐる模様ではありません。
相場先生「お、ちょっと珍しいものがありますね」
指さす先にあるのは、星のような、お花のような……一体これは何でしょう?
中野「これはなんですか? ヒトデでしょうか?」
相場先生「惜しい、同じ棘皮動物のウミユリの仲間です。サッココマと呼ばれ、アンモナイトの餌だったと考えられています」
中野「どうして、これが餌だったとわかるのでしょうか?」
相場先生「ぺちゃんこになったアンモナイトの化石の中でも特に保存状態の良いものだと、これまで見てきた殻だけでなく、なんと胃が残っていることがあります。そして胃の中身を調べたところ、このサッココマが入っていたというわけです。古生物を調べるときは、こうやって状況証拠を集めて、絶滅した生物の生態を探っています。あ、これはもしかしたらコプロライトかも」
相場先生が新たに指差した小さな化石は、生物のようにも、そうではないようにも見えます。
中野「相場先生、コプロライトって何ですか?」
相場先生「コプロライトとは、生物の糞の化石のことです。特にこれは、現生の頭足類の糞と形が似ていますね。もしこの化石から作ったプレパラートを顕微鏡で調べてサッココマなどが見つかれば、アンモナイトの糞の可能性もあります」
中野「今となっては化石でしか見ることのできないアンモナイトにも、餌を食べて糞をして生きている時代が本当にこの地球上にあったんだということを、今日一日で実感できました。相場先生、本当にありがとうございました!」
花井「長い地球の歴史の延長線上に、人々が暮らす街が成り立っている。そんなメッセージを街の大理石から受けとった気がします。趣味の散歩が一層はかどりそうです!」
地球の歴史を感じる長い旅の終わりに、相場先生から締めのコメントをいただきました。
相場先生「当たり前ながら、当たり前すぎて忘れがちな部分でもあると思うのですが、自然科学では自分の目でじっくり見ることが何より大切なんです。こんな都会の、ありふれた場所でも、いろいろな視点で眺めると大昔の世界のことがちゃんと見えてくる、ちゃんとした研究になるということを知ってもらえたら嬉しいです。
昆虫や生き物、植物に比べて、化石は所有のハードルがやや高く、古生物学の研究って少し敷居が高いのではないかと思うのですが、こういう材料で気軽に古生物学を楽しんでほしいです」
あとがき
「アンモナイト博士と一緒に東京で化石探し!~ディープ編~」、お楽しみいただけましたでしょうか。科学的な情報以外はふんだんに脚色を含んで楽しくお届けするこのブログシリーズは、今回を持ちまして幕となります。
本記事執筆のための取材やリサーチのおかげで、わたしは行く先々で大理石を邪(よこしま)な目で見るようになり、時間を忘れて化石探しに没頭するようになってしまいました。待ち合わせの20分や30分なんて、化石探しをしていたらあっという間です。どんなに待たされても、「別にいいよ、アンモナイトたくさん見つけられたし!」と相手の遅刻を笑い飛ばす余裕も生まれてきました。
後日談として、先日見つけた面白いものをご紹介。波打ち際にあった白く扁平な形のこれは、コウイカ(の仲間)の甲です。
見慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、特段珍しいものではありません。わたしもこれまで何度となく見ていますが、この記事を書いてから、今までとは違うことも考えるようになりました。
こんなふうに、アンモナイトの殻も浜辺に打ち上がっていたのかな?
コウイカも、アンモナイトと同じ頭足類です。海のどこかで死んだコウイカの、軟体部が残らずに甲だけになって砂浜に漂着しているのは、アンモナイトの軟体部が残らずに殻ばかりが化石になっているのと似ています。
甲だけになったコウイカを見ながら、「すべての古生物には、ただの”生物”だった時代があるんだ」と実感しました。この時代を生きている生物もまた、遠い未来には化石として掘り出されたり、建物の壁で装飾として使われたりしているのかもしれません。
私たちが「石の壁」と思って通り過ぎていたものは、太古の海を見せてくれる窓でした。
さあ、古代の海をのぞきにいってみませんか。
もっとアンモナイトや化石のことを知りたい方へ
この記事を書くにあたり参考にした本や、この記事を読んでくださった方におすすめな文献の紹介です。
石材中のアンモナイトのもっとマニアックな見方についてはこちら!
相場大佑(2023).『“街中古生物学” ― 建築石材中のアンモナイト類化石の古生物学的観察・考察』公益財団法人深田地質研究所年報 第24号.
https://fukadaken.or.jp/data_pdf/24_221.pdf
大理石の中に見つけられるアンモナイト以外の化石も気になる方はこちら!
西本昌司(2020) . 『東京「街角」地質学』 . イースト・プレス .
アンモナイトの進化や生態について知りたい方はこちら!
相場大佑(2024) . 『アンモナイト学入門:殻の形から読み解く進化と生態』 . 誠文堂新光社.
アンモナイトの形にうっとりしたい方はこちら!
吉池高行 , 吉池悦子(2022) . 『伊豆アンモナイト博物館公式ブック 誘う渦巻』 . 伊豆アンモナイト博物館 .